第2話:神々の降臨と哀れな漁師
数分後、ゼネクスが何かをとらえた。地平線の彼方に、生きた反応を感じ取ったのだ。
イサル海の中央、質素な小舟の上で、質素な男が一人で釣りをしていた。
『……奴だ』
神々は男の真上、上空に集結した。ゼネクスが指揮を執り、アエディは興味津々な様子、キキは相変わらずの笑みを浮かべ、ドロマはいつも通り冷ややかで思慮深げだ。
男は神々の降臨に気づいていなかったが、肌を刺すような異様な気配を感じ取った。
彼がふと空を見上げると、そこには自分を見下ろす神々の巨大な影があった。
男の手から釣竿が落ちる。その顔からは、みるみる血の気が引いていった。
「う、嘘だろ……! なんだってんだ一体!?」
風が止んだ。海の波立ちが消えた。空を飛んでいたカモメすらも、まるで時間をナイフで切り取られたかのように空中で静止している。
『凡夫よ』
ゼネクスの声が、地の底から響く雷鳴のように轟いた。
『汝は選ばれた』
腐りかけた木造船の上でガタガタと震えるタルゴムは、後ずさろうとして……船底にしこたま尻餅をついた。陸に揚げられた魚のように、口をパクパクと開閉させる。
「お、俺は何もしてないぞ! 誰のことも拝んでない! 都合の良い時だけの無神論者なんだ!」
「あら、可愛らしいこと」
アエディは空中でお行儀よく足を組み、楽しそうに浮かんでいる。
「別に祈ったから選ばれたわけじゃないわよ。ただそこに……いただけ」
彼女はタルゴムに向けて適当に手を振ってみせた。
「そして、あなたは運悪くそこにいた。それだけ」
「んー……ちょっと小太りだし、魚臭いな」
キキが思案顔で呟く。
他の三神が「何を言っているんだこいつは」と言わんばかりの冷ややかな視線を送った。
「なんだよ? 不死性を共有するかもしれないんだぞ、外見や匂いは大事だろ」
キキが弁明する。
一方、バルンのタルゴムは小舟の上で正座させられた格好のまま、恐怖で全身を震わせていた。
「た、助けてくれ……死ぬにはまだ若すぎるんだ……」
『これは汝が過去に何をしたかの問題ではない。汝がこれから何を成せるかの問題だ』
ゼネクスが厳かに言い放つ。
重苦しい沈黙が流れた。
『立て、タルゴム。汝は神々と凡夫を繋ぐ「中間管理職」として選ばれた。汝の声は我が声となり、汝の目は我が目となるのだ』
タルゴムは震えながらゆっくりと顔を上げた……その瞳には、困惑と信じられないという色が混ざり合っている。
「ち、中間管理職……? 俺が!? 読み書きだって怪しいんだぞ! 誰かの代弁なんて無理だ!」
「完璧じゃない!」
アエディが肩をすくめる。
「賢い奴はいつだって権力を独占しようとするもの。賢者なんていらないわ、欲しいのは正気な人間よ」
彼女は一歩近づき、タルゴムにウインクしてみせた。
「それに、土壇場での生存本能が強い奴ね」
キキが悪戯っぽい笑みを浮かべ、タルゴムの目の前に具現化した。親しげに彼の肩に腕を回す。
「いいか、全部を知る必要はないんだ……感じ取ればいい。心臓はあるか? 腹は減るか? ここ数分間で死にたくないという意志はあるか? なら、そこらの王様たちの半分よりよっぽど役に立つ」
「……失敗したら、死ぬわよ。悪く思わないでね、それが私の仕事だから告げてるだけ」
ドロマがタルゴムの背後に影のように現れ、吐息のような囁き声を残した。
タルゴムは生唾をゴクリと飲み込んだ。
『失敗など断じて許さん。汝は神聖なる秩序に従うのだ』
ゼネクスが巨大な腕を組む。
タルゴムはかすれた声で呟いた。
「俺は……ただ魚が釣りたかっただけなのに……」
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ただ釣りをしていただけなのに、理不尽すぎる神々に絡まれてしまった哀れな漁師タルゴム。
果たして彼は、このクレイジーな神々と人間たちの間で生き残ることができるのか!?
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