八幡颯天墜つ⑲
「暴と武の違いねぇ……。
軍人にしちゃあ、乙なこと聞くもんだな、あの仁王様はよ」
「もしかして、砲園さんも判らないんですか?」
父と日菜の軽快な会話が病院に響く。
謹慎同然の身であるなら、せめて足掻きたい。それが二人の考えであった。
◇
翌日、沿岸にある軍部の病院に二人の姿があった。六人部屋の片隅、ベッドの上には砲園が横たわっている。顔の右半分にかなり目立つ火傷の跡が残っているが、それ以外に大きな怪我がないのは不幸中の幸いであった。
「いやぁ、とりあえず命があって安心しましたよ、砲園さん……復帰はできそうなんですか?」
枕元の椅子に腰掛けるのは日菜であった。まるで娘のように距離が近いのは、一座で家族同然に過ごしてきた仲間であるからだ。
「どうかなぁ。ちょいと痺れがね……しばらくは訓練だよ。箸で豆を掴めとか、そんなんばっかりだ。
折角男前になったのによ、これじゃ歌舞伎役者と間違われちまうよ」
「……病院に迷惑かけないでくれよ」
隼人がぼそりと呟くと、砲園はがははと笑った。陰気な隼人とは似ても似つかぬ豪快な笑い方である。
「判ってるさ。
しかしまぁ、よく見舞いなんか来れたな。いつ飛竜騎士か来るかわからないのに」
「返り討ちにしてやるさ」
砲園の指摘はもっともだ。現に、唯鶴部隊の機操戦伎は、今日も殆どが哨戒に出て周辺を警戒している。そんな中、謹慎中の隼人の元に届いたのが砲園の回復であった。無論、本来なら見舞いなど許されるような事態ではない。しかし、隼人は砲園に一筋の光明を見て、葵斗に許可をとってここへ来た。
「実は……聞きたいことがあって来たんだ。父さんじゃなくて、榊浦砲園に」
「あ?ははん、そういうことか。出不精なお前が見舞いだなんて、おかしいと思ったんだよ」
隼人が切り出すと、日菜は背筋を伸ばして姿勢を整えた。砲園であればその様子だけで、これはそこそこ真面目な、かつ芸事の絡む質問だとわかる。砲園の顔は既に父ではなく、先輩役者のものであった。
「まあ、見習い共のあれこれくらいなら答えてやれるかもなぁ。どれ、とりあえず聞いてやる」
日菜に話の腰を折られながらの遅々とした説明であったが、それをどうにかいなしながら説明する。大づかみで把握した砲園は、天井を睨んで唸った。雲を掴むような話であるが、どうやら腑に落ちたらしい。
「暴と武の違い……か、あの仁王像め、難しいことを言うもんだよ。
お前らあれだろ、なんかやらかしたろ?
稽古にかこつけて、船でも沈めたか?」
「そこまでしてませんよ!甲板に穴をーーむぐっ!」
隼人が急いで口を塞がなければ、日菜は全部言っていた。確信がある、日菜には相手を騙そうとか自分を取り繕うとか、そういう勘定が心底できないのだ。
「お嬢……いや、鉾蘭はもう少し腹芸を覚えた方がいいな。身内ならって気を許し過ぎだ、いっくらここが軍の病院だって誰が聞いてるか判らないんだぞ」
「うぐぐ……はい」
身に覚えがあるのか、日菜は珍しく素直に頷いた。果たして子犬より少し隠し事ができない日菜にそんな真似ができる日がくるのだろうか。隼人はよっぽどそう言いたかったが、ここで話の腰を折り返すと面倒だと言葉を飲み込んだ。
「暴と武の違いねぇ……。
軍人にしちゃあ、乙なこと聞くもんだな、あの仁王様はよ。世が世なら軍人なんかじゃなくて、どこぞの道場主でもやってたかもな。嘘か本当か知らねえが、飛竜に一本背負決めたとかいう噂もあるしな」
遠い目をして呟く砲園に、日菜は顔をひきつらせた。そんな馬鹿なことがあるもんかと、頭では確かに思っているのだが……もしかしたらあり得るのではないかと、うっすら思ってしまったのだ。
「待ってよ砲園さん、噂話が強烈過ぎて話が耳に入らなくなっちゃうって」
「俺だって見たわけじゃない。噂だ、噂」
「出来そうなのがタチ悪い……」
ぶつぶつ呟く日菜はそのまま、砲園は腕を組んで深く息を吐く。肺を振り絞って、魂まで滲むような、深い深いものだ。
「あーそうかぁ。なるほどな、役者のままならどうでもいいことなんだろうが、実戦に出るなら判ってなきゃマズいかもな……しかしなぁ」
何やら考え込む様子に、日菜は首を傾げてその視線に割り込んでみた。
「もしかして、砲園さんも判らないんですか?あんな偉そうに言っといて」
「あのな、落語の物知り隠居みたいなマネしねえからな」
明確におちょくる日菜に、その手は食うかと呆れたように返す砲園である。まあ、似たようなやり取りは、隼人の目の前で腐るほど繰り広げられてきているのだが。
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