第16話:サテン紙と疑似金インク
バゲット王はタルゴムを見るなり、音の出ない半透明の拳でデスクを叩きつけた。
「ようやく来たか! 役人が! パンのまともな標本を持ってくる者を待ち続けて、もう三つの王朝分くらいの時間が過ぎた気がするぞ。この場所には『パンの耳』というものが完全に欠落しておる! それにこの活字の無礼さについて、責任者を呼ぶことを要求する!『ドロマ・サンズ』だと? 何だこの品のないフォントは! 我が王冠には王室にふさわしいセリフ体(ヒゲ付きフォント)が当然だろう!」
「えー……陛下。俺はタルゴムです。これを……これを署名してもらいに来ました。あなたの『昇進拒否対象ケース』のカテゴリーに対する同意申告書です」
タルゴムは首から下げられたプラスチックのカードを見つめ、次いでファイル84.211-アルファの分厚い書類の束に視線を落としながら言った。
「同意? 同意だと!?」
バゲット王が叫ぶ。冥界の住人の耳には可聴音として届かず、ただ重苦しく不快な金属音の反響だけが響いた。
「余は何事にも同意などせん! 余は王だぞ! 聖なるサワードウに包まれて生まれた時、原初の窯そのものによって聖油を注がれたのだ!」
精神体のひげ(小さなパンくずがいくつか埋まっていた)を掴みながら、王はタルゴムが持つ紙を指さした。
「しかもその文書……サンセリフ体で書かれておるではないか!」
「ここに書いてあるところによると……ご自身の神聖なる権利を証明しようと、裁判の真ん中で純金のブリオッシュの王冠を丸呑みしようとしたそうですね」
タルゴムは言葉の意味を理解しようと不器用に出現したページをめくりながら言った。
「完璧な論理ではないか! ブリオッシュが神々のパンであり、金が王たちの金属であるならば、金のブリオッシュの王冠こそが余の生物学的主権の決定的な証明であった! 余の凡俗なる食道が形而上学的なヴィジョンに追いつかなかったのは、ゼネクスの設計上の欠陥であり、余の責任ではない! ACUSの法廷への控訴を要求する!」
「不可能です……たぶん」
タルゴムはファイルを見つめ、次いで王を見、再びファイルへと目を戻した。
書類の余白に赤字で記された一行を、彼は半透明の指で指し示した。
***【第187条:不食性の神聖なる物体(該当:神聖な宝石/儀式用王冠)の自発的摂取によって死亡した場合、自己の事由による控訴の禁止】***
「『自発的摂取』だと……!? まるで余に選択肢があったかのような言い草だな! ブリオッシュの儀式的純粋性を証明することが君主としての責任であったことを否定するつもりか!? それは太古からの法律だぞ!」
バゲット王は貴族的な蔑みを込めて音読した。
突然、彼は再びデスクを叩いた。今度は処理待ちの書類が詰まった青いファイルバインダーを倒した。
「陛下、これに署名していただけないと、あなたの魂は『未処理』として分類され、『不特定目的地』の坑道へ直接送られることになります。裁判もなければ、二度目のチャンスもありません」
かがみ込みながら(気体状の身体はほとんど曲がらなかったが)、散らばった紙を急いで拾い集めるタルゴム。
彼は拾い上げた文書の1枚を掲げた。タイトルはこうだ。
***【最終自発行為に関する単一宣言書——食の自己管理による死亡魂用】***
記入欄にははっきりとこう印字されていた。***「私、___________は、自らの死亡が個人的な行為の直接的結果であることを認め、いかなる申立ておよび再審査の権利も放棄します」***
「……これは、余がパンの儀式なしで埋められることを意味しておるのか……?」
バゲット王は破門の教書でも見るかのような絶対的な絶望でフォームを見つめた。粉まみれのひげが微かに震える。
「パンの儀式なしだと? 小麦のレクイエムを詠唱するパン職人の合唱隊もなしに? 余の肉体がエクストラ・バージン・オリーブオイルで清められ、黒ゴマを振りかけられることもなしにか!? これは我が遺産に対する冒涜だ!」
「陛下、地上時間であと四分しかありません」
タルゴムは壁の時計を見つめた。その針は、企業的生産性のストレスフルでデジタル化されたチクタク音を刻んでいた。
「『不特定目的地』の坑道には儀式などありません。パンもありません。そこにあるのは……さらなるパーテーションだけです。ただしエルゴノミクスチェアはありません。中世の馬車違反の死蔵文書を査読しながら、立ちっぱなしで働くことになります」
精神的な生唾を飲み込む王。三千年の王朝の歴史の誇りが、永続的な労働の不快感という現実と正面から激突した。
「立ちっぱなしだと……!? 金のブリオッシュの血統たる君主が……馬車の罰金票を整理するだと……!?」
王は目を剥いてタルゴムを見つめた。
「法の抜け穴があるはずだ。修正条項が! 緊急の王令があるはずだ!」
気体状の魂が経験できるとは思ってもみなかった疲労感とともに、溜息をつくタルゴム。サワードウのレシピについて語らせるなというドロマの言葉を思い出したが、ページの最下部に小さなテキスト行があるのを見つけた。
「まあ……ここに脚注がありますね。文字サイズ6。もちろん、ドロマ・サンズ書体です」
王はデスクの上に乗り出し、傾いた王冠がタルゴムのメカニカルキーボードに触れんばかりになった。
「『小さな美 me 的譲歩条項:抵抗なく罪を認めた貴族階級の魂は、アーカイブファイルの印刷用紙を標準(80g)以上の坪量の用紙に変更することを申請でき、例外的なケースにおいては、疑似金インクのスタンプを要求することができる』……だそうです」
苦労しながら読み上げるタルゴム。
バゲット王は瞬きをした。パーテーションの中は死のような静寂に包まれ、天井の蛍光灯のノイズだけがそれを破っていた。
「……疑似金インクだと?」
「それと、サテン紙(光沢紙)ですね。スキャナーの光が当たると少し光るやつです」
王は背筋を伸ばし、一瞬だけ馬鹿馬鹿しくも壮大な尊厳を取り戻した。タルゴムが差し出した安いプラスチックのボールペン(盗難防止のために鎖でデスクに繋がれていた)を掴み取る。
「冥界の記録に留めるが良い。バゲット王は司法に屈したのではない、編集上のプレゼンテーションの素晴らしさに屈したのだとな! 署名しよう。ただし、金のスタンプは中央に配置することを要求する!」
震える手で、精神体のパンくずを撒き散らしながら、王は記入欄に署名をした。その瞬間、ブラウン管のモニターが電子音を発した。王のホログラムがピクセル化し、ホコリを吸い込む掃除機のような音とともに、王はパーテーションから消え去った。後に残されたのは、酸っぱい酵母の微かな臭いと、署名済みのフォームだけだった。
誰もいなくなったパーテーションに一人取り残されるタルゴム。彼は紙を見つめた。署名欄には、バゲット王によってこう書かれていた。
『バゲット一世、カリカリなる者』
天井のスピーカーから、ドロマの冷たく時間通りな声が突然響き渡った。
「十四分十二秒よ、タルゴム。指定された休憩時間が四十八秒余ったわね。書類をセクター4のスキャナーへ持っていき、次のケースのためのカードを受け取りなさい。次は『自我』は社会構造物であると主張して『個人情報』フォームの記入を拒否している虚無主義の哲学者よ。急ぎなさい、書類仕事は勝手に湧いてきたりしないわ」
お読みいただきありがとうございます!
「疑似金インク」と「サテン紙」に釣られてあっさりと署名したバゲット一世!
冥界の社畜インターンとして初仕事を(なぜか)48秒残しでクリアしたタルゴムの次なる相手は……「自我など存在しない」と主張する面倒くささ1000%の虚無主義哲学者!?
【更新情報】
スタートダッシュとして【1日4〜5話ペースで爆速更新中】です!
「バゲット王の落ち目のプライドが最高に面白い」「タルゴムの社畜順応スピードが早すぎる」「ドロマの時間が正確すぎる冷徹さが好き」と思ってくださった方は、ぜひ作品ページ下の【ブックマーク登録】や【ポイント評価(★★★★★)】で作品を応援していただけると嬉しいです!
第17話もすぐに更新されますので、どうぞお楽しみに!




