7.親族紹介
母屋の前で待っていた鹿子木が洋介を見つけて言った。
「神尾さん、うちの署の若手の刑事が主だった親族から一通りの事情聴取を済ませたようですので、今日のところは引き上げることにしましょうか」
「ここの親族の方々はまだ残っているんでしょう?」
「遠くから来た人たちの中には帰った人も何人かいるようですが、被害者一家以外のほとんどの親族はまだ母屋の中に残っていると思いますよ」
「申し訳ありませんが、残っておられる人たちで構いませんから、私に紹介していただけないでしょうか? 事件の関係者として頭の中に印象付けておきたいので」
鹿子木は少し困惑したような表情をしていたが、思い直したように玄関を開けて中に入っていき、暫くしてから笑顔になって戻ってきた。
「神尾さん、美恵子に話したら了解してもらえました。どうぞ中にお入りください」
洋介は鹿子木に礼を言うと玄関の中に入った。そこには美恵子が一番前で待機し、その後に親族が大勢控えていた。
紹介役をしてくれた美恵子は手際が良かった。本家の家族の紹介から始まり、長女直子の岩崎家、次女故順子の吉見家、次男郡頭昭二の一家が順に紹介された。
続いて三女相沢邦子の一家が紹介された時、洋介が質問した。
「ご長男の宗彦さんと次男の秀樹さんも救助に行かれたのでしたね?」
この質問に先ず長男が答えた。
「私は信行さんが電話を受けた時、傍にいたものだから一緒に行くには行きましたが、何の力にもなりませんでした」
「そんなことはないでしょうけど……。弟の秀樹さんは軽トラックを運転して矢祭さんを乗せて母屋に戻って来られたのでしたね?」
「はい。助けに行く時、少し出遅れてしまったのでどうしようかと考えていたら、庭の隅に農作業用の軽トラックがあったので、慌てて運転して行きました」
「そうでしたか。大人一人を担いであれだけの距離を戻るのは大変なことですから、軽トラックがあって良かったですね」
亡くなった矢祭隆の家族は全員病院に行ったまま戻ってきていなかった。最後に郡頭家の末っ子の勇三の家族の紹介が行なわれた。
「こちらは三男勇三叔父様と奥様の米子さんです。あちらが長女の恵子さん。それからもうお一方が長男の勇之助さんで、花の独身です。勇三叔父様と勇之助さんは本家の行事はもちろんのこと、日常的な農作業や敷地の手入れを行ってくださっているのです。特に果樹栽培については勇三叔父様と勇之助さんとでやっていただいております。本当に頭が下がりますわ」
会釈した洋介は勇之助の左手にも包帯が巻かれていたのに気付いて訊いた。
「あれっ、勇之助さんも左手に美恵子さんと同じように包帯をしていますね。どうしたのですか?」
「梨を収穫したついでにちょっとだけ樹木の手入れをしていたら、以前剪定した枝の先端で少し手を切ってしまったんです。でも大したことはありません」
「あら、そうだったの。大事にしてね。私も包丁で指を怪我してしまったんですから他の人のことは言えませんけど」
美恵子が自分の左手の包帯をした所を擦りながら少し恥ずかしそうに言った。
「これで、現在ここにおります親族は全員ご紹介致しました」
「お取込み中のところ、本当に有難うございました。ええとですね、私たちがこちらにお邪魔した時、最初に出てこられたのは執事の方のようでしたが、よろしければご紹介いただけますか?」
洋介の言葉を聞いた美恵子は少し大きな声で執事を呼んだ。
「恒夫さーん。こちらに来てください」
母屋の奥から目立たないように姿を見せた執事は静かに頭を下げた。
「こちらがお父様の代から当家の執事をしてくださっている雨引恒夫さんです」
「雨引さんもこの家に住んでおられるのですか?」
「いいえ、母屋から少し離れた所に執事用の家がありまして、そこに寝泊まりしてもらっています」
「雨引さんも右手に包帯をされていますが、どうされたのですか?」
この質問には美恵子が代わって答えるわけにはいかなかったため雨引が自分で説明した。
「最近、郡頭家の敷地に無断で侵入してくる人がおりますので、昨日、柵の上に鉄条網を張る作業をしておりました。その時、尖った針の先端で右手の小指の下のところを切ってしまったのです」
「そうだったのですか。ところで、雨引さんはスズメバチに関してお詳しいのですか?」
「いえ、特にそういうことはありません」
雨引は低くて響く声で静かに答えたのだが、洋介には相手を委縮させる強さが感じられた。
「雨引さんには時々スズメバチ駆除のお手伝いをお願いしておりますので、そんなことを言う人もいるのかもしれませんね」
直ぐに美恵子がフォローした。雨引のことを他人がとやかく言っているなどとは話していないのに、そう発言した美恵子の言葉に洋介は若干の違和感を持った。
「そうですか、お手数をお掛けしまして、本当に申し訳ありませんでした」
美恵子をはじめ親族の人たちや執事に頭を下げた後、洋介はポリエチレン袋に入れてもらった二匹の大きなハチと五匹の小さなハチの死骸を持って鹿子木の車で筑波ホビークラブまで送ってもらった。
「このハチがもしかしたら重要なヒントをくれるのかもしれないな。無理かな……。でも、そうなってほしいな」
洋介は鹿子木の車から降りて筑波ホビークラブの玄関まで歩きながらそう呟いた。




