6.意外な素顔
西崎恵と連れ立って食堂に入ったものの、時間的にあまり余裕がなかったため、おれたちはろくに話もせずに昼食をかっ込んだ。
あまりにも有名で、しかもクールな印象が強い彼は、気取って食事を取るのかと思えば、おれと同じくらいの勢いで日替わり定食をかっ込んでいたので意外だった。と言っても、箸を持つ長い指や茶碗を取り上げる何気ない仕草が、やはり洗練された雰囲気で、おれは妙に落ち着かない気分のし通しだった。
食事を終えて席を立つとき、おれは気にかかっていたことを思い出して先に席を立った西崎を呼び止めた。
「あの、さっきはすみませんでした」
西崎はちらりとおれを見て、首をかしげた。
「さっき?」
思い当たらない様子の彼に、ほらさっき稽古中に西崎さんの演技に飲まれて余計な動きをしてしまって……と、おれは内心恥ずかしさでいっぱいになりながら説明する。
ああ、と思い出した様子の西崎は、初めておれの方にきちんと向き直り、驚いたことに、ふっと笑った。思いがけず、少年っぽい笑顔だった。
「あの時は驚いたぜ。目を開けたら君の顔があまりに必死でさ。おれの方が飲まれかけたよ」
全く厭味のない、心底楽しそうな声だったので、おれとしてもどう反応していいか困る。とりあえず、もう一度すみません、と謝っておいた。
西崎は、ふっと真面目な顔になり、おれの目を見た。
「何で謝る? 謝る必要なんてない。リアルな芝居を要求されているのだから、おれとしてはああいう反応はむしろ歓迎。嬉しかったよ」
なかなかあの場で君みたいな素直な行動に出られるやつっていないよな、と嬉しそうな顔で言う彼に、初対面で感じた無愛想さや近づきがたい雰囲気は全くなかった。
ほめられたのかなんなのか。でもとりあえず好感は持ってくれているようだ。まったく、何が幸いするかわからない。おれはとりあえず、これだけは言っておこうと思った。
「西崎さん。おれの名前、君、じゃなく、木下ゆうきです」
急な名乗りにちょっと驚いた様子の西崎は、数回瞬きをして、
「ああ。知ってる。現場の人間の名前は一回で覚えるようにしてるから。君……木下は顔合わせでも挨拶してくれたし」
これもまた意外なことに、顔合わせのときにおれが挨拶したことを覚えていたらしい。あのときは返事もしなかったくせに。
ええと、おれの名前は、と、こちらに合わせて名乗ろうとする彼を慌てて止めた。
西崎恵の名前なんて知っているに決まっている。というか、この世界で知らないやつなんて居るのか? しかも、さっきからおれが西崎さんって呼んでいたのに気づいていなかったのか?
ちょっと天然なところがあるらしい。徐々に見えてきた西崎恵の素顔は意外なことばかりだ。おれは俄然、彼に興味がわいてきた。
結局、その日の午後の稽古開始におれたちはそろって遅刻した。演出家が余り時間に厳しい人じゃなくて助かった。
その日以来、おれは西崎をもっと知ろうと猛アタックを開始した。
話しかけてもあまり会話が弾まない彼は、無愛想でクールだと思われているが、実は口下手なだけで一歩踏み込めば普通の青年の顔を見せてくれた。
演技に妥協しない西崎は、共演者として見れば我が強いタイプに見えるが、実は押しに弱いことも分かってきた。休憩時間に強引に話しかけたり、食事に誘ったりするうちにだんだん現場では一緒にいるのが普通になってきた。
今のおれたちは……。そう、親しい友人と言ってもいいんじゃないかな。




