第42話:溶かせぬ氷は誰が為の
「次は御来さんっスか。」
砂浜の岩山の上で佇む白衣の後ろ姿。
「我妻くん。」
少女が後ろを振り返ると大きく息を吸い込む。
「神楽はここまで考えてたと私は思ってる。」
「……何の話っスか?」
「この訓練で我妻くんや、林檎が出会う人間の順番よ。」
「……それに意味があると?」
御来は頷く。
「全ての出来事には意味があって、理由があるの。
私たちの【固有魔法】の名前も。」
「この訓練にも意味がある。神楽は非戦闘員である私たち。
それが何処まで出来るのかを確かめたいのよ。」
スミレに穴を開けられていた筈のお腹を御来は擦る。
「ええと……。
何か、戦う術を持ってるんスか?御来さん。」
「ええ、あるわ。しかも誰にもまだ言ってないし、
試したことも無いけれど。」
そう言って彼女は拳を握りしめて、意識を集中する。
背中に炎の片翼、そして右眼に炎が宿る。
「……そんな……馬鹿な……それは……。」
いつもの口調も乱れ愕然とする我妻。
「確か、【羽搏ける不死鳥】よね。」
「……。」
「私がこの能力を発動出来た理由はなんとなく分かってる。
凄い特殊な例、だから。」
我妻がそれを聞くと枷の外れている右側に魔力を集め、
同じく炎の片翼を出す。
「我妻くん……、いえ、我妻。
セーブされている貴方の胸を借りる。殺す気で行くわ!」
氷の柱を出現させ、御来は柱に乗ったまま上へ上がる。
「もともと私の元素系統は氷……。」
我妻の固有の代償、それを御来は理解していた。
全身を薄い氷の膜で覆う事により火傷の緩和を図る。
持続的に全身に痛みが走る。
しかし、この痛みは。
彼女の肩代わりしてきた今までの痛みに比べたら、
この程度、些事たるものであった。
「だから、貴方にできないことをするわ。」
炎と氷、両極に位置する二つの魔力が御来の手へと。
「プロマイスネイル!」
右手に炎の渦を、左手に氷の釘を構える。
氷の釘の中には赤く煌めく粒子が走り、
その細い釘の周りには炎が巡っている。
「舐められたモノっす。」
我妻が手に炎を溜める。
「この程度の氷なら……
それ以上の炎で溶かせばいいんスよ!」
我妻は右手の炎をそのまま氷の釘へと放つ。
炎は釘をしっかりと捉えた。しかし、溶けない。
「な……!?」
そのまま飛んできた釘が我妻の肩に刺さった。
「痛ッ……ぐあっ……!」
我妻は完全に油断していた。
相手がいくら自身の能力を持っていたとしても、
あくまで劣化品だと。
だからあの程度の炎を含んだ氷なんて消せる。
そう思っていた。
刺さった釘は魔力の粒子となって消える。
肩からは炎が噴き出し、
我妻の固有が自動的に治療を始める。
「我妻!前々から貴方は相手を一度、
ナメてかかる悪い癖があるわ!」
御来の高台は丁度夕陽と同じ位置に重なり、
我妻は目を細める。
「訓練中も実戦も!
報告通りなら過信の一言に尽きる……っ!」
御来の手につららが形成される。
やはりその氷の中には赤い火の粉が煌めいていた。
「その口調とは裏腹に……ねっ!」
作っていたつららを構え、高さを利用しながら突進する。
(……!肩に魔力のリソースを取られているせいで、
反撃が出来ないっ……ス!)
「ハァっ!」
我妻は地面を蹴った。
炎の片翼での最大限の高度まで飛び上がる。
しかし、滞空する事はできない。
ゆっくりと重力が我妻に掛かり始める。
「悪いけど条件は同じよ!」
御来はUターンして地面を蹴る。
勢いを殺さずそのまま我妻への突進を継続した。
「……あぁ……なるほど、分かったっス。」
我妻は小声でそう呟くと、
右手で炎を噴射して少しだけ角度を変える。
彼にはほんの僅かな角度が欲しかった。
「御来さんが言いたい事、なんとなく伝わったっす。」
御来の推進力は我妻が居た場所へ向かっていた。
空中の軌道を変えるには必ず何かアクションが要る。
翼の条件が本当に同等なら。
「ここ……、っス!」
御来が来るであろう位置に我妻は回し蹴りを構える。
翼を器用に使い、ジェット噴射の要領で身体を回す。
手の中のつららは足の枷で砕き、
そのまま蹴りを御来へと命中させた。
「……!ぐ……!きゃぁ!」
つららが砕かれたとき何とか腕で受け止めようとしたが、
体勢が崩れている事もあり、わき腹へ綺麗に蹴りが入る。
御来は蹴られた時に集中を乱したのか、
炎の翼が消えていた。
蹴りが命中した時に左手の枷は外れていた。
我妻は両翼を出して、落下し切る前に御来を受け止める。
「悪いとは思ってるスけど、釘も痛かったんで……。
一発は、一発っス。いいっスよね?」
肩の治癒はすでに終わっていた。
「ええ、……分かってたけど、私もまだ甘かったわね。」
「いや、やっぱり考え方が違うなって。
学ばせてもらいました。お陰様で。」
「……あら、そう。」
御来はそういうと我妻の手から降りる。
「いい能力ね、この翼。」
笑顔で御来が言う。
「っスよね。……両翼出されたら、
俺のアイデンティティ無くなるんで勘弁ス。」
「折角だし、練習してみようかしら?」
まもなく日が沈み始める夕陽の中、
2人は笑い合う。
「それじゃ、俺は行くっス。」
「あ、待ちなさい。」
御来はとことこと岩礁へと向かう。
「終わったら執事から箱を渡してって言われてたのよね。」
「なんスか?これ。」
「知らないわよ。」
かなり大きくて重厚な箱、御来はそのまま地面に置く。
我妻が屈んでその箱のロックを開ける。
「へぇ……たまにはいい物作るじゃない。」
御来は驚きの声を上げる。
「これは……良いものっス!」
「TaskMech」というロゴと共に、
その箱には大きな金属のガントレットが入っていた。
――――――――――――――――――――
『林檎さん、聞こえるッスか?』
銃と共に渡されたインカムに反応があった。
我妻もどうやら二人目まで捕まえたらしい。
「聞こえるわよ、首尾は?」
『こっちは神楽さんと御来さんっス。』
「こっちは丞と胡桃ちゃん。
最初に飛ばした場所で大体決まってるみたいね。」
『あとは雫さんと瀬羽さんッスか?』
「いや……一人ゲストが居るそうよ。」
『ゲスト……社長じゃないといいんすけど。』
少し嫌そうな声音につい林檎は笑ってしまう。
「アナタ、山本ちゃんのことそんな苦手なの?」
『嫌いじゃないんスけどね、訓練がキツかったっス。』
我妻のそのセリフと共に酷いノイズがする。
機器の不調というより、
我妻自身がブレーキのような事をした環境音だろうか。
「我妻ちゃん?」
『……なるほど、ゲストさんっスか。お久しぶりッス。』
『あぁ……。』
「……!」
林檎にはインカム越しでもその声の主が誰だか分かった。
「……達也!」
『達也さん。』
『林檎さん、またあとで合流するっス。』
「……っ……いいわ、我妻ちゃん。
達也にヨロシク言っておいて頂戴。」
言いたい事や思っていたことは沢山あるが、
眼の前へと出てきた人物を見てその思いを押し殺す。
『了解ス。』
通信が終わる。
「……良かった、生きてたのね。」
「終わりましたか?」
林檎の眼の前には瀬羽がいた。
「ええ、そっちは逃げるのは終わり?」
「ええ、潮時です。
陽が落ちる前に林檎様が来られると、
神楽様から仰せつかっておりました。」
「そう……。
……前の二人は本気で来ていたわ。」
「ええ、ワープする前からお伝えしておりましたので。」
「あくまで対人を意識した訓練なのね。」
「その通りでございます。」
この少ないやりとりで林檎は理解する。
ここからが、本番なのだと。
リボルバーのシリンダーをチェックする。
よく見ると、
弾丸がいつものものとは違うのが確認できる。
(これは、ゴム弾かしらね。)
「タッチで終わり……なんて、甘くないわよね。」
「当然、ここからは皆様殺すつもりでお相手いたします。」
「拠点にて御来様が控えていらっしゃいますので、
どちらかの戦意喪失か、意識を失うまで戦うようにと。」
「……何が鬼ごっこよ、よく言ったものね。
御来ちゃんに怒られても知らないわよ……?」
瀬羽は手袋を外す。
「さて、このまま言葉を交わしていたら、
折角の陽も眠ってしまうことでしょう。」
そして、背広を木に掛け林檎を睨みつける。
「参ります。」
ふっ……とその場から消える。
瞬間、林檎の背中に鈍痛が走った。
蹴られたと理解したのは、
吹き飛ばされている最中だった。
「痛っ、たい!」
遅れてくる痛みと見えなかった驚きで、
体勢を崩して巨木に叩きつけられる。
「かはッ……!」
林檎は吐血する。
眼が良い林檎でさえ捉えきれないスピード。
(これは……、何かカラクリがあるわね……。)
銃を構えて姿を隠す。
痛みに意識が取られかけるがなんとか思考へと引き戻す。
(どうしたもの……かしら……。)
まだ視界に捉えてはいる……が、
またさっきの速度で動かれたら本末転倒だ。
(少なくとも草木が生い茂った中では不利……かしら。)
胸を押さえながら砂浜へと駆ける。
その瞬間、音を聞きつけた瀬羽が眼の前へと来る。
「甘いですよ!」
もう一度、とんでもない速度で蹴られる。
しかし、今回は正面からというのもあり、
なんとか蹴りに対し、腕を合わせガードする。
速度と質量の乗った蹴りは林檎を後ろへと仰け反らせた。
(身体が動かない……次は防げないわ……!)
さっとリボルバーを構えるが、正面の瀬羽は動かない。
「私の【固有】の代償は結構厄介でして、
戦闘向きではないのですが……。」
「これでやられるようでは、
丸ノ内神楽の執事長として名折れです。」
「あら、そう!」
林檎は迷わず撃鉄を下ろす。
この隙を逃す手はない。
「火一射!」
普段より魔力の乗りが悪く威力は落ちているが、
それでも人一人を気絶させるには上等だろう。
燃える弾丸の軌跡が瀬羽の胴体へ吸い込まれる。
「……啖呵を切ったモノの……これは助かりました。
狙われたのが頭なら決着はついていました。」
腕だけを動かして素手で弾を握る。
握った手は焼け、
勢いを殺しきれていない弾はそのまま身体へと着弾する。
「ぐ……ぐううっ!」
瀬羽はそのままゴム弾を身体で受け止めた。
皮膚や肉の焼ける異臭。
「な……何してんのよ!
アナタの速さなら避けるくらい……。」
「クールタイムがあるんですよ、
私の【固有魔法】、【限定加速】は。」
「……!」
「しかし、宴も酣。
次の一撃を持って終幕と致しましょう。」
瀬羽は身体が動かせるようになったのか、
焼き爛れた拳を握りしめ、戦闘態勢を取る。
「『6速』!」
瀬羽がその場から消える。
(ええ、大丈夫。)
口元の血を拭い、林檎は眼を閉じる。
荒れていた呼吸をゆっくりと整え始める。
「アタシの感覚が鋭いのは。」
話しながら林檎は微弱な風の魔法を生み出す。
「残念ながら眼だけじゃないのよ。」
そしてその風をそのまま離す。
そよ風はゆっくりと林檎の背中へ流れている。
その時、林檎は背後へ向けて銃を抜く。
瀬羽の蹴りの着弾前に、
リボルバーの銃口は脚をしっかりと捉えていた。
「お見事です、よく分かりましたね。」
「焼けた匂いとアナタの癖。」
黒鉄はリボルバーを降ろしながら話を続ける。
「あっちは風上、匂いがしなくなってたわ。
そして振動、間違いなく助走をつけていたわね。」
「なるほど……?」
「そして、貴方の【固有】。
恐らく音より速く動けるでしょう?
だから音を聞くのはやめておいたのよ。」
それを聞いた瀬羽はそのまま破顔した。
「……ふふ、ははは。
ええ、ええ、左様に御座います林檎様。」
「私めの『6速』は光速に及ばずとも、
音速の少し先まで加速する事が可能です。」
話を聞きながら、
胸を押さえ林檎は近くの茂みにへたり込む。
「危なかったわ……。
最初の弾丸を炎元素にしたのは正解だったわね。
まさか受け止めると思わなかったけど。」
林檎の足枷は二つとも外れていた。
「もっと言うなら……アナタ意外にシャイなのね?
攻撃する顔はそんなに見せたくないのかしら。
眼の前で戦った方がプレッシャーになるわよ。」
「ふふ、あまり自分が好きではありませんので。」
「丸ノ内の執事もしっかりとキャラが濃いのねぇ……。」
そういうと瀬羽は困った顔をしていた。
蹴りのモーションから動けていなかった瀬羽だが、
ようやく解除される。
「……っ!」
一瞬だけ瀬羽が眼を見開き、
そしていつも通りの顔へと戻る。
「林檎様、この鬼ごっこも最終局で御座います。
そして、急ぎ向こうへの合流を推奨致します。」
「どうして?」
「神楽様の想定外が起きようとしているかもしれません。
一応現場には雫様もいらっしゃいますが……。」
「雫ちゃんも居るの?……というか想定外?」
「はい。どうやら我妻様が……。
達也様と口論になってしまわれたご様子で……。」
インカムを押さえながら話を聞く、瀬羽。
「方角はあちらで御座います。
私は傷が少し深いので先に下がらせていただきます。」
「えぇ、ごめんなさいね。私も少し休んだら行くわ。」
瀬羽は頷き、木に掛けた背広を着直し、
足元の輪っかに吸い込まれ消えていった。
林檎は木に寄りかかりながら眼を閉じていた。
(達也……、茜は見つからなかったのかしら。)
いろいろな考えに思いを馳せる。
(我妻ちゃんが怒るのも相当だけど、
達也も不器用だから……仕方ないわね。)
(アタシが着いたら誤解を解いてあげないと……。
達也は誤解されやすい子ではあるから。)
お節介な事を考えている間に10分ほど経過しただろうか。
林檎は眼を開ける。
「さて……そろそろ行きましょうか。」
そう言い歩き出そうとした次の瞬間、
地面が大きく揺れる。
「なに……!?」
そして林檎は途轍もない光景を見る事となった。
向かう方角に巨大な火柱が立ちのぼっていたのだ。
「我妻ちゃん……!」
林檎は痛みを忘れて走り出した。




