7.夜の舞台で
舞台初日まであと三週間を切った。一週間前には現在全国公演に出ているとある劇団から借り受けた稽古用の古い小劇場から、本公演を行う都内某所の劇場に移ることになっている。
各場面の演出も大体決まってきた。まだ十分練られていないところは、舞台監督、演出家も交えて稽古後に役者たちが個人的にやり取りをして演技を固めている。
初めて主要登場人物の一人として舞台に立つおれも、稽古の後深夜まで残って、試行錯誤している。
「木下。今日も残るのか?」
稽古を終えて帰る役者仲間の清水がおれに声をかけた。おれより四つ年上だが、高卒で町劇団に入り、そこを拠点にしつつ、最近テレビドラマなどのオーディションも受け活動を広げようとしているという。今回初共演だが、気さくな彼とは、現場でよく他愛のない話をして盛り上がっている。面倒見のいい性格の彼は、若手の役者たちのまとめ役みたいになっていて、一緒に飲むことも多い。
「ああ。なかなかイメージが固まらないし、目の前にいない人物を想定した演技って初めてだから、納得行くまでやってみたいんだ」
おれの返事に清水は、熱いなあ、そんなに舞台にばかりかまけていると彼女に見放されるぜ、と冗談交じりに言う。確かにここ最近忙しくてバイトにもあまり入っていないし、もちろん希とデートなどしていない。
気をつけるよ、と軽く返したおれに笑って、根詰めるなよ、お疲れ、と手を振って彼は帰っていった。
今日は、演出家は所用のため稽古終了とともに帰っていき、いつも深夜の自主稽古に付き合ってくれる西崎も今日はこの後仕事がもう一本あるのだという。人気俳優はなかなか忙しい。
一人になったおれは、一時間ほど演技を模索した後、照明を最小限に落とし、薄暗い舞台に寝転んだ。こうすれば、少しは死者の気持ちが分かるだろうか……。
今回の舞台は、軽いオカルトが絡む現代劇だ。
西崎が演じる、ちょっと暗くて精神的に弱い主人公が、自殺した女生徒の幽霊にとり憑かれ、彼女の心残りの原因を探すはめになるというストーリーは、ありがちではある。だが、それだけに、非日常的な話にリアルな演技でどれだけ臨場感を出せるかが鍵になる。
舞台は、自殺した女生徒の葬儀の場面から始まる。
たまたま通りかかり、行きがかり上焼香をすることになった主人公の青年が登場。彼は葬儀の途中で突然倒れ、気がついたら死んだはずの少女の幽霊にとり憑かれていたというくだりがさくさくと展開する。
暗くて引っ込み思案で自分に自信がない青年は、幽霊になった途端この世で経験したことの記憶を全てなくしてしまったらしい少女の霊に強引に頼まれ、彼女がこの世に引き止められている心残りを探すため、彼女の過去を探っていく。
途中、死んだ少女の元クラスメイトや家族から彼女の生前の様子が語られたり、文字通り何かにとり憑かれたように死者の過去探しに打ち込む青年の姿を見て、彼の周囲の人物が心配する様子が淡々と、役者の演技力によって観客の共感を得ながら描かれていく。
そして、物語が進むにつれて明るく気が強い少女の心の闇に触れ、彼女を心から愛し悲しむ元恋人と交流を持つうち、青年は、いつも自ら行動せず受身の姿勢でいた自分自身の殻を破っていくというクライマックスに向けての盛り上がりが、音楽とともに表現される。
一番出番が多いのは主人公だが、それに次いで舞台に登場するのが幽霊の女の子だ。
しかし、その女の子は今回キャスティングされていない。
つまり、彼女と絡む役者の演技力で、いもしないキャストの分の存在感、感情などを表現しなければならないのだ。細かい性格付けも彼らの演技にかかっている。
おれはその幽霊になった女生徒の元恋人役だ。登場人物が割りと多いこの舞台の中で、おれの出番はそう多くはないが、最後の場面で一度だけある彼女との絡みが、今一番おれの頭を悩ませている。
主人公の青年を演じる西崎が主に幽霊の女生徒を仕草や台詞、目線で表現をする。その女生徒像とぶれないように、おれも彼女の存在をあたかもそこにいるように演じなければならない。演出家や西崎が根気強く付き合ってくれるをいいことに、毎晩遅くまで残ってあれこれと人物像を固めているのだが、なかなか自分が納得のいく演技ができていない気がし、もどかしくて仕方がない。
おれは、役者もスタッフもみんな帰ってしまった無人の劇場の暗い舞台に寝転び、ほかの場面はそっちのけで、自分が演じる青年が死んでしまった恋人の姿を見ることができる最後の場面を繰り返し頭の中で反芻していた。




