第40話:海ならば、海なれど
「どうしてっスか……。」
我妻は小さく呟いた。
「どうして俺たちは……。」
そして拳を握りしめて大声を上げた。
「俺たちは……どうして海水浴に来てるんスかーーー!?」
「「いえーい!」」
そんな我妻の叫びを余所に……、
大喜びで海へ走り去っていくクルミと一ノ瀬。
ここが何処かと言うと、フロンテラ基地の外。
普段は使用されない非常口の重い鉄扉を開いた先。
そこには輝く青、燦爛たる砂浜が広がっていた。
「まあまあ、我妻ちゃん。こういう日も必要よ。」
そう言って扉から出てきたのは、
黒いアロハにハーフパンツの水着を着た黒鉄林檎だった。
「いやいや!
本土は魔電災の被害でアポカリプスのような状態っス!
操さんも夕凪姉弟も見つかってないんスよ!?
今の俺達にもできることが……あ痛っ!」
そう言った瞬間、横から頭を小突かれる。
今回の海水浴の企画者である、丸ノ内神楽だ。
「気持ちは分かるけどねー、
それで我妻君が焦ってどうするんだい、全く。」
近くにいた執事が、ティーポッドを用意し始める。
濃度の高そうなクリーム色の液体がカップへと注がれ、
そのカップが乗ったソーサーを神楽へと近付ける。
優雅にカップへと口を付けると、指を鳴らす。
何処からともなく現れた執事達が一瞬で、
パラソル・椅子・机を準備し、消えていった。
さも当たり前かのように全員分の椅子が用意されている。
しかも、丁度いい座高で。
「ほら、座んなよ。ちょっとお話しよ〜。」
神楽は水着のまま、椅子へと腰掛ける。
我妻は少しだけ神楽の格好に視線を奪われそうになるが、
なんとか抑制して席へと着く。
「……うス。」
神楽付きの執事が、
我妻と林檎の分までお茶を用意してくれていた。
「あら、この紅茶……甘くて口当たりが良くて……。
確か……アッサム……だったかしら?」
林檎がそういうと、執事が頭を下げながら語る。
「左様でございます、林檎様。
此方はフォートナム&メイソンの特注ロイヤルブレンド。
アッサムとセイロンの2種を神楽様の好みに合わせ、
再度調整した一品に御座います。」
それを聞きながら林檎はもう一口カップを傾ける。
「なるほどねぇ……。
アタシは紅茶はそんなに明るくはないけれど、
品のある感じがするのに飲みやすくて、
まさに神楽ちゃんぽいって感じがして好きよ。」
「有難きお言葉にございます。
まさに神楽様を意識して作られておりますので、
是非ご堪能下さいませ。宜しければ我妻様も。」
執事と林檎の会話に飲まれた我妻は、
無言で紅茶に口を付ける。
(午後ティーより美味しいのしかわかんないっス……。)
「……?紅茶って、こんなに味のついているモンなんスか?いや、俺も詳しくはないんスけど。」
我妻が驚いたようにカップを見つめる。
ソレを見て少しだけホッとした神楽が話始める。
「この紅茶は瀬羽の言う通り、
僕用にブレンドを変えてるんだー。
ストレートだと我妻君の想像する紅茶になるかもだけど、
ミルクティだからねー。」
そういうとまた、
神楽は無駄のない所作でカップに口を付ける。
「それはそうと、丸ノ内さんってこんな……、
なんというかお金持ちだったんスね。」
「我妻ちゃんだけじゃなくてアタシも知らなかったわ。」
林檎も我妻と同じように最近知ったのだ。
神楽は頷いてから話し始める。
「まあ……ね。一応スネかじりみたいなもんだから、
僕がお金持ちってわけじゃないんだけどさ。」
さっきまでの所作とはうってかわって、
頭を掻きながら話す神楽。
「の……割にはちゃんとお嬢様っぽいとこ多いんスねぇ。」
「やめてよ、少しは気にしてるんだから。」
そう言う神楽の服装は白いレースカーディガンに帽子。
意匠が凝っているだろうビキニ。
さっきまでの話を聞いていると、
あまり値段の想像はしたくはなかった。
神楽の身体はモデルとまではいかないものの、
魅力的な体型をしている。
「あー、我妻君も男の子だねー。
僕の身体が気になるかーい?」
しかし、我妻が目を引かれるのはそこではなかった。
「……やっぱ、跡消えないっすね。」
我妻の能力で彼女に付いた火傷痕。御来の能力では、
『傷じゃないから固有が反応しない』らしく、
他の医者も皮膚を切り取るしか、
すぐに治す方法は無いと言っていた。
これ以上傷が増えるのはよろしくないし、
自分は気にしていないと神楽は言っているのだが……。
「全く……いいの、これで。
茜の一番近くにいて、茜を助けて上げられなかった私。
今のフロンテラを救う為に、必要な儀式だったからね。」
そう言った彼女からは普段の雰囲気とは違う、
『真面目な神楽』の一面が出ていた。
少し空気がしんみりとなる。
そんなことも気にせず浅瀬で、
一ノ瀬とクルミは水を掛け合っていた。
御堂胡桃、
彼女はしばらくの間フロンテラの預かりとなった。
母親である御堂桃子は被災者として、
命を落としたという事となった。
魔電災はとんでもない規模の死者が出ているため、
国で見た時に彼女のみが悼まれるということは無い。
ただ、フロンテラの面々は被災者の追悼とは別に、
彼女の葬儀を執り行った。
死とは生きるものが背負う不可避の宿命ではあるが、
だからと言って目の前で失われた命を無下にする事は、
フロンテラのメンバーには出来なかったのだ。
「と、そういえば御来さんと雫さんはどうしたっスか?」
「いるわよ。」
我妻が辺りを見渡すと……いや視線を下ろす。
黒いフリフリの全身水着に白衣を着た御来がそこにいた。
「……!あ〜……っス。」
辺りを見渡すという最悪過ぎる動きを見せたことにより、
上擦った声が空気と共に漏れる我妻。
「水着似合ってるっス!」
「もう少し上手い言葉を探しなさい!」
「うぐっ!」
御来からのみぞおちパンチ。
今日だけで女子から2発もらっている我妻なのであった。
「……で、一応聞いておくけど。
なんで海水浴なのか、そろそろ説明してくれる?」
蹲る我妻を無視しながら御来は神楽に問いかける。
林檎と雫は胡桃の方へと合流して、
4人でビーチバレーをしていた。
「当然だけど息抜き、これは絶対の主目的。」
神楽は淡々と告げる。
「最近、色んなことがあったし……。忘れよう!……と、
まではいかなくても精神に休息が必要って判断かな〜。」
「なるほどね。」
御来は椅子に座りながら紅茶を口へと運ぶ。
「で、あれはやるの?」
神楽は少しだけ間を空けて。
「……うん、そのつもり。強化は必要だからね。」
「強化……?」
我妻の疑問を余所に神楽が指を鳴らす。
「瀬羽。」
何処からともなく執事が現れる。
「参上致しました、お嬢様。」
「アレは?」
「手間取りましたが、なんとか。」
「……そ。」
神楽が素っ気なくそう言うと、
瀬羽が取り出したメガホンを掴み、海に向ける。
『みんな~しゅ〜ご〜。』
ビーチバレーをしていた4人を呼び付けるのだった。
――――――――――――――――――
「と言うことで、鬼ごっこをやるよ。」
神楽がそう言うと突如神楽の執事達によって、
我妻と林檎の両手両足に枷がつけられる。
「へ?」「おお!」「あら。」
三者三様の反応、
一人付けられてもないのに反応している者もいたが。
「それは……、」
「これは魔力阻害の枷だね!やっと出来たんだ!」
「……。」
セリフを丞に取られた神楽は、
少しふくれっ面をしていたが続ける。
「まあ、そういうこと。
2人にはフィジカルを鍛えてほしいから序盤は魔法禁止。
他の人達は魔法有りで逃げ切ってもらう。」
「え、俺らが鬼なんスか?」
神楽は頷く。
「そ、現状フロンテラ最高戦力の二人だからね。」
「捕まえるのはここにいる全員。
鬼は捕まえるほど魔力が解禁される仕組み。」
「くるみもさんかしていいの?」
「もちろん!魔法を使って逃げていいからね〜。」
胡桃は大きくうんうんと頷いた。
「フィールドは丸ノ内財閥保有のこの島全体!
飛ばした先で執事から話を聞いてね~。
それじゃ!鬼は100秒数えてね〜。」
「飛ばした先……?ちょ、ちょっと待つっス!それって!」
「よ〜い、どん!」
そう言うと神楽は手を前に出し、
逃げる全員をワープさせた。
「あっ!?」
「神楽ちゃん!?」
「捕まえられるまでご飯なしだぜ〜?ぐっぱい!」
自分のことは転送できないという制約があるので、
神楽は瀬羽にお姫様抱っこされる。
そしてみるみるうちに遠くへと消えていく。
「……マジすか?」
「ここ、東京ドームより広いわよ……?」
フロンテラの強化海水浴が始まった。




