八幡颯天墜つ⑯
「女の顔に肘とか、鬼かよ」
「よく言う、操演席狙っといて」
「加減はしてるさ、ゲロ吐く程度に」
ああ、体の芯がバカに熱い。
ああ、体の芯がイヤに熱い。
ああ、体の芯がやたら熱い。
その戦いは、二人にとって濃密な肉体言語であった。
「そうかいそうかい、それじゃあ寸止めしなくていいってことだな?」
「だねえ。じゃあ中尉、新品の機体ぶっ壊したらごめんね」
対して隼人は両腕をだらりと垂らして拳も作らない。足は前後に開くが、日菜よりはずいぶん狭い。
タカハシの返事を待たず、日菜は既に仕掛けていた。甲板を滑るような華麗な足運びは、拳がぐんと伸びてくる錯覚すら与える。この当身で体勢を崩し、そこから組みついての投げ技が日菜の狙いであろうが、その手は読んでいる。隼人は当身を迎えに行くように懐へ突っ込むと、そのまま真っ直ぐ肩を日菜機の鼻先へと叩き込んだ。
「んがぁっ!」
全身をそのままぶち込む重い一撃に、日菜機が大きくたたらを踏む。ならば今度は隼人がそこにつけ込む番だ。ひょいと放り出した隼人の足が、重心を崩した日菜の脚を引っ掛ける。そのままひっくり返して後頭部を甲板に叩きつけてやろうとしたが、もちろん付き合いの長い日菜、これを読んでいた。ぐんと伸ばした腕でこちらの腕を掴むと、もう片足の膝を鳩尾に叩き込んできた。もちろん機操戦伎は腕を折られようが頭を捥がれようが、操演者に痛みはない。それはブシドー・ストライカーも同じである。だが、その唯一の例外が操演席のある胸郭への攻撃である。
壁のすぐ外側で炸裂する巨人の膝蹴り。衝撃は隼人の全身を突き抜け、激しく打ちのめした。衝撃に目の前が真っ白になり、内臓が口から飛び出そうになるが、歯を食いしばって堪える。両機が密着していたからこの程度で済んだ。本気で叩き込まれたら失神では済まなかっただろう。
「ッ殺す気か!」
そう怒鳴りながらも、今度は日菜機の顔面に肘を叩き込む。ぐしゃりと金属の潰れる音がして破片が飛び散ると、日菜がノイズ混じりに呻くのが聞こえた。
「女の顔に肘とか、鬼かよ」
「よく言う、操演席狙っといて」
「加減はしてるさ、ゲロ吐く程度に」
両者は読み書きより先に機操戦伎の稽古を始めた手練れである。だからこそ、共通する急所は知り尽くしている。これは機械的な構造だけの話ではない。人体の模倣品としてどこの動きがどこに連動しているのか、どこの力がどんな攻撃に使われるのか、言わば力の流れを司る構造が見えているのだ。この鋼の巨体を駆使し、あらゆるものを破壊する術を叩き込まれた二人は、どんな機体よりも兵器の本分に近いのかもしれない。鋭い拳は相手の動きを封じるべく、狙いは常に大きな関節。組みつけばエンジンの排気口を潰して煤煙の逆流を狙うという、えげつない戦法をなんの躊躇いもなく繰り出す。
これはもはや殺人術の応酬である。組手というにはあまりに生々しいそれは、お互いを喰らい合う猛獣のようであった。だが、隼人は自分が笑っているのに気付いた。
同時に隼人は確信している、日菜も同じ顔をしているのだと。
ああ、体の芯がバカに熱い。
ああ、体の芯がイヤに熱い。
ああ、体の芯がやたら熱い。
燃えたぎるようなエネルギーが噴き出して止まらない、それに振り回されて暴力の嵐となって吹き荒れるのが楽しくてたまらない。遠くで誰かが何か言っているようだが、今の二人の耳には入らない。うるせえなあ、なんとも野暮なやつがいるものだ。今、二人はこんなに楽しいのに。
「オラァッ!」
「しゃああっ!」
二人は機操戦伎のために、様々な武術を元にした稽古を積んできた。積み重ねられ、圧縮され、発酵したこの殺人術の応酬は、二人にとっては何よりも甘く、濃厚な肉体言語による交流に他ならないのだ。しかし、どちらかが命果てるまで燃え上がるべきその炎は、無粋な横入りに水をぶっかけられ、無理やり鎮火させられることとなる。
それは、あたり一面を揺るがす轟音であった。
「ぅわっ!」
「な、なんだ今の……」
いきなりの爆音と立ちこめる煙に二人がギョッとして動きを止めると、これまたデカい声が割り込んできた。宇津木である。
「そこまでッ!」
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