第二章「地上での邂逅」と第三章「運命の重み」
第二章「地上での邂逅」
ヒルは玄関先で立ち尽くしていた。
両親の「説明しろ」とでも言いたげな視線が、雪崩のような重さでのしかかってくる。
帰り道のあいだに言い訳は何百通りも考えた。
けれど、そのどれもしっくりこなかった。
だって、自分でもよく分かっていないことを、どう説明しろというのだろう。
母はフライ返しを持ったまま、その場でぴたりと固まっていた。
まるで料理を再開すれば、この異様な状況が少しは普通に見えるとでも思っているみたいに。
父は腕を組み、ヒルの後ろに立つ二人の見知らぬ人物へ視線を移している。
「それで?」
父が口を開いた。
「誰なんだ、その二人は」
ヒルは唇を軽く舐め、ルナとセンチネルへ素早く視線を向けた。
ルナは大したものだった。あの不思議な橙色の瞳には何か読み取れないものが揺れていたが、少なくとも表面上は落ち着いて見える。
対してセンチネルは、相変わらず全身を張り詰めさせたまま、部屋の構造でも確かめるように視線を巡らせていた。
……うん、最悪なくらい順調だな。
「えっと……その、友達」
ヒルはぎこちなく言った。
母がじっと見る。
「友達?」
ヒルは後頭部をかいた。
「いや、その……どっちかっていうと、クラスメイト……みたいな?」
ルナが小さく首を傾げた。
「私たち、あなたの学校には通っていないけれど」
ヒルは奥歯を噛みしめた。
おいマジか。そこは合わせてくれよ。
母はため息をつき、フライ返しを置いた。
「ヒル、せめて一言連絡くらいしてから家に知らない人を連れてきてほしいんだけど」
「うん、ごめん。いや、ただ……」
ヒルは息を吐いた。
「話す場所が必要だったんだよ」
父が眉を上げる。
「何の話だ?」
ヒルは言葉に詰まった。
どうにか普通に聞こえるようにしなければならない。
せめて、狂ってると思われない程度には。
彼はルナのほうを向いた。
「一緒に、その……課題やってて。で、ちょっと話がややこしくなって」
父の疑いはまったく消えていない。
「どうややこしくなった?」
「意見の食い違いだ」
不意にセンチネルが口を開いた。
低いその声は、刃物みたいに張りつめた空気を真っ直ぐ切り裂いた。
「中立な場所が必要だった」
ヒルは瞬きをする。
……いや、まあ、技術的には嘘じゃない。
“異世界をまたぐ世界滅亡案件の運命トラブル”をグループ課題扱いしていいなら、だけど。
父はまだ完全には納得していないようだったが、少なくともその場でこれ以上追及してくることはなかった。
母はこめかみを押さえ、またため息をつく。
「分かったわ。でも、長くはだめよ? 夜中まで騒がれるのは困るから」
ヒルは素早くうなずいた。
「うん、もちろん」
母はルナとセンチネルを最後にもう一度だけ見てから台所へ戻っていった。
父もなお不満そうな唸り声をひとつ残して、それに続く。
部屋の空気は少しだけ軽くなった。
ほんの少しだけ。
ヒルは息を吐き、ルナへ向き直る。
「……よし。今のは地獄だった」
ルナはぱちりと瞬きをしただけだった。
「あなたの両親、とても慎重なのね」
「そりゃそうだろ。真夜中に謎の人間を二人も連れて帰ってきたら、誰だってああなるよ」
ヒルはセンチネルへ目を向ける。
「まあ……助かったよ。ありがとな、一応」
センチネルはほとんど分からないくらい小さくうなずいた。
「話がある。人目のない場所でな」
ヒルは鋭く息を吐いた。
「だよな。俺の部屋でいい。来てくれ」
二階へ上がり、ヒルは部屋のドアを閉めた。
数秒だけその扉にもたれ、それから二人へ向き直る。
「……で。話せよ」
最初に前へ出たのはルナだった。
「ヒル。あなたは私たちと繋がってる。感じてるんでしょう?」
ヒルは腕を組む。
「感じてるのは、混乱だけだよ」
センチネルがわずかに眉を寄せた。
「お前は“初代王たちの言葉”を書いた」
ヒルの肩がぴくりと揺れる。
「は? なんでそれ知ってるんだよ」
ルナとセンチネルが一瞬視線を交わし、ルナが答えた。
「それが、私たちの言葉だから。文字も、会話も、すべてあの言葉が基になっている。あの世界では誰もが使っているものよ。でも、あなたみたいにこの世界の人間が知っているはずはない」
ヒルは乾いた笑いを漏らした。
「最高だな。幻覚見てるだけじゃなくて、寝てる間に謎の上級古代言語まで書いてるってわけか。やっぱ病院行ったほうがいいのかもな」
ルナは一歩近づき、声を落とした。
「あなた、本当は分かってる。私を最初に見た時から、ずっと」
ヒルの喉が詰まる。
……そうだ。
分かっていた。
説明なんてできない、もっと深いところで。
でも、それが分かっていたからこそ、余計に怖かった。
やがてセンチネルが再び口を開く。
「ヴェイルが来る、ヒル。やつらは必ずお前を見つける。俺たちが先に安全な場所へ連れて行けなければ――」
「何だよ」
ヒルが遮った。
「死ぬのか?」
ルナはわずかに言い淀んだ。
「……それより、もっと悪いことになるかもしれない」
ヒルの胃がねじれる。
「最高だな。今の、全然安心できる言い方じゃないから」
髪をかき上げながら、部屋の中を行ったり来たりする。
「ていうか、お前らが言ってるのって結局そういうことだろ? 俺に今の生活全部捨てろって言ってるんだよ。家族も、学校も、全部。それでお前らについて来いって? 理由が“運命だから”で?」
「そうよ」
ルナはあまりにもあっさり言った。
ヒルは鼻で笑った。
「頭おかしいだろ」
「だが真実だ」
センチネルは低く言う。
「そして、時間がない」
ヒルは足を止め、拳を握った。
理性は全部無視しろと叫んでいる。
妄想だ、錯覚だ、全部まとめておかしくなってるだけだと。
でも別の部分――あの引力を感じている部分、知らないはずの言葉を書いてしまった部分――は、それとは違うことを告げていた。
彼は長く息を吐き、顔をこする。
「……時間がほしい。考えるための。あと……別れを言う時間も」
ルナは静かにうなずいた。
「少しだけなら待てる。でも、ほんの少しだけ」
ヒルは二人を見た。
……俺、何しようとしてるんだよ。
ヒルはベッドの端に座り、床を見つめていた。
胸を締めつける圧迫感が消えない。
自分が正気を失っているのか、それとも全部本当なのか、まだ確信は持てなかった。
ただ、身体の奥にある何かが、これは現実だと告げている。
それが何より恐ろしかった。
ルナとセンチネルは窓際に立ち、彼に少し距離を与えていた。
とはいえ、その存在感はとても無視できるものではない。
センチネルは腕を組み、今にも何かが襲ってくるとでもいうように通りを見張っている。
ルナはそんな彼と対照的に、静かにヒルを見つめていた。
暗い橙色の瞳は穏やかで、それでいて答えを待っているようだった。
「あと、どれくらいある?」
ようやくヒルが口を開く。
声はひどくかすれていた。
ルナは少し迷うようにして答えた。
「長くても数時間。ヴェイルはもうあなたを探してる。同じ場所には長くいられない」
ヒルは苦い笑いを浮かべた。
「そうかよ。じゃあ、人生ぶっ壊すにはちょうどいいくらいの時間だな」
ルナの目元がわずかに和らぐ。
「私たちはあなたから全部を奪いに来たわけじゃない、ヒル。助けに来たの」
「じゃあ説明してくれよ」
ヒルは顔を上げた。
「なんで急にお前らの言葉が分かるようになったんだ? ていうか、なんでお前ら英語話してんだよ」
センチネルが少しだけ反応したが、それに答えたのはルナだった。
「厳密には、英語を話してるわけじゃないの」
彼女は少し考えるようにして続ける。
「翻訳の効果みたいなものよ。初代王たちの言葉は魔法と深く結びついている。違う世界へ渡ると、その言葉はその世界に合わせて変化するの。だから私たちの言葉をあなたは理解できるし、私たちもあなたを理解できる」
ヒルは眉をひそめる。
「つまり……勝手に翻訳してくれる機能が最初から入ってるみたいなもんか?」
ルナは小さくうなずいた。
「そんな感じね。鏡にあの言葉を書いた時、あなたはもうその力に触れ始めていた」
ヒルはジーンズの生地をぎゅっと握りしめた。
「意味分かんねえよ……。明日だって学校あるし、親もいるし、友達だっている。そんな簡単に消えられるわけないだろ」
「だが消えるしかない」
センチネルの声は低く、揺るがなかった。
「ここに残れば、お前はあいつらを危険に晒す。ヴェイルは躊躇なくお前の家族を利用するぞ」
ヒルの胃がきつく縮む。
両親がこんなものに巻き込まれるなんて、考えただけで耐えられなかった。
……なら、急がないといけない。
「分かった」
彼は立ち上がり、息を吐いた。
「一時間くれ」
ルナはセンチネルと視線を交わし、それからうなずく。
「近くにいるわ」
それからの六十分は、ヒルの人生で一番長くて、一番短い一時間になった。
夕食の席に着きながら、彼はその時間のすべてを覚えておこうとしていた。
食卓の温かさ。
父の仕事の話。
母が最近読んでいる本のこと。
家に染みついた、いつもの香辛料の匂い。
ヒルはほとんど何も話さなかった。
ただ聞いていた。
これが最後の“普通”であるかもしれないと知りながら。
食事が終わると、いつもより少しだけ長く食卓の片づけを手伝った。
それから自室へ戻る。
両親が眠ったのを確認してから、彼は素早く動いた。
本当のことは言えない。
でも、何も残さず消えることもできなかった。
古いノートを引っ張り出し、震える手で書く。
――母さん、父さん。ごめん。どうしても行かなきゃいけないことができた。いつ戻れるか分からないけど、できるだけ無事でいる。どうか探さないでほしい。愛してる。
名前を書き終えたところで、ペン先が止まった。
それを台所のテーブルへ置き、しばらく見つめる。
でも、無理やり視線を切って立ち上がった。
次は大輝だ。
ヒルが何も言わず消えたら、あいつは絶対に黙っていない。
スマホを取り出し、短く打つ。
――やばいことが起きた。説明できないけど、少しの間いなくなる。連絡できる時はする。変なことすんなよ。
返信は一瞬で来た。
――は!? いなくなるって何だよ。お前大丈夫か!?
ヒルの喉が詰まる。
自分でも分からない。
本当はそう返したかった。
けれど彼は、こう打った。
――信じてくれ。俺は大丈夫。
それからスマホの電源を切る。
そうしなければ、きっと決心が揺らぐと思ったからだ。
一時間後。
ヒルは家の外に立っていた。
夜気が肌を刺す。
胃の奥がずっとひっくり返っているみたいだった。
心の中のすべてが叫んでいた。
残れ。
何も起きていないふりをしろ。
全部、なかったことにしろ、と。
でも現実は、もうそこにあった。
そして、彼には選べる余地がなかった。
影の中からルナとセンチネルが現れる。
ルナは彼をじっと見た。
「……覚悟はできた?」
「全然」
ヒルは正直に答えた。
「でも、行くしかないんだろ」
センチネルが一度だけうなずく。
「なら、動くぞ」
ヒルは最後に一度だけ自分の家を振り返った。
これまでの人生、その全部が一瞬で遠ざかっていく気がした。
そして彼は背を向け、歩き出した。
大通りは使わなかった。
センチネルは裏路地や細い道ばかりを選んで進んでいく。
監視カメラや人目の多い場所を避けているのが分かった。
どうしてそんなことまで分かるのか、ヒルはあえて聞かなかった。
たぶん、この男はずっとこういうことをしてきたのだろう。
「で、どこに向かってるんだ?」
しばらくしてから、ヒルが声を潜めて尋ねる。
「この先に、安全な地点がある」
ルナが答えた。
「門よ」
「門って……どこに繋がってるんだ?」
ルナは少しの間だけ黙ったあと、静かに言った。
「私たちの故郷」
ヒルの心臓が強く鳴った。
故郷。
あの世界。
夢の中でしか見たことのない場所へ、本当に行くのだ。
「……痛いのか?」
止める前に口から出た。
ルナは小さく、安心させるように微笑んだ。
「痛くはない。でも――全部が変わるわ」
ヒルは唾を飲み込み、うなずいた。
もう別れは告げた。
後戻りはできない。
夜の奥へと進みながら、彼はただ一つだけを願っていた。
……どうか、間違っていませんように。
門をくぐった直後、ヒルが最初に気づいたのは空気だった。
澄んでいて、濃くて、名前のつけられない何かの力で満ちている。
足がしっかりと地面を捉えた瞬間、彼はよろめいた。
五感が一気に押し寄せてくる違いに、身体がついていかなかったのだ。
目の前に広がっていたのは、中世ファンタジーそのものみたいな世界――
そう見えて、どこか違う。
壮麗な石造りの建物が並び、壁面には繊細な彫刻、尖塔はまるで物語の城のように空へ伸びている。
けれど古風一辺倒というわけでもない。
屋根には金属製の管が伸び、蒸気を吐き出していた。
塔からは優雅な旗が垂れ、その景色には魔法と技術、両方の美しさが溶け込んでいる。
石畳の通りには、流れるような衣をまとった者たちや補強革の装備に身を包んだ者たちが行き交っていた。
馬車が進むかと思えば、青く光る核を動力にした奇妙な車輪付きの乗り物まで唸りを上げて走り抜けていく。
古さと新しさが同時に存在している。
そのちぐはぐさが、逆にこの世界を現実にしていた。
銀の装飾を受けた塔は月光を反射し、幻想的な輝きを帯びていた。
広い回廊には深紅と金の旗が並び、そこに描かれた紋章の意味をヒルは一つも理解できない。
香のような匂いに、花を思わせる甘さが混じる。
恐怖も、疲労も、理解不能な状況そのものも全部あるはずなのに――
それなのに、不思議と心のどこかが静まっていた。
センチネルは混み合う通りを避け、曲がりくねった道の先に見える巨大な宮殿へと彼らを導いた。
中へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。
荒い石床の代わりに、磨き抜かれた大理石。
巨大なシャンデリアが柔らかな金色の光を落とし、壁の内側では複雑な機構が低く唸っている。
一歩進むごとに足音が響き、そのたびにこの瞬間の重みが増していくようだった。
ヒルは途中から、もう質問するのをやめていた。
見慣れないものが多すぎて、一度に理解することなんて無理だと気づいたからだ。
廊下を行き交う人々はルナやセンチネルと同じ言葉を話している。
なのにヒルには、それがまるで日本語のように自然に理解できた。
……魔法だ。全部、魔法なんだ。
やがて彼らは巨大な扉の前で立ち止まった。
両脇には二人の武装した衛兵。
その鎧は洗練されていながらも威圧感があり、揺れる灯火を受けて緻密な紋様がかすかに輝いている。
片方の衛兵が扉を叩く。
するとしばらくして、低く重い振動音とともに扉が開いた。
ヒルは、そのまま玉座の間へ足を踏み入れた。
玉座の上には、王が座していた。
黒と銀の式典服をまとい、長く白髪の混じる髪の上には、簡素ながら気品ある暗色の王冠が置かれている。
その視線は鋭く、ヒルを値踏みするように見据えていた。
自然と背筋が伸びるような圧があった。
ルナが前へ進み、膝をつく。
「陛下。ただいま戻りました」
センチネルも続き、頭を垂れる。
ヒルもぎこちないながら真似をしてみたが、自分のやり方が合っているかどうかはまったく分からなかった。
王の声は深く、長き統治の重みを帯びていた。
「面を上げよ」
ルナが立ち、続いてセンチネル、最後にヒルも身体を起こす。
王はしばらくのあいだヒルをじっと見つめ、その視線の重さに彼は落ち着かなくなりそうなのを必死でこらえた。
「……この者か」
王は低く呟く。
「間違いないのだな」
ルナはうなずいた。
「はい。疑いようがありません」
王はゆっくり息を吐く。
「ならば、何を成さねばならぬかも分かっているな」
ヒルの肩がこわばった。
「待ってくれ。何をしなきゃいけないんだよ」
ルナが彼のほうを向く。
表情は読みづらい。
「ヒル。この世界では、力は“絆”によって受け継がれるの。ガーディアンは、ただ運命に選ばれるだけじゃない。世界と繋がらなければならない」
ヒルは眉をひそめた。
「……それで?」
ルナは少しだけためらう。
「あなたの力を目覚めさせるには――ガーディアンとしての力を解放するには、私と“聖なる絆”を結ばないといけない」
ヒルは瞬きをした。
「絆? なんだよそれ……魔法契約みたいなやつか?」
センチネルが咳払いをする。
「そう単純でもない」
王が身を乗り出し、その目を細めた。
「我らの世界において、絆とは精神の統一……そして、肉体の統一によって結ばれる」
ヒルの思考が止まった。
「……は?」
一拍遅れて、脳が追いつく。
「ちょ、待て、えっ、何!?!?」
ルナの頬がわずかに赤く染まる。
それでも彼女は視線を逸らさなかった。
「これが私たちの慣習なの。私たちの魔法は、そちらの世界みたいに簡単には受け渡せない。共有しなければならないの」
ヒルは一歩下がる。
「それって、つまり――」
センチネルがため息まじりに言った。
「契りを交わす必要がある」
ヒルは弾かれたように彼を振り向いた。
「お前、そういうこと普通に言うなよ!?」
ルナは明らかに居心地悪そうに視線を逸らす。
「急すぎるのは分かってる。でも、この絆がなければ、あなたはヴェイルに立ち向かえる力を得られない。何も持たないままになるの」
ヒルは髪をかきむしった。
……無理だろ。こんなの、絶対現実じゃない。
現実なわけがない。
王の視線が、ほんの少しだけ和らぐ。
「決断は明日まで待とう。受け入れるなら儀式を進める。拒むなら、この宮殿に客人として滞在することは許す。だが理解しておけ」
王は静かに、しかしはっきりと告げた。
「他にガーディアンはいない。お前だけだ」
ヒルは拳を握る。
「……もし俺がやらなかったら、どうなる?」
ルナが首を振った。
「代わりはいない。ガーディアンは“選ばれる”だけじゃない。“そうあるべくして在る”存在なの。あなたは私と、そしてこれから現れる他の姫たちと結ばれる運命にある。もし拒めば……全部が失われるかもしれない」
ヒルは唾を飲み込んだ。
「じゃあ、もし俺が受け入れたら?」
ルナが一歩近づく。
「あなたの魔法は目覚める。あなたはガーディアンになる」
その声が少しだけ揺れた。
「そして、私たちは結ばれる」
ヒルは震える息を吐いた。
たった一日で世界がひっくり返り、そのうえ人生そのものを左右する決断まで迫られている。
「……プレッシャーえぐいな」
王は立ち上がる。
「今夜は休め。ルナと話し、考えるといい。だが肝に銘じておけ――ガーディアンはお前ひとりだ。ルミナとヴァーリスの姫たちはすでに倒れ、その後継がまもなく選ばれる。お前が動かなければ、ヴェイルが力を増す前に三つの血統を結び合わせる時間は残されておらぬかもしれん」
センチネルは、宮殿の端にある静かな部屋へ二人を案内した。
扉を開けると、そこには青い布で飾られた大きなベッドのある広い部屋が待っていた。
見た瞬間、ヒルの顔が熱くなる。
「……え、同じ部屋?」
思わず素っ頓狂な声が出た。
センチネルはうなずく。
「必要だ。儀式の前に、お前たちは互いを理解しなければならない」
ルナはため息をつきながらヒルの横を通り過ぎた。
「私たちに選択肢があるみたいな言い方はやめて」
センチネルは二人を一瞥し、それから背を向ける。
「俺は外で見張る。少しでも休んでおけ」
扉が閉まり、部屋の中にはヒルとルナだけが残された。
ヒルは入口の近くで立ち尽くし、首の後ろをこすった。
「……えーと。これ、本当に起きてるんだよな」
ルナはベッドの端に腰掛け、小さく息を吐く。
「言ったでしょう。私たちの慣習は、あなたの世界とは違う。理解してほしいとは思っていないわ」
ヒルは顔を覆うように手を滑らせた。
「今の俺、何一つまともに理解できてない」
ルナは少しだけ表情を和らげる。
「だったら、話しましょう。聞きたいことを聞いて」
ヒルは少し迷ってから、彼女の向かいへ腰を下ろした。
「じゃあ一番 obvious なとこからだ。なんで俺なんだ?」
ルナはしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。
「選ばれたから。あなたは、自分で思っているよりずっと強い。……それに、私はあなたを信じてる」
ヒルの胸の奥がきゅっと縮む。
……信じてる、って。
自分ですら、自分を信じられていないのに。
彼は息を吐き、少しだけ背を預けた。
「……分かった。じゃあ、とりあえず一緒に整理していこう」
ルナが微笑む。
そのとき初めてヒルは、もしかしたら――本当に少しだけかもしれないけど――自分は一人じゃないのかもしれないと思えた。
第三章「運命の重み」
ヒルは仰向けになり、天井を見つめていた。
装飾の施された窓から差し込む月光が、壁に奇妙な影を落としている。
何もかもが現実味を失っていた。
まるで誰か別人の人生の中へ迷い込み、出口だけが見つからなくなったような感覚だった。
巨大なベッドの反対側では、ルナが脚を抱えるようにして座っている。
腕を組み、どこか考え込むような姿勢だった。
沈黙が重くなりすぎる前に、彼女は小さく咳払いをする。
「この世界のこと、ほとんど何も聞かないのね」
床を見つめたまま、読み取りにくい表情でそう言った。
「普通なら、もっと気になるものだと思ってた」
センチネルが部屋を出てから、二人はずっとまともに話していなかった。
「……いや、そのさ」
ようやくヒルが沈黙を破る。
「これ、普通に考えて頭おかしいよな? 俺だけじゃないよな?」
ルナはゆっくり息を吐く。
「……普通ではないわ。私にとっても」
「“普通じゃない”で済ませるのかよ」
ヒルは乾いた笑いを漏らした。
「魔法があるって知って、別世界に連れてこられて、そのうえ今度は俺が――」
そこまで言って、自分で言葉を切る。
顔が熱くなっていく。
ルナはうっすら頬を染めながら、小さくうなずいた。
「……分かってる」
ヒルは両手で顔を覆い、唸るように息を吐いた。
「どこから整理すればいいかも分かんねえよ。俺の世界にも“運命”って言葉くらいあるけど、ここまで来るとレベルが違うだろ。世界丸ごと俺に“これになれ”って押しつけてきてるみたいなもんじゃん」
ルナは少し首を傾げる。
「あなたは選ばれたの」
「だからって変なのは変だろ」
ヒルは横向きになって彼女を見た。
「それに、王が言ってた“他の者とも結ばれる”って何だよ」
ルナは一瞬ためらった。
「そのままの意味よ。ガーディアンは三つの世界の王家の血と結ばれる存在。私……そして、あと二人」
ヒルは目を瞬かせた。
「ちょっと待て」
そして勢いよく上体を起こす。
「え、何? これ、もう一回やるってこと? あと二人の姫とも?」
ルナは静かにうなずいた。
「そう」
ヒルは両手をばたつかせながら言葉を探す。
「いや、待て待て待て、それは――! いや、その――! おかしいだろ!」
ルナは少しだけ眉を寄せた。
「それが私たちのやり方。ガーディアンは三世界すべての力を得なければならない。そのためには、聖なる絆が必要なの」
ヒルはじとっとした目で見た。
「要するに結婚みたいなもんだろ」
「……ええ」
「で、その“結婚”ってのは――」
ルナの頬がまた赤くなる。
「……そういうことよ」
ヒルは再びベッドへ倒れ込んだ。
「俺、気絶しそう」
ルナは居心地悪そうに視線を逸らす。
「混乱するのは当然だと思う」
ヒルは顔を彼女のほうへ向けた。
「当然どころじゃねえよ……。いや、待て。じゃあ話を戻すぞ。俺は三つの世界の力を全部得なきゃいけないんだよな?」
ルナがうなずく。
「この世界の魔法は、三つの大きな力に分かれているの。私の世界、ソラリスは火と魂。残る二つ――ルミナとヴァーリスは、光と水を司っている」
「で、その姫たちが次の継承者ってわけか」
ルナの表情が少し暗くなる。
「そう。前の姫たちは、もういない。まもなく次の者がその座に就く」
ヒルは髪をかき上げた。
「……最高だな。魔法戦士のなり方覚えなきゃいけないうえに、さらに――」
また途中で言葉を飲み込む。
口に出すだけで現実味が増してしまいそうだった。
「やっぱおかしいだろ、これ」
ルナは小さく息をついた。
「間違ってはいないわ」
また沈黙が落ちる。
今度はさっきより重い。
ヒルには、もうどう整理していいのか分からなかった。
世界――いや、複数の世界の命運が自分の肩に乗っている。
しかも、その先へ進む方法が“本来もっと個人的なはずのこと”であるのが、なおさら頭を混乱させた。
「……ルナは、それ本当に望んでるのか?」
不意にヒルが聞く。
ルナは驚いたように顔を上げた。
「え?」
「この“絆”ってやつ」
ヒルは曖昧に手を動かす。
「お前だって、別に好きでこうなったわけじゃないんだろ」
ルナは目を伏せた。
「それは……私の務めだから」
「聞きたいのはそこじゃない」
ヒルは静かに返した。
ルナは少し黙り、やがて小さく言った。
「……分からない」
その声は、今までで一番正直に聞こえた。
「ずっとそのために育てられてきた。でも、本当の意味でどういうことなのか……どう感じるのかまでは、考えたことがなかった」
ヒルはうめくように息を吐いた。
「すげえな。俺たち、揃いも揃って気まずい地獄に閉じ込められてるってわけか」
ルナの口元に、小さな苦笑が浮かぶ。
「……そうみたいね」
ヒルはまた天井を見上げた。
「じゃあ、他に知っとくべきことあるか? これ以上とんでもないのがまだ来るなら、先に言っといてくれ」
ルナは少しためらってから答える。
「明日、陛下が詳しく話してくれるはず。でも、もう一つだけある」
彼女はそこで少し声を落とした。
「この絆は、ただ力を与えるだけじゃない。魔法以上に深いところで、私たちを繋ぐ。もし本当にそれを結べば……あなたにも分かるようになる」
ヒルは返事をしなかった。
けれど、次の日に何が待っているにせよ、一つだけははっきりしていた。
自分の人生は、もう二度と元には戻らない。
翌朝――
重い鐘の音が宮殿中に響き渡る中、ヒルは目を覚ました。
空気は冷たく、しばらくは身動きせずに昨日起きたことを頭の中で繋ぎ合わせようとする。
すべてがまだ夢みたいだった。
でも胸の奥へ沈んだ責任の重さが、それを現実だと突きつけてくる。
高い窓から差し込む朝の光はまだ弱く、部屋は薄暗い。
一瞬だけ、自分がどこにいるのか分からなくなった。
柔らかな寝具。
見慣れない香の匂い。
そして同じ部屋の中に、もう一人の気配があるという事実。
その全部が、一気に思い出される。
ルナはすでに起きていて、窓辺に立っていた。
金の刺繍が施された長いローブをまとい、その姿は整っている。
だが、背筋のわずかな緊張から、彼女がずっと何かを考えていたのだと分かった。
ヒルが身じろぎする音に気づき、彼女は振り返る。
「陛下のところへ行く時間よ」
ヒルは顔をこすりながら唸る。
「……ああ、はいはい。今日はどこまで話が悪化するのか聞きに行くんだっけ」
ゆっくり身体を起こし、眠気の残る頭でぼんやりと尋ねる。
「ていうか、飯食う時間ある? それとも“王に呼ばれたら即行け”みたいなやつ?」
ルナは小さく笑みを浮かべた。
「少しくらい食べなくても死なないと思うけど、今の格好のままで陛下の前に立つのはやめた方がいいわ」
部屋を出る前、扉が控えめに叩かれた。
使用人が入ってきて、きちんと畳まれた衣服を差し出す。
「陛下より、謁見にふさわしい装いを整えるよう仰せつかっております」
軽く会釈して去っていく使用人を見送りながら、ヒルは服へ視線を落とした。
暗い色合いの細身のズボン。
銀の刺繍が入った立ち襟の上着。
さらに、昇る太陽を模した留め具で留める長い外套。
「……それっぽくしろってことか」
ぼやきながら着替え、慣れない外套をぎこちなく整える。
「どう?」
半分冗談で聞くと、ルナはしばらく彼を見つめ、それから小さくうなずいた。
「この場所にいるべき人みたいに見える」
ヒルはつい周囲へ目を向けた。
自分が今やこの世界の一部になりつつあるのだと、嫌でも実感する。
宮殿は壮麗だ。
だが、ただの中世の城ではない。
壁の内部にはかすかに唸る機構が埋め込まれ、松明の代わりに浮遊する柔らかな光球が廊下を照らしている。
ヒルはルナへ身を寄せた。
「なあ、ちょっと聞いていいか。お前らって魔法あるのに、技術もあるんだよな? どういう仕組みなんだよ、それ」
ルナは少し首を傾げた。
「私たちは、あなたたちみたいにそれを分けて考えないの。魔法は風や潮の流れみたいな“力”の一つ。形を与えられるし、扱えるし、磨くこともできる。宮殿も街も、魔法と作られた技術が一緒に動いているのよ」
廊下を進みながら、ヒルはまだ興味を抑えきれない様子で言った。
「じゃあ、魔法と技術が融合してるってことか? 魔法の車とかあるの?」
ルナはその単語に少し眉を寄せた。
「“車”?」
だが数秒後、何かに思い当たったように目がわずかに開く。
「ああ。センチネルが話していた“機械”のことね。私たちの馬車に近いけれど、もっと純粋に技術で動くものだと」
彼女は首を振る。
「あなたが想像している形そのままではないわ。移動には“付与された構造体”を使うけれど、それは機械というより環境の延長に近いの。道や水路が導き、土地そのものの力で動いている」
ヒルは瞬きをした。
「それ、めちゃくちゃすごくないか……。でも待て、土地の力で動くってことは、自動で進むのか? 乗る人は操作しないのか?」
ルナはうなずく。
「ある程度は自分で動く。でも完全ではないわ。魔力の流れが本来の道筋へ導き、そこに乗る者の意志が加わって調整される。川みたいなものよ。流れに任せて進むこともできるし、櫂で細かく進路を変えることもできる」
ヒルは少し考えてから言う。
「……半分自動運転で、半分手動ってことか」
ルナはまた眉を寄せた。
「じどううんてん?」
ヒルはため息をついた。
「いや、もういい。だいたい分かった」
「昔から、そういうものとして存在してきただけよ」
ルナは穏やかに言う。
「魔法は自然を置き換えるものじゃない。自然と一緒に流れるもの」
ヒルはそれを頭の中でどうにか飲み込もうとしながら、やがて玉座の間へ入っていった。
王はすでに待っていた。
傍らには、いくつもの地位を示す紋章を身につけた助言者たちが控えている。
センチネルは入口近くに立ち、腕を組んだまま動かない。
「ヒル」
王が静かに呼ぶ。
「昨夜、お前なりに状況を受け止める時間はあったはずだ。これから先のことを話そう」
ヒルは唾を飲み、ルナをちらりと見てから王のほうへ向き直った。
「……ああ。例の“絆”の話な。まだ何で俺じゃないと駄目なのか、納得したわけじゃないけど」
すると、一人の助言者が前へ出た。
深い青のローブに銀の刺繍を施した女性だ。
「ガーディアンは人に選ばれるのではありません。運命そのものの流れによって定められる存在です。代わりはなく、別の道もありません。あなたとルナ姫は、慣習以上のもので結びついています。すでに絆は生まれ始めている。……感じておられるのでは?」
ヒルは言葉を失った。
確かに感じていた。
理屈でも、単なる好意でも説明できない何か。
ルナへ引かれるような感覚。
初めて彼女を見た瞬間からあって、話すたびに強くなっているもの。
今までは疲労やストレスのせいだと思い込んでいた。
でも、今は――
ルナが口を開く。
「もし絆を結ばなければ、私はヴェイルに対抗できるだけの力を得られない。あなたも同じよ」
ヒルは拳を握った。
「で、その絆ってのは……俺とお前だけじゃ終わらないんだよな。あと二人いる」
王がうなずく。
「ルミナとヴァーリスの姫だ。三つの世界の力が揃わなければ、お前の力は完全なものにはならない」
ヒルは強く息を吐いた。
「要するに、ガーディアンになるには――」
こめかみを押さえながら、頭の中を整理しようとする。
「まずルナと結ぶ。で、そのあと残り二人とも同じことをする。それでようやく、俺はろくに理解もしてない敵と戦えるくらい強くなる……ってことか」
周囲の視線が自分へ集まっているのを感じ、彼はそこで言葉を切った。
「……やっぱ、まだ一気に飲み込むには重すぎる」
王は彼をじっと見つめる。
「迷いがあるのは当然だ。だが忘れるな。この世界に、悠長に悩む時間はない。ヴェイルは強まり続けている。お前がその座を受け入れなければ、守るべきものは何も残らないかもしれん」
ヒルは再びルナを見た。
彼女はまっすぐ彼の視線を受け止める。
その表情は強く、それでいて昨夜より少し柔らかかった。
「無理にとは言わない、ヒル。でも……私と一緒に立ってほしい。私たちと一緒に」
ヒルは喉を鳴らした。
ここまで来てしまった。
もう、後戻りはできない。
「……分かったよ」
ようやく、そう答える。
「俺が何をすればいいのか、教えてくれ」
ヒルは息を吐き、肩に重くのしかかった現実をどうにか受け止めようとした。
王の言葉が頭の中で何度も反響している。
――お前がその座を受け入れなければ、守るべきものは何も残らないかもしれん。
「すげえな……」
彼は乾いた笑いを漏らす。
「三人の姫と絆を結んで、魔法を手に入れて、世界の終わりを止めるくらい強くなれってことだろ。簡単じゃん」
ルナは小さくうなずく。
「それが私たちのやり方だから」
「うん、もうそれは分かってきた」
ヒルは王のほうへ視線を戻した。
「で、次は?」
王は側にいた助言者の一人へ目を向ける。
深い青の衣をまとった女性が一歩前へ出た。
「準備は直ちに始める。ヴェイナ長老が、お前の初期訓練を担う」
女性は軽く一礼した。
「光栄です、ガーディアン」
ヒルはぎこちなく肩を揺らす。
「いや、どうも。先に言っとくけど、俺マジで魔法とかないからな? 一晩で火球撃てるようにするとかじゃない限り、あんまり役に立てる気しないんだけど」
ヴェイナは微笑んだ。
だが、その瞳には“分かっている”者だけが持つ静かな確信があった。
「魔法はすでにあなたの中にあります、ガーディアン。ただ、まだ目覚めていないだけ」
ルナが一歩近づく。
「だから絆が必要なの。あれがなければ、あなたの力は眠ったまま」
ヒルはこめかみを押さえた。
「はいはい、絆ね。まだ全然慣れないけど、もうそこは一旦流すわ」
それから、ずっと無言で立っていたセンチネルを見る。
「お前、さっきからほぼ何も言ってないけどさ。何かありがたい一言とかないのか?」
センチネルの鋭い目が、まっすぐヒルを捉えた。
「生き延びろ」
ヒルはまばたきする。
「……すげえ。感動するほど雑だな」
王はゆっくり立ち上がった。
「訓練の開始後に、話の続きをしよう。今は休み、備えよ」
ヒルはルナとセンチネルに続いて玉座の間を出た。
頭の中はまだ混乱したままだ。
もっと儀式めいた何かが始まるのかと思っていたのに、実際には普通に宮殿の廊下を歩いているだけというのが、逆に妙に現実的だった。
「で、その訓練って具体的に何するんだ?」
ヒルが二人へ聞く。
最初に答えたのはルナだった。
「ヴェイナ長老が、まずあなたの今の状態を見極める。どの部分の魔法が目覚め始めているのか、どう育てるべきかを判断するの」
「へえ。なるほどね」
ヒルはうなずいたあと、眉をひそめた。
「で、もし何もなかったら?」
「あるわ」
ルナは即答した。
「あなたは理由があって選ばれたのだから」
彼らはやがて、古い石造りのアーチに囲まれた広い中庭へ出た。
遠くでは、すでに何人もの戦士たちが訓練している。
炎の軌跡を残す剣で打ち合う者。
稲妻のような魔力を弾けさせる杖を振るう者。
ヒルの胃がまたきゅっと縮んだ。
……本当に現実なんだな、これ。
高台の近くで、ヴェイナが待っていた。
「前へ出なさい、ガーディアン」
ヒルは少しためらってから、言われた通りに進み出る。
その瞬間、ヴェイナが両手を差し出し、柔らかな光が彼の身体を包んだ。
「息をして」
静かな指示に従い、ヒルは浅く息を吸う。
光はさらに温かさを増し、生き物のように彼の周囲を巡っていく。
――そして、その時。
身体の奥で、何かが動いた。
まるで固く閉ざされた扉が、内側から激しく揺さぶられたみたいに。
ヒルは目を見開く。
「……何だ、これ」
ヴェイナの表情は変わらない。
「あなたの可能性です」
ルナはその様子をじっと見つめていた。
その瞳の奥で、何かが揺れている。
「感じる?」
ヒルはゆっくりとうなずく。
「……ああ。感じる」
そのとき初めて、センチネルの表情にごくわずかな変化が生まれた。
ほんの少しだけ、感心したように。
「なら、始めるぞ」




