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第38話:Lack of Resolve



 ハァッ……ハァッ……。

 息が大きく乱れる。



 俺、空原操(くばらみさお)は絶賛ピンチの最中だった。



「ちょっ……と、ジエン!そろそろ……限界ッ!」




 

 ミノタウロスの拳が空を切る。



 B5層内でモンスターとの戦闘。



 ジエンは姿を消したまま戻ってこない。


「【鋼魔】!」 

 

 魔力の糸をあやとり状にして硬化させ、

 身体の前へ出し盾とする。


 二発目の拳をその糸の盾で受け止め……きれない。


 そのまま身体が世界樹内部の壁に打ち付けられる。



「ガハッ……!」


 吐血。


「どうして……。」



 俺は痛みと苦しみに耐えながら叫んだ。

 


「どうして……こうなっ……たっ……!」


 


 ――――――――――――――――――――



 1日前……。


 

 魔力コントロール練習開始から一ヶ月は経過していた。


 「やった……!」


 魔力を極小の出力で魔法の物質生成を行う。



 これが難しい。

 


 人間は手を抜いて走れと言われれば簡単にできるが、

 『手を振って足を大きく出してゆっくりと走れ』

 のように言われたときは意外とできないもので。


 自分にとってはその感覚に近くはあったが、

 ジエン曰く、

 

『本人が考えている通りにしかならないから、

 私から聞いても出来るようにはなりませんよ。』


 と言っていた。



 言われた当初は『めんどいだけだろ』と思っていたが、

 今ならなんとなく分かる。

 

 蛇口を絞るイメージを持っていた時は、

 蛇口が締まらずダバダバと魔力が流れ出ていた。

 その結果、魔力放出過多による体調不良を招く。


 何度も何度も吐く内に吐き出すものがなくなり、

 次第にご飯を食べる気が失せていった。

 

 修行開始1,2週間で魔力放出過多は少し抑制されたが、

 まだ射出されるエネルギーは多く、

 コントロールしているとは到底言えなかった。

 

 しかし吐き気の頻度は減り、

 食欲もゆっくりと回復していった。


 3週間目あたりになると、

 魔力放出過多での体調不良は起きなくなり、

 ある程度の魔力まで抑えが効くようになった。

 

 そして今。


 完全にコントロールできた実感がある。

 岩でデカい壁を作るのも針を作るのもお手の物だ。


 そんなタイミングを知ってか知らずか、

 コツコツと足音が聞こえてくる。

 ジエンだ。


 

「おや、やっと終わりましたか。」

「ああ、なんとか。」



 相変わらず丁寧語で話すジエンに俺は砕けた口調で返す。

 


 ここ一ヶ月一緒に過ごして分かったが、

 聞かされた昔話の異世界で【星詠みの賢者】(ステラ・セージ)と、

 呼ばれた人間とは思えないほど適当だ。


 飯は美味いが他の家事はからっきし、

 『今までよく一人で生きてきたな』と口にした以来、

 敬語は辞めた。

 

 吐いてしまう時は飯の事だけが悔やまれた。


 ジエンの生活力の無さは彼の自室を見ればスグに分かる。

 

 書物があちこちに散乱していて足の踏み場がないのだ。


 そして残念ながら掃除したのは俺だ。



「どうでしたか?掴むものはありましたか?」



「どうでしたかって、

 あんた殆ど何も教えてないじゃんか。」


 結局のところ、

 ジエンから教わったことは情報と昔話くらいだ。


 魔力についてとか、【固有魔法】(ユニークマジック)についてとか。

 そういうものは一切教わっていない。


「焦る気持ちは分からないでもないですけどね。

 魔力についての座学なんて聞いても退屈でしょう?」


「【星詠みの賢者】が言ったらおしまいだろ。」

「うーん、耳が痛いですね。」


 ジエンは痛そうに耳を擦る、コイツ……。


「とにかく、これで次のステップですね。」


 そういうとジエンは指を鳴らす。

 突如として牛が現れる。


「え?」


「まず、縁切幻魔(エンギリゲンマ)でこの子が『牛』である因果を斬ります。」

 

 そういうと腰の刀を抜き、牛を斬りつける。

 牛には傷一つ無い。


「すると、

 この子は『牛のようで牛でないもの』になります。」


「……なんて?」


 全然俺の話を聞いてはくれない。

 無視してジエンは言葉を続ける。


「そしてこの子に魔力を注ぎます。」


「……なんで?」


 ジエンは牛に手を当てている。


 手を当てられた『牛のようで牛でないもの』は、

 骨格がメキメキと音を立てながら体が膨れ上がっていく。

 気が付けば3倍のサイズになって、二足で立っていた。


「そうするとミノタウロスになります。」


「ほんとになんで?」


 意味がわからない。

 ミノタウロスがゆっくりと眼を開く。


「それでは、戦闘開始です。」


「ブモオオオオオォォオッ!!」


「ほんとになん……っ!?」


 ミノタウロスは突如として吠え始めこちらへと突進。

 なんとか身を躱し、

 顔を上げると……そこにジエンの姿はなかった。



「ジエエエエエン!!!!」



 ――――――――――――――――――――


 

 これが事の顛末。

 そうして、今に至る。



 長い時間戦闘を続けて分かった事がある。

 コイツには魔法が通じない。

 

 種族そのものがそういうものなのか、

 そもそも特殊な個体なのかはわからないが……。

 というか異世界の事なんて分かるわけがない。


「もう……限界だ……。」


 既に魔力も体力も底を尽いている。


「魔法を無効化(レジスト)する相手に……、

 現代人がどうやって戦えばいいんだ……よっ!」


 何度も試した攻撃魔法、これが最後になるだろう。


 淡い期待と共に魔力を振り絞り、

 岩で出来た細い針を風で飛ばす。


 そしてその針は、ミノタウロスの腹部へと。


「ブモッ!?」

 

 刺さった。


「刺さった!?」


 ミノタウロスにダメージがあるわけでは無いだろうが、

 当人は魔法が通じていることに首を傾げている。


 (まさか……?)

 

 石の礫を魔力で作り、投擲する。

 礫は身体に当たる前に光の粒子となって消えていく。

 最初に戦っていた時と同じ消え方だ……。


 今度は細い針状にして投擲する。

 消えない。


「一定魔力量を超えると消してくるのかよ!……クソ!」


 よくよく考えてみれば、

 糸が消されなかった事をおかしいと思うべきだった……!


 しかし、気付くのが遅すぎた。

 血液も魔力ももう無い。


 弱って動けなくなった俺へ、

 ミノタウロスの拳が振り下ろされる。


 

「ブモオォォォ!!」


 諦めで眼を閉じたその時。


 フォン。

 聞いたことのない音が耳をうつ。



「はい、そこまで。」


 眼を開くと、

 ジエンが刀の柄でミノタウロスの拳を止めていた。



「【始星・序】(アルデバラン)。」 



 縁切幻魔を抜いたジエンの動きは全く見えなかった。



 ミノタウロスは突如としてバラバラとなり、

 床へと崩れ落ちる。


「30点。」


「はあっ……はぁっ……無茶……言うな……っ。」


 ゆっくりと呼吸を整えようとする。


「無茶?君は敵の前でも同じことが言えるのですか?」


 ジエンは刃先をこちらへ向け、顎を剣先で持ち上げる。

 縁切幻魔も、彼の眼も、痛いほどに冷たかった。


「貴方がスミレに負けた理由はなんですか?

 相手の能力を知らなかったからですか?

 それとも貴方が弱いからですか?

 油断ですか?傲慢ですか?甘えですか?」



「そっ……れは……。」



 何も言い返せない。




「こっちは一生一度の人生を魔王討伐に捧げたのです。」




「普通、次なんて、無いんですよ。」


 

 

 ジエンは刀を振って俺の首の薄皮一枚を戒めとして斬り、

 鞘に納めた。

 




「ご飯にしましょうか。」




 ジエンはいつものトーンでそう言った。

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