6.郡頭家の悪い噂
鹿子木は洋介から離れて若い刑事に近寄り、いろいろと指図し始めた。手持ち無沙汰になった洋介は郡頭家の立派な門の方にぶらぶら歩いて行った。すると、背のあまり高くない小太りの中年の男が門の外から敷地の中の様子を窺っているのが見えた。洋介が近づくとその男は甲高い声で質問してきた。
「また何かあったのかい?」
「ええ、この先の畑の傍でスズメバチに刺されて一人亡くなったんです」
「騒々しいのでまた何かあったんじゃないかと思っていたが、やっぱりそうだったか。これで四人目だな、ハチに刺されて大騒ぎになったのは」
「前のハチ刺され事件も覚えておられるのですか?」
「もちろんだよ。この家はずっと昔から『呪われた一族』の本家なんだよ」
「ええっ、呪われたって、どういうことですか?」
洋介は何も知らない素振りを装った。
「あんたは何も知らないのかね? 天罰だな、きっと。この一族の人間は昔からずっと近隣の住民を欺き、自分たちだけが良ければいいと思って悪いことばかりやってきたんだ。だから、悪行の報いとしていろいろと事件が起こってきたと言われているんだよ。代々そんなことが続くので、この家の殆どの者は年をとると頭がおかしくなってしまうという話だ」
「そうなんですか。一体どんなことがあったというのですか?」
「この家の者は代々この辺の郡の長をやってきたんだ。本来は俺の先祖がやるべき仕事だったのにも拘わらずだ。そのやり口が酷いもんでな。この辺りの農民に過酷な年貢をふっかけて上米を撥ねといて、その金で上の者にうまいこと取り入って郡の長の座を長年確保し続けてきたんだよ。揚げ句の果てに、天狗の罰が当たったそうだ」
「天狗の罰って、いったいどういうことがあったんですか?」
「俺の曽爺様の話だと、昔この辺りでは沢山の天狗が修行していたそうなんだ。修行を重ねた天狗たちは世のため人のために働いたそうだ。例え天狗信仰をしていなくても、祈ってくる人々の願いを全て引き受け、それらを成就させるために日々奔走していたんだと。ただし、私欲にまみれた願い事だった場合は、必ずその後に罰が下されたそうだ。
ある時、この家の者が自分が治めていた郡の米の収穫が倍になるよう天狗にお願いしたんだ。天狗はその願いを聞き、田植えの時期には沢山雨が降るように、稲が育つ時期には冷害や水不足にならないように、稲穂が充実してくる頃はいい天気になるようにと、走り回ったり祈ったりしてくれたそうだ。
特に、その年は初夏の日照りが激しく、雨もろくに降らなかったんだと。そこで、天狗は川の上流から水路を掘り水の確保をしてくれたんだ。その結果、いつもの年に比べて倍近くの米が収穫できたんだとよ。
このあたりの農民は大喜びしたんだが、それも束の間、この家の者は倍になった米のほとんどを年貢として出させ、それを独り占めしてしまったそうだ。しばらくして天狗がそのことを知ってな、この家の者の願いが邪なものだったと分かったんだ。そのすぐ後だったそうだ、その願いを申し出たこの家の者がオオカミに襲われて餌食にされてしまったんだと。村の皆はきっと悪いことをお願いした罰が当たったと話したそうだ」
「本当にそんなことがあったんでしょうかねー」
「俺がこの目で見たわけじゃないから、絶対に本当だとは言えないがね。昔からこの辺りじゃ、そう言われてきているんだよ。信用しないんなら、この辺りの他の奴に訊いてみればいいんだよ」
「まあまあ、そう剥れないでください。天狗以外にもまだ変な話はあるのですか?」
「ああ、いくらでもあるよ。
昔あの家に女の子がいたんだそうだ。顔は随分と可愛らしかったんだがかなりの我儘で、昔は貴重品だった絹織物を俺の先祖から借りて、こともあろうにそれで泥遊びをしたんだと。当然絹織物は台無しなってしまったんだ。俺の先祖は相手の家の方が立場が上だったので仕方なく我慢したんだそうだ。その女の子はいい気になってますます悪さをするようになったんだと。
それからしばらくしてから、その女の子が蚕のお化けに襲われて桑の木で造った船でどこか遠い所に流されてしまって帰ってこなかったという話だ。その他にも沢山の恐ろしい話があったと言われているんだよ」
「本当ですか?」
「ああ、本当だとも。他にも、筑波山に巡礼に訪れた老夫婦を殺すような追いはぎがあの家の男だったり、生まれた時から頭髪が真っ白の子を引き取らざるをえなくなったり、夜ごと里人をさらって食うような男がいたりしたという話が伝わっているよ」
「もう少し詳しく話してもらえませんか?」
「ああ、いいよ。先ず、追いはぎのことから話してやるよ。
昔は筑波山には沢山の巡礼の人びとが登っていたんだそうだ。ある日の夕方、巡礼姿の老夫婦が今の石岡側から山道を登っていたんだと。するとそこに追いはぎが現われたんだよ。爺さんは、荷物やお金を婆さんに持たせて、先に宿に行くように話して、追いはぎと戦ったんだが、乱暴者の追いはぎはとても強く、爺さんは殺されてしまった。爺さんが金を持っていないと知った追いはぎは婆さんの後を追いかけ、婆さんも殺して金品を奪ったそうだ。そんな酷いことをした追いはぎの正体は、実は家を飛び出して勝手なことをしていた郡頭家の男だったという話だよ」
「凄い言い伝えなんですね。それでは、頭髪が真っ白の子を引き取ったという話は?」
「桜川の川沿いの新治という村に餅屋があったんだと。夜更けになるとその店の戸をたたく音がするので戸をあけてみると、いつも白い着物姿の女が店先に立っていて、黙って一文銭を載せた手を突き出していたそうだ。店の主が餅を一つ手に載せてやると女は銭を置いてどこへともなく帰っていくのだと。
それが毎晩続くので、餅屋も気味が悪くなり、ある夜、女の跡を付けていくと、女の姿がふっと消えてしまった。女の消えたあたりを捜してみると、そこは墓場になっていて、一基の真新しい墓の中から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。餅屋は村人を呼んできて皆で墓を掘り返してみると、一人の女が葬られていて、その傍らにへその緒もとれていない赤ん坊が泣いていたそうだ。
墓に刻まれた名前を頼りに調べてみると、その女は亭主と仲良く花屋をしていたんだが、臨月の時に賊が押し入って女だけが殺されてしまったことが分かったのだそうだ。亭主は泣く泣く女を葬ったが、次の晩からその亡霊が枕元に立つようになり、亭主から一文銭を貰っていったそうだ。きっと埋葬されてまもなく棺の中で生まれた赤ん坊に餅を買って育てていたんだろうと皆は思ったんだ。
助け出された子は生まれつき真っ白な髪をしていたそうだ。花屋を襲った盗賊も郡頭家から出ていった男だったということが分かり、仕方なく郡頭家でその子を引き取って育てたということだ」
「夜ごと里人をさらっては食べるような男の話はどうなんですか?」
「筑波山の東側に竜神山という山があるんだがな、その山には大昔から竜神の夫婦がすんでいて、この竜神のおかげで麓にある井戸は枯れることが無く、遠くからも水汲みに沢山の人たちが来ていたんだとよ。
この竜神山に暴れん坊の鬼がどこからかやってきて、近隣の村を荒らしまわったそうだ。この鬼は大きな巾着袋をさげて、夜になると村に降りてきて里人をさらって巾着袋に閉じ込めて山に帰っていったんだとよ。さらわれた人は帰ってこないので、村人たちは鬼に食べられてしまったんだと恐れていたんだ。
ある日、都から来た人の話で、他の山の暴れん坊の鬼が凄く強い侍に退治されたということが分かったんだと。その侍が竜神山にもやって来て鬼退治をするらしいという噂が 広がったんだ。これを聞いた竜神山の暴れん坊の鬼は震えあがって巾着袋を放り投げて逃げて行ってしまったんだとよ。
後から分かったことなんだそうだが、この竜神山の暴れん坊の鬼も、実はあの郡頭家から出た男だったということだ」
「そんな昔から酷い話が言い伝えられてきたんですね」
「ああ、そうなんだ。そんな恐ろしいことをしてきた先祖を持っているから、その祟りとしてあの家の者たちは齢を取ると頭がおかしくなってしまうと言われているんだ。あの家は呪われているんだよ」
「そうだったんですか……」
「今、本家を継いでいる正子という婆さんがいるだろう。あの女の夫は英一というんだが、もう十年以上も前に死んでいるんだ。彼奴も死ぬずっと前から頭がおかしくなっていたのは間違いないんだ。周りの人間には会わせないようにしていたようだけどな。
俺はこの家の庭であいつが婆さんと話をしているところをこっそり見たことがあったんだが、喋っていることが滅茶苦茶だったよ。完全に頭がおかしくなっていたんだ。それが世間にばれるのが怖いので隠していたに違いない。この家の他の兄弟姉妹も皆同じようなものだよ。この家ではずっと昔からほとんどの人間が齢を取ると頭がおかしくなったと言われているんだ。家の曽爺様がよく親父に言っていたということだ。
この何年間かで四回もスズメバチに刺されて死人が出たりしたのもこの家が呪われているからに違いないんだ。きっと呪いがスズメバチに乗り移り、それで凶暴になったスズメバチが人を襲ったんだよ。間違いないな。ここの家のせいで、俺の親父までスズメバチに刺されて死んでしまったんだ。まったくいい迷惑だよ。
それからな、この家に雨引という執事がいるだろう。あいつは美恵子より三つ年上なんだが、子供の頃から護衛気取りで美恵子を守るようなことをしてきたそうだ。親父がよく言ってたことだけど、あいつがスズメバチを手懐けているんじゃないかという話だ。親父がスズメバチに刺されて死んだのも、親父を殺せば、そのことを隠すことができるからって考えてやらかしたのではないかと俺は思っているんだよ」
洋介は相槌を打つための言葉を見つけることができなかった。
「こんな所にいると、こっちまで呪いでやられてしまうかもしれない。さっさと帰ったほうが良さそうだ。あんたも気を付けなさいよ」
そう言うとその男は恐そうに肩をすぼめて足早に門の前から去っていった。洋介はそんなことはあり得ないとは思うものの、先ほどのスズメバチによる襲撃の様子が頭の中を駆け巡り、背中に氷の塊でも入れられたような冷たさを感じながら母屋に引き返した。




