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第43話:逆鱗触るるべからず



「久しぶりっスね、達也(たつや)さん。」


「……おう。」


 我妻(あがつま)の挨拶にぶっきら棒に返す達也。


 数ヶ月。

 所長室を最後に行方不明になった達也が今、ここに居た。



「何処に行ってたんすか?林檎(りんご)さんも心配してたッスよ?」



「里帰りだ、実家に帰ってた。」



 我妻は飄々と返す達也の態度に何故か少しイラッとする。



「だったら一言くらい……。」



「……あぁ、悪ぃ。」


 

 以前の達也であれば、

 「テメェには関係ないだろ」と食って掛かる所だろう。

 が、返ってきたのはしおらしい反応。


 

「……なんか、らしくないっスね。」


 

 我妻がそう言うと、

 達也は少しだけ前のめりになり、後ろへと下がる。


 何か強く言葉を発そうとしたのか。


 

「それは……いや、そんな気にもならねぇ。」


 

 煮え切らない達也の態度に、感情が吹き上がる我妻。

 

 

「何を勝手に一喜一憂してるかは知らないっスけど、

 みんなもここ数ヶ月は色々と苦しんだんス。」


 

 我妻は炎の両翼を生やす。



「やっとみんなが回復して落ち着いたから、

 神楽(かぐら)さんは今回の遊びと訓練を企画したと思うんスよ。」


 そして、先ほど貰ったガントレットが稼働するのか。

 その確認を始めた。

 

「確かに達也さんの事は心配したっスけど、

 別に達也さんだけじゃない、今だって操(みさお)さんも居ない。」



「……言いたいことがあるならはっきり言えや。」



 だんだんとお互いに気まずい空気が流れ始める。

 我妻はもう達也を見ようともしない。



「分からないスか?無事なのは喜ばしいっす、だけど。

 後ろ向きのままならまだ帰って来ないでくれたほうが、

 良かったと思ってるんスよ、俺は。」



「てめぇ……我妻。」

 

 

 達也の赤い髪が光り始める。

 


「つまる所……ようやく皆が前を向けるって時に、

 マイナスな風を運んで来ないでくださいス、達也さん。」


 

 我妻は達也を睨みつけて挑発する。


 

「おい、てめぇ……誰に向かって口聞いてんだ?」

 

 

 久しぶりに会ったことが悪い作用をし、

 逆に二人の言葉はヒートアップしていった。

 

 

「眼の前の構ってちゃんに言ってるンすよ。

 ゲストとしてただ出てくるだけなら訓練の邪魔しないで、

 誕生日席にでも引っ込んでろ、……ッス。」


 

 達也から太い血管のキレる音がする。

 

 

「【目覚めし者(グロワー)】だか何だか知らねぇが、

 テメー新入りの分際で随分とデカくでたなぁ、ええ!?」



 そして我妻も怒りが限界を迎えていた。



「……あんたら姉弟魔電災の最中(さなか)に!

 揃って現場(フロンテラ)にいないのがおかしいんスよ!

 あんたらなら救える生命もあったはずなのに!」


 我妻の怒りを聞いていた達也は拳を深く握りしめ、

 髪が淡く光り耳が生え始める。

 人型だったその見た目はどんどん狼に近付いていく。


「……超えたな、一番超えちゃいけねぇ線をお前は今!

 超えやがった!テメェ魔電災中は寝てたようなもんだろ!

 セントスピリットなんかに熨(の)された雑魚が……、

 粋がってんじゃねぇ!」


 

 体毛が生え、口は肥大化し爪も大きく、鋭く。

 感情の高ぶりからか達也の呼吸は荒くなっていた。



「……!

 俺がどんな思いで目覚めたか!どれだけ悔しかったか!

 新入りか先輩かなんて関係ない!

 のこのこ実家に帰ってた元隊長様は!

 一生帰ったままで居たらよかったんだよ!」


 

 ガントレットに炎が巡る。



「我妻ァァァ!」



「夕凪(ゆうなぎ)……達也!」



 爪とガントレットが衝突し火花が散る。

 



  ――――――――――――――――――――


 


 砂浜には鬼ごっこ終了者へと向け、

 屋外モニターが設置されていた。



「かーぐーらー、

 なーんか二人メチャメチャキレてるっぽいけど平気そ?」


 対魔力の枷を一通り分解し終わった一ノ瀬(いちのせ)が声を発する。

 胡桃(くるみ)はその様子をすんすんと頷きながら見ていた。


 神楽は困ったように顎に手を当てていた。


「い……、一応ある程度は僕の予測通りなんだけど……。

 感情が制御出来るほど僕は全能ではないかな……。」


「……達也は大好きな姉の茜を見つけられなかった。

 我妻は空原(くばら)くんや私の事を引き摺っていて……、

 『仲間・友人』を軽く考えていないってところかしら。」


 御来は先ほど我妻に蹴られた脇腹を擦りながら呟いた。


「互いに譲れないモノがあるのは分かるけど……。

 殺し合いに発展したら身も蓋もないわよ……。」


「……我妻くんは枷もあるし多分大丈夫なんだけど、

 達也の代償を考えると止まれるか怪しいかもね……。」


 顎を支えていた手は頭へと上がり神楽はため息をつく。


 モニターに映ってる雫(しずく)が撮影用ドローンを見つめている。

 どうやら達也達の側に居るようだ。


 顔を上げてモニターを見た胡桃が呟く。


「雫お姉ちゃん困った顔してる……。」


「……それはそうよね。」


 

 胡桃の心配そうな声に御来は相槌するしか無かった。


 その時、執事がトランシーバーを持って神楽の前へ。

 神楽はそのシーバーを受け取ると話し始める。


 

「雫ちゃん、聞こえる?」


 

 雫はカメラを向きながら縦に首を振る。



「とりあえず様子を見てて。

 一応林檎(りんご)ちゃんがそっちには向かう予定だから、

 我妻君の枷が外れたら達也の加勢に入ってあげて。

 一応指示は飛ばせるようにインカムも届けさせるね。」


 雫は首を傾げている。


「あぁ……あのね。

 もう少ししたら二人の枷が外れるようになってるんだよ。

 もしその時まで我妻君が激昂してるようなら……。」


「作戦会議しないと不味いかもしれないね……。」


 神楽の曖昧な物言いに雫の表情が一瞬強張ったが、

 深く頷いて二人の様子をみている。


(【目覚めし者】を安く見積るのは良くないからね。)

 

 

 そんなやり取りの中、神楽のインカムが反応する。

 神楽は手を前へ出して、【遠く彷徨(ワープ・ホー)う希望(プ・メイズ)】を使う。


 

 ワープから出てきたのはボロボロの瀬羽(せば)だった。

 

「お嬢様、このような姿でお目汚しを。

 申し訳御座いません。」


 その姿を見て神楽は驚く。


「あちゃぁ、随分とやられたね。

 ゴム弾じゃなかったっけ?」


「弾に込められた魔力の方に手を焼きまして……。」


 神楽は焦げ付いてる手に気が付く。


「文字通り……ってことかぁ。」


「ことかぁ……じゃないわよ!」


 ポカン。

 

「あ痛!」


 神楽が御来にジャンプで頭を叩かれる。


「消毒!殺菌!冷却!

 いくら丸ノ内(まるのうち)財閥の島で虫が居なくとも菌はいるの!

 瀬羽とか言ったわよね!アンタは治療室行き!」


「あ、いえ私めは神楽様の……。」


「なぁーーーーによ!神楽様の何!?

 優秀なる執事長でも人間でしょうが!

 手首から先を無くしたいなら止めないけど、

 アンタ神楽に仕えてたいなら黙ってついてきなさい!」

 

「……畏まりました……。」

 

 正論を言われた瀬羽のテンションは急降下した。


「神楽!私はアンタが、

 『大きな怪我人は出ない』って聞いたから今回の訓練、

 許可してあげたのは分かってる!?

 もし『私(御来)の能力があるから』って枕詞に付けて、

 物事を考えていたのなら、あとで1時間は説教!」


「あー……えーと、……はい。」


 あまりにもバツが悪そうな神楽。


「結果良ければ全て良しなんてことはないの。

 そんな世界なら予防接種なんてものは存在しないのよ。

 大きすぎる怪我は戦力を削ぐだけ。後で全員連れてきて!

 それと今後無茶をする時はちゃんと相談なさい!」


 島に似つかわしくないシェルターの鉄扉を御来は開ける。

 

 そして、神楽に対し振り返り一言。

 

「返事は!?」


「はい、ごめんなさい。」


 その一言を聞いた御来は、

 瀬羽を引きずって扉の奥へと連れて行った。


 その様子を見ていた執事達も胡桃も一ノ瀬も、

 同時に同じ事を感じたのであった。



 怒らせないようにしよう……と。



 ――――――――――――――――――――



 我妻と達也の戦いは熾烈(しれつ)だった。

 感情的になり、お互いに回避をするつもりは無い。


 殴り、殴られ。

 獣人の身体能力で我妻を圧倒する達也だったが……。


「所詮、運動能力しか芸の無いワン公スね。

 いつまで同じ芸を披露してるつもりっスか?」


 挑発に反応してるのか、はたまた何も考えられないのか。

 脇腹を狙った飛び蹴りが我妻を襲う。

 ガントレットでの防御を間に合わせる。


「てめぇも防御ばっかじゃ何も始まんねぇぞ!

 殴ってみろ鳥野郎!」


 そのガントレットを我妻は左手から外していた。


「どうして能力だけは良いのに脳味噌はお留守なんスか?」


 ガントレットは達也の回し蹴りを受ける緩衝材となった。

 フリーになった左手が達也の足首を強く掴む。


「捕まえ……たっ!」


 我妻は掴んだ達也を振り下ろし地面へと叩きつける。


「ガッ……!クソ……がッ!」


 そして腹の上に膝蹴りを入れて達也を押さえつけた。


「離せ……離せって言ってんだろうが!クソ!」


 長く鋭い爪が我妻の肌を切り裂く。

 だが、我妻は動かない。


 大きく右腕を振り上げ【羽搏ける(ウィング・オ)不死鳥(ブ・フェニックス)】をガントレットへ注入していく。


 魔力が溜まれば溜まるほど抑えている右腕が震え、

 ガントレットの色がオレンジ色へ染まっていく。


「だっ……てめ……クソ!」

 

 そしてその震えは止(・)ま(・)っ(・)た(・)。


 急に動かなくなった我妻を見て呆けていた達也だが、

 顔面に水を掛けられる。


「あ!?なんだ!?」


 いきなりの事で周りを見渡す達也。

 そこには、顔を覗き込んでくる雫がいた。


「……。」


 我妻に掴まれていた脚を振り払い、

 ゆっくりと立ち上がる。


「あ!?雫てめぇ……!

 あ、あぁ……いや……すまねぇ。取り乱しちまった。」


 雫の水着姿を見て、照れたのか、我に返ったのか。

 雫からインカムを渡され、それを耳に付ける。


『こおおおおおらあああああ!』

 

 鼓膜が破られそうになる音量で怒鳴られたことにより、

 達也は頭の上の耳を折りたたむ。


『無事帰ってきたのを祝おうって感じだったのに、

 どーして君達はすぐそうやって斜に構えるの!』

 

「う……すまん。

 ちょっと上手くいかなくてイライラしちまった。」


 大きな手で頭を掻く達也。


『君のしおらしいモードは本当に反省してる時だから、

 一応許すつもりだけど……、それより!今本気で!

 我妻君のこと殺すつもりだったでしょ!』


 達也はバツが悪そうに下を向く。


「……いや、マジですまん。」


『もう分かったから、我妻君と一緒に……。え?』


 映像を見ていた神楽が静かになる。


「おい、どうした神楽。」


『ちょっと……雫ちゃんの様子が変……、見てあげて。』


 達也が振り返ると苦しそうに屈み込んでいる。

 彼女が時を止めてからまだ30秒も経っていない。


「おい、雫……。」


 何かがおかしい。 


 達也が呼びかけた時、もう一つの人影に目を奪われる。

 動けないはずの我妻のガントレットが、赤熱を帯び、

 小刻みに震えていた。


 雫は胸を押さえながら、何とかこらえていたが……。


(……【時迷い(ストレイ)】で止めきれない……!?)


 「カハッ……ご、ごめ……。」


 その声と共に雫が呼吸を始めると、

 ガントレットは地面へと叩きつけられた。


 我妻を包むように膨大な火柱が立ち登る。

 さっきまで我妻のいた場所には魔力の枷が転がっていた。


「……冗談だろ?」


 達也がそう呟くのも無理はなかった。

 火柱が収束し、全てが我妻へと取り込まれていく。


 全身が炎と成る。

 その眼は虚ろ。

 

 おおよそ、元の我妻とは似ても似つかない姿だった。



「……雫さんも、俺の邪魔ヲするんスね。」

 


「誰も守れなイ、こノ俺の。」



 我妻が前屈みになり始める。




『…!二人とも……!』





 神楽が逃げてと言う前に。



 

 我妻の炎の衝撃で2人は後方へ吹き飛ばされていた。

 



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