叩き折れ、鼻っ柱②
操演着の着心地は極めて悪い。
だからこそいいのだ、
巨人の鎧を着込んだような
巨大な戦車に憑依したような
巨躯に無理に転生したような
それが機操戦伎である。
叩き折れ、鼻っ柱②
是非ご覧ください。
物陰で着替えた。この操演着はただの小綺麗な道着ではない。万が一の事故に備えて最初から防火、防刃処理が施された優れものである。そのため下に肌着を着ていても、肌触りはごわごわで、素直に言えば着心地は悪い。
しかし、この着心地の悪さこそ、機操戦伎に乗っていると体感させるものである。この操演着に袖を通す日がまた来るだなんて、夢にも思っていなかった。捨てたと思っていたものに巡り合って、隼人は胸が討ちふるえ、拳を握って誤魔化す。
灰色の帯を締めた。機操戦伎の役者としては見習いである報童の証である。
「日菜とは随分差が開いちまったが……まあ、いいさ」
着替えて甲板に上がると、巨大なエレベーターに乗せられた八幡颯天が迫り上がってくるところだった。
「待たせた」
その声に振り向いた日菜は、隼人の格好を見るなり笑った。
「なんだ、隼人また背が伸びたのか?ちょっと丈が短いぞ」
「そうか?……まあ、三年近く着てないからな」
「それでもまぁ、軍服やらペラペラの国民服よりは似合ってるかもな。
よっしゃ、行くか」
「おう」
そうして二人は拳を突き合わせた。その向こうには、甲板に横たわる八幡颯天の姿がある。朝日に照らされ、鈍く光りながら二人を待つその様子は、動けないはずなのに武者震いが見える。
「ほいっと」
胸腔の操演席に滑り込む。操演着の上から胴輪を着込み、自らを巨大な背骨に吊り下げる形で接続する。全身の動きが連動する関係上、足も床から離れ、宙吊りだ。操演中は体幹で姿勢を制御する必要があるので、全身のどこかで常に全体重を支えなければならないのは、見た目より何倍もしんどい。もっとも、その身体能力があったから、ズブの素人でも日雇いや造船所でも力仕事には定評があったのだが。
更に手甲と足甲を着込む。特に手甲は手袋と繋がっており、指の一本一本が鋼線で繋がっている。この鋼線が操演室の至る所にある巻き取り機と連動する。このカラクリが隼人と八幡颯天の動きを一つにさせるのだ。
最後にゴーグルを被って……この前と違って、視界が真っ暗ではないか。
「日菜、ゴーグルが暗い。どうすりゃいいんだ?」
「右耳の上あたりにスイッチないか?昔大喧嘩して私が蹴ったら気絶したことあったじゃん?あの時蹴ったあたり」
「おお、これか」
スイッチを押すと、ゴーグルの内側に仕込まれた画面にノイズが走り、やがて外の光景が映し出された。落ち着いてみると少々荒いが、不便は感じない。
「見えたみたいだね。いやあ、懐かしい。蹴っとくもんだね」
「言っとくけど、許してねえからな」
忌々しい記憶を掘り起こされて、隼人は舌打ちした。
「あれはお前がアタシのどら焼きを食ったのが原因だろ」
「だからって側頭部に飛び蹴りかましていい理由にはならねえよ」
「うーわ、ヤだねえー、男のくせにいつまでも根に持って」
「死にかけたの根に持たない方が狂ってるだろ」
「わーわーわーはーいきーこえーませーん」
おそらく耳を掌でパタパタしているのだろう。こうなると話すだけ無駄である。隼人は舌打ちして切り上げた。
「……準備できたぞ」
「よし、じゃあ連動かけるぞ。三年ぶりか、力抜けよ?」
「判ってる」
どるるるん、と腹の底まで響く振動はエンジンの駆動音である。そして先述の巻き上げ機が鋼線を巻き取り、隼人の体をぐいと引っ張った。全身の力を抜いた隼人は、八幡颯天と同じ横たわった姿勢を強制的に取るのだ。
機操戦伎の機械人形は人形遣いの動きをトレースするだけではない。巨体の全身姿勢は常にフィードバックされ続けている。これに抗い続けることで、その動きを精密に動きを伝えるのだ。
「じゃあ、動くぞ」
むくりと起き上がる。昨日の戦闘は必死でそれどころではなかったが、全身に繋がる鋼線の抵抗は、まるで巨大な蜘蛛の巣に絡め取られたようだ。
体幹で全身を支え、足は常に空中で踏ん張り、指はときに体重すら超える荷重を支える。そのくせ動きはミリ単位でも足りぬ精密動作を要求される。それが人形遣いだ。
巨人の鎧を無理に着込んだような、戦車に憑依したような、窮屈で息苦しい、快適さとは対極にある、三百年前からある巨大人型兵器。それが機操戦伎。それが隼人がやっと帰って来た、やっと取り戻した舞台であり、戦場であった。
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