第19話:アルカナ産業革命
天界倉庫は地上時間で四十年の間、何一つ変わっていなかった。それも道理で、棚3において時間とは物理量ではなく、単なる在庫上の「目安」に過ぎないからだ。タルゴムは視界を取り戻す前に、神聖なる重力の牽引力を感じた。冥界のトナーで密度の増した彼の魂は、半透明のエレベーターの吹き抜けをとおして上方へと吸引され、変成室の磨き抜かれた大理石の床へと激突した。
頭を上げたとき(今回は肉体的な存在の痛みでこめかみが脈打ち始める、本物の頭だった)、最初に目に入ったのは、ツタの糸が編み込まれた一双の緑色の革ブーツだった。近すぎる。
「完璧な仕上がりよ! ドロマ、私の傑作を鑑賞しなさい! 生物学的最適化の仕様書を文字通り完璧に遵守したわ。空力学的な進化形よ!」
キキは両手を腰に当て、指絵の具を発見したばかりの芸術家のような情熱で瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべていた。
タルゴムは体を起こそうとしたが、彼の手は……自分の手ではなかった。しなやかで洗練された指を持ち、爪は松脂で繊細に磨かれたかのように見えた。自分の胸を見下ろすと、樹皮のベルトで締められた緑の麻のタバードを着ていた。顔に触れてみる。顎のラインは鋭く、髪は完璧な銅茶色のカールを描いて垂れ下がり、瞬きをすると影を作るほど長いまつ毛を感じた。
「おい……俺に何をしやがった、このクソ植物が……」
声はもはや北方漁師のダミ声ではなく、彼自身が即座に吐き気を覚えるほど澄み切った、まるで音楽のようなメロディだった。
「高級シャーシ(肉体)よ、不届き者め!」
キキは腕を組み、憤慨してみせた。
「ゼネクスのマニュアルは『風抵抗の削減』と『非生産的な余剰筋肉量の削減』を要求していたの。だから北方の野蛮人みたいな見苦しい脂肪を削ぎ落として、黄金比を与えてあげたのよ。要するにあなたは私と同じ。でもドロマが上の棚のファイルに届く必要があるって言い張るから、私より身長が三センチ高いのよ」
薄暗がりからドロマが現れた。出来立てのインクの重みでパリパリと音を立てる、長さ三メートルの羊皮紙を手にしている。タルゴムの新しいスマートな姿には目もくれない。
「形態効率コード補足45-Cに基づき最適化された肉体よ。動きなさい。ゼネクスが新しいプロトコルの起草を終えようとしているわ。ハードウェアの納品遅延を何より嫌うお方よ」
「待て……ドロマ。俺が向こうにいたのは丸一日(一シフト)だと言ったな」
自分の重心がかつての戦士の肩ではなく、馬鹿馬鹿しいほど細い腰にあるため、千鳥足になりながら立ち上がろうとするタルゴム。
「正確には十二時間三十五分十二秒よ」
「冥界の一週間は現世の三百年に相当する……三十五分ということは……」
「地上時間で二十一年と三ヶ月と二日よ。おめでとう、タルゴム。『血のオアシス』であなたの存在を覚えているオルクはもう一人も生き残っていないわ。厳密に言えば、あなたは砂漠の第三王朝の歴史書の中の神話よ」
パチンと決定的な音を立ててブリーフケースに羊皮紙を仕舞うドロマ。
タルゴムは凍りつき、自分の新しく繊細な手を見つめた。二十年。彼の知っていた世界、知っていた海岸、釣った魚、借金のあった酒場の店主たち……すべてが塵と化していた。壮大な世界の大観において、彼が鎖に繋がれたボールペンで哲学者にハイフンを書かせている間に、彼の凡俗な生は霧散してしまったのだ。
突然、天界倉庫の空気 sheared(一変した)。冥界のような官僚的な微震でもなく、ディメンターたちの凍てつく冷気でもない。発酵したぶどうの匂い、真夏のオークの木の下での昼寝の匂い、そして規律に許可を求めない笑い声を含んだ、暖かい振動だった。
タルゴムは自らの完璧な新しい背骨に悪寒を感じた。何か異常なことが起ころうとしていた。
「嘘でしょう。戻ってきたわ」
キキの笑顔がわずかに消え、冠の葉が震えた。
「存在の危機による休職期間が終了したようね。論理展開シールドを準備しなさい」
寸分の狂いもないタバードをシワ寄せるほどの溜息をつくドロマ。
変成室の重厚な青銅の扉がドカンと開いた。いつもの油圧による規則正しさではなく、まるで酔っ払いの暴風が押し開けたかのようだった。アエディが入ってきた。だらしなく崩れたタバードを纏い、半分空になった土器の壺を手に持ち、その瞳には秩序を乱したくてたまらない者の危険な輝きが宿っていた。
「ゼネクス! 精神的流刑から戻ったぞ! あなたの直角に幾何学的な涙を流させるような、自由に関する三つの新しいメタファーを持ってきた!」
アエディはタルゴムを見てピタリと足を止めた。上から下まで彼をじろじろと見つめ、二回瞬きをしてからキキを見た。
「ちょっと待て……キキ、胞子で増殖したのか? なぜお前が二人いる? 宇宙の苦難はまだ足りないというのか?」
「私じゃないわよ! 中間交渉人よ! 私が最適化してあげたの!」
「あの漁師だと!?」
天井の水晶のランプを振動させるほどの爆笑を上げるアエディ。
「聖なるぶどう園にかけて、まるでショーウィンドウのエルフではないか! 荷揚げ屋の肩はどこへ行った? 腐った魚の臭いはどうした? ゼネクスに殺されるぞ。いや、もっといい、ゼネクスに余白を測る定規として使われるのがオチだ!」
「アエディ。黙れ、さもないと誓って……」
タルゴムは新しいメロディックな声で脅そうとしたが、怒ったテノール歌手のようにしか聞こえなかった。
部屋の光が、目を眩ませるほど純粋で鋭利な白へと変わり、痛みを伴った。扉の周囲の空間が直線的に修正される。アエディの壺の曲線が、心持ち八角形へと変化していくように見えた。ゼネクスの存在が彼らの頭上に容赦のない光のプリズムとして浮遊して現れると、大理石の床がミシミシと音を立てた。
『文書は終結した。永劫事務内部規定の改訂補足。セクション:非許可の神聖叛乱の管理』
ゼネクスの声が、目に見えない炎の文字で刻まれるように、出席者たちの頭蓋骨の中に直接響き渡った。
『アエディ。お前の復帰は神聖なるインスピレーションのカレンダーにおいて、三十年の遅延をもって記録された。お前の凡俗なる信仰ノルマに対し、一〇パーセントの保留措置を適用する』
「好きにしろ、ゼネクス。今の人間どもは機械で何でもやるんだ。生き残るためだけに祈ってやがる」
壺の酒を一口あおり、意にも介さないアエディ。
ゼネクスは瞬きすら(……)しなかった。中央のプリズムの光が収縮し、レーザーメスのように鋭くなった。アエディの周囲の空間が硬直した幾何学模様と化し、壺から飛び散ったワインの滴が、空気中で完璧な三ミリメートルの立方体となって凍りついた。
『効率は郷愁を理解しない、アエディ。お前の非許可の存在危機による休職期間中、タハマラにおける抽象的思考の生産性は四十二パーセント低下した。凡人における美の認識力は批判的標準偏差を起こした。お前の部署は赤字状態にあったのだ』
「だから世界には詩が減って、何が必要だと判断したんだ……何だ、この現実の織り目から感じるノイズは、ゼネクス? ギアオイルと瓶詰めの魔法の匂いがするぞ」
凍りついたワインのサイコロを口に放り込み、蔑みを込めて言うアエディ。
ドロマが一歩前に出た。戦死者数マップを広げるような沈着さでブリーフケースを開く。
「インスピレーションと芸術の神が不在であったため、本部(総局)は産業スクラム計画を発動しました。余剰の創作リソースは、タハマラで最も知的適性の高い王国——タイギスへと移送されました。彼らのパフォーマンスを最大化するため、ゼネクス様は純粋なアルカナの織り目との直接的な生物学的ハイブリッド化を認可されたのです」
「ハイブリッド化……? それはどういう意味だ?」
自分の声の透き通った響きに胸くそ悪さを覚えながら、喉に触れるタルゴム。
「新しい種族よ!」
植物学的な恐怖と技術的な魅了が入り交じった様子で割り込むキキ。
「人間をジェナシに変えてしまったの! タイギスの学者たちの魂と、この惑星の生のアルカナ物質を融合させたのよ。彼らはもう普通の人間じゃない。今や『魔法』と呼ばれる何かを行使しているわ!」
「魔法……?」
タルゴムは妙に思い尋ねた。
「アルカナのエネルギーを使って呪文に変えるのよ。雷を落としたり、炎を吐いたり、そういったことね」
『進歩には実行能力のあるベクトルが必要だ。タイギスのジェナシたちはアルカナ産業革命を発展させた。彼らは時間を歯車に閉じ込め、魂の重量を計算し、自動機械を構築することを学んだ』
「会計士どもに宇宙の炎を与えたのか、ゼネクス。お前は方眼紙みたいにイかれた野郎だな」
アエディの笑みが完全に消え、酔っ払いの表層の下に潜む古の神が顔を出した。
『診断エラー。タイギスのリソース需要は予測モデルの期待値を上回った。アルカナの錬成炉と計算エンジンに給餌するため、ジェナシたちは高密度の原材料を要求している。現在、タイギスは地政学的拡大を開始した』
ドロマはタルゴムの目の前に新しい羊皮紙を滑らせた。タハマラの地図には、もはや昔日の均衡は示されていなかった。巨大な赤と黒の線が、感染した血管のように北方から伸びていた。
「リソース抽出キャンペーン、フェーズ1:ルビー山脈への侵攻。ジェナシは機械シャーシと霊的配線のために、ドワーフの深層導電金属を必要としているわ。同時並行のフェーズ2:セレンゾナス森林への侵入。エルフの神聖なる樹木の木材は、爆発することなくアルカナの圧力ピストンを収容するための完璧な細胞柔軟性を持っているの」
「工場に薪をくべるために、世界を破壊しているのか」
エルフのデザイナーズスキン(新しい肉体)の下で、かつての戦士の直感の残響を感じながら地図を見つめるタルゴム。
『修正:利用可能なエネルギーのパフォーマンスを最適化しているのだ。しかし、この紛争は暴力的な死別部署における書類の過剰を発生させ、現地の外壁による非対称な抵抗を引き起こしている』
ゼネクスの光のプリズムが下降し、タルゴムの新しい完璧な瞳と同じ高さで静止した。白い閃光が、彼の緑の麻の首元に未だ下がっている『無給インターン』のプラスチックカードを、黄金の輝きで照らし出した。
『タルゴム。お前の新しい形態はアルカナ摩擦による摩耗に対して耐性を持っている。お前の任務は実務的調停だ。神聖なる使節としてルビー山脈の国境へ赴け。神聖接収補足条項に従い、資産の移行が適正に行われることを確実にせよ』
「俺に貴様の殺戮の取り立て屋になれと言うのか」
細い手を握りしめるタルゴム。力強さは今や軽やかで、しなやかに感じられた。
『世界は魂たちが道徳的自主性を発達させるのを待ってはくれない。私は自分の執務室からそれを何千年も見続けてきたのだ』
タルゴムの足元の磨き抜かれた大理石の床が開いたわけではなかった。ただ、固形という物理的属性を失ったのだ。彼の馬鹿馬鹿しいほど空力学的な新しい体は、かつての生の肉体の無骨な重みを感じさせることもなく虚無へと落下し、白い光の暴風に吹き払われた秋の葉のように下降していった。
落下しながらも、ゼネクスの声は天界のタイプライターの容容赦ないリズムで刻まれ、彼の頭蓋骨の内側に響き続けた。
『ミッションコードアクティブ。第一目標:鉱山前線における戦死者処理時間の削減。第二目標:ドワーフの抵抗勢力に対する霊的立ち退き通知。覚えておけ、タルゴム。進歩は署名の不足によって止まりはしない』
変成室で未だ土器の壺を持ったままのアエディが、光の井戸の縁から覗き込んだ。次元によって歪んだ彼の声は、深く古い苦みを帯びた、遠くあざ笑うような反響となってタルゴムの耳に届いた。
「ドワーフどもに幸運をな、デザイナーズエルフ! 俺から伝えてくれ、この世のどんな詩も『産業革命』とは韻を踏めねぇってな!」
お読みいただきありがとうございます!
天界に戻ったタルゴムを待っていたのは……ツタの革ブーツを履いたキキによる「高級デザイナーズエルフ」への肉体改造!?
さらに地上ではタルゴムのいない21年の間に、ゼネクス主導の「アルカナ産業革命」が勃発し、人間がジェナシ(魔法種族)へと変貌を遂げていた……!
ドワーフとエルフの資源を奪うハイテク軍団に対し、神の差し押さえ役(徴収人)として送り込まれるタルゴム。
混迷を極める神々の思惑と、世界の命運を賭けた新章が幕を開ける!
【更新情報】
スタートダッシュとして【1日4〜5話ペースで爆速更新中】です!
「イケメンエルフになったタルゴムのツッコミが冴え渡りすぎている」「アエディの『産業革命と韻は踏めない』の名言が好き」「アルカナ産業革命という世界観の広がり方にワクワクする」と思ってくださった方は、ぜひ作品ページ下の【ブックマーク登録】や【ポイント評価(★★★★★)】で作品を応援していただけると嬉しいです!
第20話もすぐに更新されますので、どうぞお楽しみに!




