叩き折れ、鼻っ柱③
基本動作に目潰しのある剣客。
基本動作に足払いのある剣客。
舞台上でそれを求められる泥臭さ
舞台上でそれを求められる柔軟さ
舞台上でそれが映える生き汚さ
その侍が、隼人は好きだった。
叩き折れ。鼻っ柱③是非ご覧ください。
立ち上がった八幡颯天はぐっと手を握り、空を睨んだ。もちろん呼吸なんてしていないはずなのに、外から見ても隼人が大きく深呼吸したのが判っただろう。それくらい出るし、それくらいは出す。
「ああ、ようやくだ。ようやく帰って来れたんだ」
噛み締めるように呟くと、頭上の指示席から日菜の声が降ってくる。
いつもの馬鹿でかい声ではなく、ギリギリ隼人の耳にだけ届く声量であった。
「おかえり、隼人。待ちくたびれたよ」
「おう……ありがとう、日菜」
それ以上の言葉はない。ただ、八幡颯天は目の下を拭う仕草をしたのだけは、だだっ広い甲板の端からでも見えただろう。
「じゃ、十文字槍で行くか」
八幡颯天を通して隼人が手を伸ばしたのは、甲板に並ぶ様々な武器であった。槍や刀はもちろんのこと、先日見かけた鎖分銅に刺股、鉄扇なんかのアクの強い武器も並んでいる。
「うわ、鉄砲もあるのか」
機操戦伎が使う鉄砲、その口径は軽く10センチを超える。比喩でもなんでもなく大砲だ。もちろん舞台では火薬をぐっと減らした空砲を用いているがーー。
「もちろん。実弾だよ、使う?」
「胤舜じゃ銃なんか使えねえだろ」
「あ、今日は台本が違うよ」
昨日日菜が披露した通り、機操戦伎にはあらかじめ登録された基本姿勢があり、指示役だけでも技量が高ければ、これの組み合わせだけでで戦うことができる。
その基本姿勢の切り替えを行うのが台本である。八幡颯天の場合は日菜の腰のあたりにスロットが設けられており、そこに長大な、鋼製のパンチカードロールを挿し込むのである。傍目には横向きに生えた釜にしか見えないだろうが、この奥では長大なパンチロールが、カタカタと読み込まれている。
宝蔵院胤舜なら槍術、宮本武蔵なら二刀流と得意な型がある。昨日の呑竜大返しのように、人形遣いの動きや姿勢をサポートすることもできるのだ。
「差し替えたのか。そもそもなんで胤舜だったんだ?」
「アタシが慣れてたからだよ、砲園さんが合わせてくれたん」
日菜は舞台で血が滲む努力をして胤舜の動きを習得していた。一つのミスが直接生死に関わるのだから、対応範囲の広いベテランである砲園が、未熟な日菜に合わせてやるのは合理的な判断だったろう。
だから、日菜がそれをあっさり切り替えるのは驚きであった。
「なるほどね……で、今日は何に差し替えたんだ?」
「土方歳三」
「そりゃいいや」
台本は演目、役柄の数だけ存在する。新撰組も同じく、相手を大きく威圧する力強さのある近藤勇や、恐ろしいまでの速さで相手に切り込む沖田総司とそれぞれ特徴がある。
「隼人好きだろ、土方歳三」
「好きと言うか……やりやすいんだよ。動きがコンパクトで無駄がない。パワーやスピードはちょっと落ちるけど、スタミナって言うのかね。燃費が妙にいいだろ粘り強い」
「そういやそうだね。なんか地味だからね、この動き」
日菜が操作すると八幡颯天がいくつか構えを取り、そのフィードバックで隼人も同じ構えを取る。腰の落とし方から指先の角度に至るまで、土方歳三に教えを仰いでいるような気分だ、無論この土方歳三は芝居の上での創作であるが。
動作自体は荒っぽいのに、全体はどこか合理的で無駄がない。確かに花はないが、隼人はこの無骨なまま磨き抜かれた型を気に入っていた。
「どうだい隼人、体がついてこないとか、弱音吐くなよ」
「まさか。やっぱり柔軟だ、動きやすい。基本動作に目潰しとか足払い入ってる剣客なんて珍しいんじゃないか?銃も使えるし、実戦向けだろ?」
「まあ、長いこと戦ってただろうしね、この人」
実在した彼らがこの扱いを見てどう思うかはわからない。だが、舞台の上ではそういう人物として描かれている。その個性を反映した動きは特徴であり、立派な武器であるし、今はそれが恐るべき兵器であるというわけだ。
「まあアレだ、合わせてやろうってんだ。優しい上等兵殿に感謝しろよ、二等兵」
「へいへい、ありがとうございますよ、上等兵殿。今度ハッカのドロップ食ってやる」
「おい!隼人がドロップ食うのが褒美になるのはおかしいだろ!」
ぎゃあぎゃあ騒ぐ日菜をよそに、八幡颯天は刀と銃、そして弾薬をたんまり装備するのであった。
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