先達の教え、心に火を
…………いつもの森だ。
「負けた、か」
なんか、こう……ダメだったな。レベルが足りない? だからなんだよ。レベル1じゃ勝てない?
言い訳してんじゃねぇぞ、俺。
それが諦める理由になるのか? それを理由にしていたのか? 違うだろ? 俺は何をしようとしているんだ。目先の敵に圧倒されてビビってたのか? カブトムシ相手に諦めたが、本当に勝ち目は無かったのか?
何がギリギリだ。あんな雑魚の群れ相手に何をひよってやがる。クワガタを利用してでも全員ぶった切れば良かったじゃねぇか。フクロウを利用して状態異常にすればできただろう? 順番を間違えたんだ。最善を選べなかった。
はぁ…………。
「よっし、切り替えよう。うだうだしてたって何にも進まない」
何か最後にドラゴンの声が聞こえたんだけど、ドラゴンVS巨大カブトムシ見たいんだけど。再放送ある?
「んで? クエストクリアって何っと」
視界の右上になんか吹き出しみたいなアイコンが出てるな。これか?
《特殊クエスト【竜卵の災難】クリア報酬》
《アイテムボックスに
【蒼雷甲虫の回路外骨格】×6
【蒼雷甲虫の発電核】×1
【蒼雷甲虫の霹靂角】×1
【夜雀呑梟の扇翼】×2
【夜雀呑梟の魔眼】×2
が贈られました》
「ふーん……」
俺の実力とかじゃないしなぁ……なんか素直に喜べない。
《外部から通信が入りました》
「ん?」
《お爺ちゃんから大志に電話。繋ぐからね》
「了解しました」
有無を言わせない言い方、お母さんだな。こんな時間に……いや、まだ21時か。……お爺ちゃん退院してたっけ?
VRの普及に伴い、家庭電話にも変化があった。それがこの通話をVRシステムと繋ぐ機能。まぁスマートフォンにも付いてるけど。これによって通話をしながらVRで作業ゲーができると話題になった。……そこじゃないと思う。
うちの電話にも付いてるんだけど、俺がその機能をONにしてなかった。それを母さんが部屋に入ってきて弄ったんだろう。いや、いいけどね?
余談だが、簡単なメッセージを追加で送ることができる。これは家庭電話の方の機能で、緊急時などに使われるんだとか。母さんはそれを使ったみたいだ。
そして戦闘中には送れないようになっています。安心ですね。
『大志、大志。通じたかの?』
おっと、お爺ちゃんからだ。耳元に受話器型のアイコンが出る。
「もしもし、お爺ちゃん? どうしたの?」
『おお、通じたか。ゲームは順調か?』
「いや……ゲームは……まぁカブトムシに負けたところだけど」
『ホッホッホッ。なんじゃ、悔しそうな声だの』
お爺ちゃんが愉快そうに笑う。
『大志や、お前さんは負けず嫌いとはまた違う。心に常に火を飼うタイプでもない。ゲームだから、と冷静なつもりでもきっと割りきれてないんだろう。
お前さんはわしによーく似てるものな』
お爺ちゃんの若い頃の話は何度か聞いたことがある。それはお爺ちゃんの友達、同世代のお爺さんお婆さんが多かった。かつて誰よりもスポーツ界に名を馳せたトロフィーゲッター。それが俺のお爺ちゃんだ。
日課だった筋トレ以外は全て片手間、そして全て名声を得る前に姿を消す。そんな生まれながらの才能を感じさせる伝説の数々は……一番身近だったお婆ちゃん曰く、燃えない心が一因だったとのこと。
バスケットボールで活躍し、バレーボールで活躍し、色々な大会を制しても満たされないのではなく、闘争心が芽生えなかった。魅せるだけでなく鍛え抜かれた筋力、身体能力、運動神経はその道の半ばにいる人達では太刀打ちできなかったのだ。
よく似ている、そういったお爺ちゃんは懐かしんでいるようで。それでいて人生の先達として俺を諭すようで。
『お前さんは何をしたい? 何を目標にしている? そして今、その目標を決めたとは何が違う?』
「したいことはあるけど……」
『大志、その目標を友達にも詳しくは話してないんだろう?』
「うっ」
図星を付かれた。確かに、詳しくは話してない。高城にもランチメニューの皆さんにも『ドラゴンを倒す』とは話したけど具体的な話とかはしてない。
『どうして話さなかったのか、分かっているんだろう?』
「うん……」
話さなかった理由は……レベル1で倒したかったから。それもモンスター同士で争わせるトレインで。俺じゃあ勝てないからこそ、勝つ方法を模索して……。
ああ、ここか。
「お爺ちゃん……俺さ、ドラゴンを倒したかったんだ」
自然と口から漏れたのは弱音だった。お爺ちゃんは何も言わずにただ俺の言葉を待つ。
「いろんなモンスターに負けたのは仕方ないと思ったんだ。でもドラゴンだけはカッコよくて……憧れたんだと思う」
戦って分かったこと。アイツは強いだけじゃない、強さを魅せている。俺を倒すだけならスキルなんていらない。ただ身動ぎでも潰されるほどのサイズ差がある。それなのに爪で、牙で、尻尾で、炎吐息で、俺を殺す。そこには格下を相手にしない、なんて傲りはない。
例え格下であろうと闘うのであれば誠意を持って接する。手を抜くことはない。その戦いで成り上がった王者の貫禄に……俺は憧れたんだ。
「最初は色んな、地形も、他のモンスターも利用して倒そうと考えて……動きを覚えようとドラゴンと何度も戦って……今は友達になったんだ」
大口ナマズは位置が固定されているからそこまで誘導すればいい。
ザリガニは骨を岩盤地帯に投げ込めば敵対できるから擦り付けやすい。
手裏剣ヒトデは出現地帯が決まっているからそこではカウンター気味に動くことで俺への攻撃を肩代わりさせる。
クワガタも高確率で森の大樹を揺らせば落ちる、攻撃も大味だから合わせやすい。
カブトムシは出現パターンは木の切断だと思うし、まとめて敵対するから出てくるだけで条件は達成できる。
そして俺はレベル1、リスポーンしてもデスペナルティ無しだ。同じマップ内なら走っていけば追い付いてひたすら戦うことができる……と思っていたんだけどな……。
「このままレベル上げないまま戦って、卑怯ではないけど正々堂々じゃあない方法でよしんば勝ったとして……」
そこに喜びはあるのか。
『なぁ大志や』
聞いてくれていたお爺ちゃんが口を開く。
『正々堂々の勝負なんてものは無い』
「え?」
『勝負なんてものはその殆どが挑戦者と迎え撃つ強者の戦いだ。対等も正々堂々も、綺麗事に過ぎない。
そんなもの勝ちと負けがあるのならば拘る必要などない』
それでも、
『勝ち方に拘ることは悪いことではない。それは己の正義を守ることにも繋がる。これまでの努力や鍛練に価値を持たせるのは結果ではなく戦いの作法だよ』
戦いの作法。
『わしはその点、若い頃は作法というものを何も考えていなかった。新しい競技に手を出しては短い練習時間でうまくやってしまった』
お爺ちゃんの声音にはどこか後悔があった。
『わしからすれば日々の努力こそ肝要だった。だが周りからは素人がパッと出ただけでタイトルをさらっていくんだ。なめくさったように思えただろう。
さすがのわしも他者からの煙たがるような視線は堪えた。それに耐えられたのは素直に称賛してくれた婆さんと、自分が正しい努力をしていたという自負そのものだ』
『だがわしは勝負に価値を感じられなかった。そりゃあそうだ。わしは自分との勝負をしていただけなんだから。
だからこそ今はクライマーとして楽しめているがな』
お爺ちゃんは尚も続ける。
『大志、お前さんの目標はレベル1で勝つことなのかな?
それともドラゴンに勝つことなのかな?』
俺は……。
「俺は勝ちたい。戦いをして勝ちたい」
燻っていた心に息を吹き込む。僅かに残っていた火種が少しずつ勢いを増していく。
『なら、その友達に言うことがあるはずだな』
「うん。ありがとう、お爺ちゃん」
『戦いの結果は勝ち負けではなく誇れるかどうか。明日笑うために今日の戦いがある。勝負はいつでも自分自身と、じゃよ』
「うん。ありがとう」
通話を切る。さすが先達です。お陰で頭がクリアだ。さて、卵が無事だったか確認しに行きますか!!
お? 退けよ犬っころたち、今の俺は戦闘も辞さないぜ?
飛びかかる一匹を右足を軸に片足でしゃがんで回避、から手を付き左足を回して背後に落ちていく犬の横っ腹を思いっきり蹴る。
格闘スキルってあるかな? 何でもやっていこう!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「よぉドラゴン、卵は無事だったか?」
「ガァ」
そっか。良かった。身を挺した甲斐があったってもんだ。今は奥さんと洞窟の中かな?
「今日、いや今回は少し話があってな」
訝しげなドラゴン。まぁ、そんな大したことじゃないんだ。決意というか意思表示というか、そうか、宣戦布告だ。
「ドラゴン、俺はお前を本気で倒す。
容赦は要らねぇ、だから少し時間をくれ」
いつか、笑いながら殴り合うような楽しい戦いをするために。
白面、顔を隠すために着けていたアクセサリーを外す。リアルバレ? 何をひよってやがったんだ俺は。
逃げんなよ。この身に恥じぬ戦いを。誰もに誇れる闘いを。闘争の果てに朗らかな笑顔を。
「俺はゼノン。顔を覚えておいてくれよ」
聞き届けたドラゴンは悠然と。されど愉しそうに笑った。




