火は静まること無く心に宿る
あれから5分、【アドバンス】に【空踏み】【壁蹴り】なんかのスキルを駆使して走り続け主人のいなくなった竜宮洞に辿り着いた。途中、後方からまたしても膨れ上がる魔力を【大山猫の眼】で確認したので右手の【クロノススラッシュ】を解放しておいた。魔力が霧散したってことは何をしようとしていたかは知らないが妨害できたってことだろう。
そして竜宮洞にはドラゴンにもらった称号【竜宮洞の支配者】の効果かすんなりと入ることができた。
《安全地帯に入りました。戦闘は強制終了されます》
アナウンスが聞こえた。【アドバンス】の強化も無くなったな。へー、そんなのあるんだ。
……これ毒状態にして相手が死ぬのを待つ、みたいなことを防止しつつプレイヤーに安全地帯作ってるのかな。考える奴は考えるもんなぁ……。【クロノススラッシュ】当てた後ここに籠る、とかもできないのか。残念なような納得なような。
ま、戦闘が強制終了したってんなら安心だぜ。明日……もう今日か、暫くしたら様子見に行ってみるか。アークファウンは煽り耐性低そうだったし今頃森は火の海だろうなぁ……。
一つ分かったのはフェーズ? か形態かは知らないけど、人型から始祖鳥型には変化できないこと。少なくとも奴の意思ではできないと見ていい。となると体力減少に伴う変化だろう。巨体のまま暴れたら俺を簡単に殺せるってことは奴にも分かるだろ。
ゲームという世界で、俺はレイドボスを出し抜いたに過ぎない。敗走よりかはマシな逃走って感じだが悔しさもある。だが無理なことは無理なのだ。これがアニメ漫画の世界ならまだしも、ゲームの中で覚醒イベントは起こらない。少なくともフラグとかアイテムとか、まぁタダではないだろう。
「はー、疲れた。とりあえず奥に進んでみるか」
奥は暗く……いや、ぼんやり青白い光に照らされている。なんだこれ……苔? 青白い苔が洞窟内を照らしている。
進むにつれより苔が密集して明るくなる洞窟。奥から水の音が聞こえる。
「おー、広場に出た」
苔がより集まって照らされているのは湖よりは小さい水たまり。魚はいないし自然にできたというよりは掘ったような形跡がある。貯水地だろうか。それとも水風呂?
「さて……。久しぶり。元気そうで何よりだ」
反対側、暗い中で光を反射する白い物。ドラゴンと奥さんが守りたかったもの。幸い無事なようだ。
ドラゴンや奥さんが住んでいた、ということはここは安全地帯では無かったんだろう。プレイヤーが称号を手に入れたことでシステム側が判断したんだろうが……この卵はそのまま残っていたらしい。
「俺は……君のなんだろうな、丁度良い言葉が出てこないけど……」
卵を撫でる。フクロウに襲われた卵を守ったこともあったけど、これからはずっと守らないといけない。敵扱いだったらどうするか……まぁ産まれてから考えよう。困ったら餌付けしよう。フクロウ肉が好きな両親から産まれたんだ、きっと気に入る。
「とりあえず保護者ってことで。よろしくな」
頷くように、卵が揺れた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一部始終を見ていた会議室は静まり返っていた。
クロノススラッシュによって眼を抉られたアークファウンが怒りのままに再び辺り一体を焦土にしたが、当然手応えはなく。プレイヤー:ゼノンは彼だけの安全地帯になった竜宮洞に無事に辿り着いていた。
会議室には仕事で集まっていたスタッフ全員が残っていた。深夜2時、クリーンを唱う会社としてはありえない時間ではあるが誰一人として結末を見ずに帰宅することはなかったわけだが……。
「あっはっはっは!」
悲喜交々、というには皆喜色に顔を染めていた。
「うぅ……ウルスラグナ……」
一人を除いてではあるが。
「泣くなよ健次郎、親として辛いのは分かるがウルスラグナがあんなに頑張ったんだぜ? 誉めてやるのが良い親ってもんだろ!」
大笑いした総連が健次郎の肩を叩きながら言う。大男といって差し支えない総連の筋肉質で無骨な腕から繰り出される連撃に健次郎は別の涙が出そうになる。
「そんで? この結果はどのラインなんだ? 俺としてはベリーグッドだと思うんだが?」
「私、疑問なんだけど」
手を挙げたのは雀菜だ。常日頃『夜更かしは美肌の天敵』と言っている彼女だが今は起きていた。この後直ぐにというには長い準備をしてから寝るつもりだ。
「アークファウンはレイドボスでしょ? 相応のステータスにしてるはずの大技をなんでプロテクションで耐えられたの?」
雀菜の疑問は正しい。本来であれば一万人規模で戦うはずのレイドボスとして作られたアークファウン。その大技『原初の威炎』は半径数十メートルを一瞬にして灰に変える。
対してプロテクションは初期のスキル。複数ある初期ジョブの中でも魔法盾士や魔闘士を選んだプレイヤーであれば最初に手に入れているスキルである。
いくらスキルがプレイヤーの武器と言っても、その力関係が同じと言うのは面白くないだろう。
雀菜の疑問に答えたのはスキル製作陣だった。
「プロテクションのレベル、ウルスラグナの経験値のお陰でカンストしてるな。リンクスアイズと木の棒の間隔でタイミング計って……ジャストタイミングで発動すればなんとか」
「アークファウンの原初の威炎は特性が焼失だから継続ダメとかもないし……。行けるね、爆風とかも無い技だし」
「辺り判定が一回だからなぁ……。でもあの体勢じゃなきゃ体全体守れないし、素直にプレイヤーに称賛だろ」
口々に考えを述べる面々だったが答えは概ね一致していた。
レイドボスであるアークファウンの大技を凌いでみせたゼノンというプレイヤーは、ゲームという世界のルールに従っている。その上で観察し策を練りそれを実行する……。
今まで死に向かって一直線、というプレイスタイルだったプレイヤーがレイドボスに対して挑発と攻撃を繰り返して大技を引き出し、マップのリセットを利用して姿を眩ました。
「上手く使われたよなぁあれ、紗耶香の奴怒らねぇか? なぁ欣司」
「ちょ、僕に振らないでよ!」
話を振られたボサボサ頭の男は狼狽える。この男が何かをしたわけではないし、マザーAIの管理を預かっている身としてはマップのリセットは仕事ではあるのだが……。そもそもマザーAIは一人立ち出来ているので管理とは名ばかりの調整役なのだ……が、紗耶香の名前が出ると弱い男である。
訳はこの場にいる全員が知っているのだが。
「欣司くんがマザーちゃんの担当でしょうが。紗耶香に頼まれたんでしょ? ちゃんと報告書作っといてね」
「そうだぞー、あの病院、電子機器は持ち込めないんだから」
「紙媒体で直筆でやれよ?」
「いやコピーでいいでしょ!? ていうかもう作ってあるし!」
近衛欣司、仕事が早すぎる男である。なお恋愛に関しては奥手すぎる男なのでこうして皆に弄られている。
弄りすぎると相手をするのも面倒な泣きが入るので、話はこの場にいない紗耶香へと移る。
「しかし紗耶香も災難だよなぁ。こんな面白いもんを見逃すとはよ」
「録画済みなんだから後で見られるでしょ。あれ? 紗耶香からメールが来てる」
技術が発展したものの人体というのは不可解なまま。未だブラックボックス……というよりは骨に罅が入ったので入院することになった大知紗耶香は他に類を見ないほどに天才なプログラマーである。
骨折ではなく罅、但し悪化する可能性もあったが為に発売日直前に入院することになった紗耶香が作ったのはマザーAIと呼ばれる『ピッキングアウト』世界のシステムそのもの。通称『マザーちゃん』だ。呼ぶものは少ないが。
この『マザーちゃん』がスキルや称号を管理し、マップのリセットを行い、生まれ出でる英雄を育てる管理人なのだ。「管理者」ではないのは男衆からの「マザーちゃん呼びするなら管理人さんのほうが良くない?」という意見を紗耶香が「分かる」と受け入れたからである。
ちなみに病院で電子端末を使えないわけではない。病気、療法にもよるが骨折の類いであれば精密危機は使わないため、紗耶香の病室では普通に電子機器は使用できる。だが紗耶香の入院している病院は国のVIPが多く通院しているのでカメラや録音機能が付いている端末は持ち込めないのだ。
病室で使う分には認められている、そんな端末を使ってのメールである。一体なんだろうと雀菜が開いてみると……。
「えーっと、『第0回イベント『ピッキングアウト』お疲れ様。それと、ゲームとその場の流れも含めて第1回イベントは大平くんをメインにします』だってさ」
「なっ!? おいマザーちゃん、チクったな!?」
「『マザーちゃんがいなくてもあなたの行動くらい読めます。雑な思考回路はやめなさい。欣司くんをいじめないの』だって。 ぷっ、あはははは!」
「くっ、あのアマ……」
大平総連は大知紗耶香に逆らえない……というより行動を読まれてしまうので逆らわないという方が正確か。仲が悪い訳ではないが、早くくっつけと欣司を後押ししたい総連と自主的に言ってほしい紗耶香では致命的に噛み合わないのだ。
「さて、とりあえずPVでフィーチャーする奴等は決まったな」
「方やヤンキー、方や半裸とはね」
「良いじゃない、どっちもイケメンだし」
「キャラクターなんだから当てにならないけどね」
「あぁー!!」
急に叫び声を挙げたのは悲痛に顔を歪めていた健次郎だ。なんだなんだと注目が集まる。
「原初の火、アイテムボックスに入ってる……」
それが何? と雀菜が口に出そうとした時、
「うわマジか!? その場の流れってそういうことかよ!?」
総連までもが驚愕し、大きな声を上げた。
深夜の会議室にくべられた火種は熱を増し、煌々と燃え始める。始まりを告げるにはあまりにも出来すぎた展開に調整、修正、ロック等と意見を述べぶつけ合うが……ここにいる全員の目的を考えればそれは無意味だ。
誰もが英雄を求めている。望まずしてドラゴンスレイを果たした少年、バイクを作り上げ度胸試しだと鉄橋を走破した青年。玉石混淆の世界で文字通り選ばれたプレイヤーを篩に掛け、そこから選ばれたプレイヤー。
それは英雄に至る原石。電子の世界で伝説を残す希望の種。
優遇することは無い。あくまで1プレイヤーに過ぎない彼らを世界は正しく評価する。原石を磨くのではない、自ら研磨し輝いてほしい。
それがここにいる全員の願いであり目的なのだから。
ただ一人、柚子は違うことを考えていた。
「陽塲お爺ちゃんになんて説明しよう……」
幾らなんでも『楽しいゲームを作りました!』と渡しておいてお孫さんをレベル差という根性や気力では覆せないステータスでボコボコにした挙げ句、レベルが上がったからとレイドボスで一蹴というのは笑えない……。しかも仲良くなったドラゴン夫妻を目の前で失わせたのだ。ゲームとはいえ、虐めと言われても言い返せない……!
柚子は悶えながらも必死に頭を巡らせる。
幸いなことは、目標を失った少年の目から炎は消えていなかったことだけだ。
第一章はここで終わります。
命も何も懸かっていない無理ゲーに放り込まれたら皆さんならどうしますか? 諦めて再スタートも良し、「やってられんわ」も正しいんです。ただのゲームですから。
でも何かを為そうとする人もいる。それを描いていきたいなと思っております。
次は掲示板回を予定しています。柚子のお仕事も判明する予定です。
初めて感想をいただきました! ありがとうございます! 励みになります! うあー!!




