5.ハチの巣探し
洋介にお礼を言われた壮一は会釈して母屋に入っていった。暫くすると、鹿子木と若手の刑事がそれぞれ大きな荷物を抱えて戻ってきた。
「神尾さん、ご要望の防護服が二セット到着しましたよ」
「あれっ、随分と早かったですね」
「ええ、神尾さんの強いご要望だったので、急いでもらったんです。そうしたら、この辺でもよくスズメバチ駆除の依頼があるようで、近くに防護服セットを保管している場所がありましてね。そこで借りて届けてくれたのです」
「それはそれは。本当に有難うございました。それじゃ、早速これを着ましょう」
「私も着るんですか?」
「当たり前でしょ、一緒にスズメバチの巣を見つけるんだから。それとも鹿子木さんは防護服なしで捜査されますか?」
「いやいや、とんでもない。着ます、着ます」
「あっ、その前に確認しておかなくちゃ。鹿子木さん、カメラとハチの死骸を入れるポリエチレン袋とピンセットとメモ用紙とペン、持っていますか? 重要な証拠になるかも知れませんので、持っていかなくちゃいけませんね」
「分かりました。こんな事故か事件か分からないようなことでは鑑識さんに来てもらうわけにもいきませんからね。持ってきます」
そう言うと、防護服をテーブルの上に置き、やや距離を取ってそれとなく二人を見ていた若い刑事の所に行って、必要な物を小さなバッグに入れてもらって持ってきた。
既に洋介が防護服を着用しているのを見て、鹿子木も慌てて着始めた。白っぽいダブダブのつなぎのスーツを着て白いベルトを閉め、顔の部分だけが透明なプラスチック製になっているヘルメットを頭の上からすっぽりと被り、手足には専用の手袋と靴を着用した。随分と物々しい出で立ちになった。もたもたしていてなかなか上手く着られなかった鹿子木をじっと待っていた洋介は、どうにか着終わったのを見て言った。
「さあ、鹿子木さん、さっきの所に戻りましょう」
「ええ、何ですって?」
洋介はもどかしそうにヘルメットを脱ぎ、鹿子木にもヘルメットを脱ぐよう手を下から上へ何回か動かして合図し、畑の側道の方向を指差して出発することを促した。ヘルメットを抱えた鹿子木は歩き出すと思い出したように報告した。
「そうそう、畑沿いの道に落ちていたスズメバチの死骸の写真はさっき彼らが撮影したそうです。採取しようとしていたところに我々が到着したようです。それで、まだハチの死骸が残っていたのだそうです」
「そうですか。自分の目で確認したかったので、間に合って良かった」
しばらく歩くと、ハチの死骸がまとまって落ちている所に着いた。洋介は鹿子木からピンセットとポリエチレン袋等を貰い、写真を撮るよう促した。鹿子木は両手袋を脱ぎ、それを道の上に放り投げるとバッグからカメラを取り出した。撮影するのを確認した後、洋介も防護手袋を外しピンセットで丁寧にハチを袋に入れ、必要な事項をメモした。
「ここからは、大きな声は出さないようにしてください。できるだけ身振りで意思疎通しましょう。それとハチの羽音が少しでも聞こえたら、直ぐにヘルメットを被ってくださいね」
「分かりました。そうします」
二人は道に点在していたハチの死骸の撮影と採取を行いながら静かに進み、少し前にスズメバチの羽音が聞こえた地点まで来た。そこから先の道にはもうハチは見当たらなかった。そのまま静かに先に進み、勾玉状の梨畑の幅が狭くなっていて畑の一番奥が見渡せる場所まで来た。
突然ブーンという羽音が聞こえた。
二人は慌ててヘルメットを被り手袋をはめると、ハチの姿を見つけようとキョキョロした。洋介は二匹目が梨畑とは反対の方向から飛んで来たのを確認した。そこにはこんもりと盛り上がった地形の上に竹林が広がっていた。
鹿子木に合図してから竹林の中に入っていくと、道からいくらも離れていない場所に比較的新しい小屋があった。小屋の周りにはかなりの数のハチが飛び回っていた。小屋から少し距離を取って一周してみた。
入り口とは反対側の軒下に直径三十センチを越える大きなハチの巣があった。やや上下に細長く、貝殻をいくつも組み合わせたように見える巣の表面は薄茶色や白っぽい色から成る斑模様になっていて、軒下からぶら下るように営巣されていた。
巣の外側では多数の働きバチが動き回り、巣のやや下側に開いている丸い穴からハチが盛んに出入りしていた。洋介はハチの巣を指差して鹿子木に写真を撮ってもらう合図をしてから、巣の下の地面を見た。そこにはかなりの数の先ほど採取したものと同じ大きさのハチの死骸に混じって、それより大きなハチの死骸もいくつか落ちていた。洋介の後をついてきた鹿子木は手袋をはめたまま写真機を操作しようとしたのでもたもたしていたが、何とか数回シャッターを押してハチの巣の写真を撮った。
巣の外側に止まっていたハチたちは触覚をやや開き、翅も少し開いて二人を威嚇しながらせわしなく歩き回ったり周辺を飛び回ったりし始めた。落ちていた死骸もどうにか写真に撮ってもらった後、洋介は小さなハチと大きなハチとを別々に採取しようとした。ハチたちは洋介の体にまとわりついたり、洋介の方を向いて空中で静止し大きな羽音を立てたり、大顎を噛み合わせてカチカチという威嚇音を出したりしていた。
来た!
大集団でのスズメバチの攻撃!
ハチたちの警告にも拘らず洋介が撤退しないため一斉攻撃が開始された。それを見た鹿子木は怯んで小屋の傍から後退りした。
全身ほとんど白色の防護服を着用しているが、顔の部分は透明なので、そこの部分だけやや暗く見える。ハチたちはそこを目掛けて次々に体当たりして来る。
もの凄い数だ!
ガツン、ガツンという連続した衝撃音!
顔前で尻の針から振り撒かれる猛毒!
毒液は空中に散布されると警戒フェロモンとして働き、他のハチを興奮させる。
完全防護はしているとは思っても、尋常ではない恐怖心が洋介を襲う。
落ちていたハチの死骸全部を採取することは諦め、数の少なかった大きなハチの全てと小さなハチはできる限り沢山袋に入れると、畑の側道の方向に退避した。
先に道路に逃げていた鹿子木を見つけると、母屋の方向を指差して逃げる合図をした。重たい防護服を着たまま二人は必死になって母屋を目指した。
巣から百メートル以上は逃げたであろうか、ようやく二人の周囲にハチの気配がなくなった。洋介は、ヘルメットを脱ぐよう鹿子木に合図し、自分も脱いで小脇に抱え母家の方に歩きながら言った。
「鹿子木さん、もう大丈夫でしょう」
「いやー、ひどい目に遭いましたね」
「鹿子木さんは大したことはなかったでしょう。直ぐに退避されたから」
「いや、申し訳ない。あんなに沢山のスズメバチの襲撃に遭ったことはなかったものですから、自然に体が反応してしまいました。神尾さんは大丈夫でしたか?」
「ええ、お蔭様で……。ヘルメットを被っていて良かったですよ。ハチの毒液をぶっ掛けられましたから。ところで、鹿子木さん、写真はちゃんと撮れましたか?」
「ええ、多分……。今確認してみます」
自信なさそうにそう言うと、カメラを取り出しいくつかほぼ狙い通りに写っていたことを確認してから洋介の方を向き、ホッとしたように答えた。
「大丈夫、きちんと写っています」
「それは良かった。鹿子木さんに一緒に行っていただいて本当に良かったですよ。本当に」
鹿子木は恥ずかしそうに首をすくめた。
本家の庭に辿り着くと、洋介は母屋の外にあった水道の蛇口をひねって水を流しながら顔や首を丁寧に洗った。毒液が直接肌に掛かったわけではなかったが、とてもそのままにしておく気分ではなかった。ハンカチで気持ち良さそうに水を拭うと、鹿子木に訊いた。
「そうだ、鹿子木さん。さっき採取したスズメバチの死骸ですけど、小さいのと大きいのとを数匹ずつお借りできませんか? 私の知り合いの研究者にいろいろと訊いてみたいので。もちろん、警察の方でも鑑識できちんと検討されることとは思いますが、自分でも直接訊いてみたいのでお願いします」
「もちろん結構ですよ。何と言っても、あのハチは全て神尾さんがご自分で採取されたものなんですから。落ちていた場所ごとに必要ですか?」
「いいえ、あの小屋の巣の下に落ちていた大きなハチと小さなハチだけで結構です」
「そうですか。それでは別の袋に入れておきますから後でお持ちください」
「お願いします」




