復帰⑫
なんと鬱陶しいヤツだ
なんと煩わしいヤツだ。
なんと騒々しいヤツだ。
なんと喧しいヤツだ。
だがそれがいい。
だがそれが心地よい
「じゃあ、決まりだな。はぁーあ、書類仕事か。なぁ新富一等兵曹、書いといてくンないか?」
「ダメです。いつまでも私が書くようでは、少尉殿が覚えません」
「めンどくせえ……じゃあ、銃也はもういいぞ。
ほれ、呼んでるから行ってやれよ」
振り向くと、手招きをしていたのは刃衛門。渋めで口数もさほど多くない男なのだが、久しぶりの再会に少々の笑みが見える。
「お久しぶりです、刃衛門さん」
「おう。なんだか三年くらい振りに感じるな」
「俺もです。
刃衛門さん、白髪増えたんじゃないですか?」
隼人の軽口に刃衛門はにやりと笑って小突いてきた。きっと、葵斗だったら手を叩いて笑うのに匹敵する反応なのだろう。
「さっきは助かったよ。蒼鉄ノ誉も危なかった」
「いやぁ、こちらこそ。刃衛門さんが守ってくれてなけりゃ、俺が乗る前に八幡颯天はやられてました」
「……砲園さんの容態は?」
「運ばれて行ったきりです」
「そうか……まあ。待つしかないよな」
「ええ」
確かに砲園の火傷は酷い、しかしまだ生きている。既に父が戦死した日菜の前でくよくよしていられない。隼人は胸中の不安を、丹念に噛み潰してから吐き捨てた。
隼人が苦い顔をしていると、覆い被さるように強引に肩を組んでくる短い腕が一本。顔を見なくても、声を聞かなくても、ふわりと届くほのかに甘い香りでわかった。
「おう隼人、遅かったじゃねえか。何ヶ月待たせたと思ってんだよ、バカタレ」
やはり日菜であった。
「……うるせえな。あのままここへ来たって、乗れないと思ってたんだ」
顔を背ける隼人だが、日菜はその先にしつこく回り込んでくる。眉をハの字に寄せ、親指で自分の顔を差す。
「おいおいおい、アタシを誰だと思ってんだ?未来の戦伎太夫だぜ?
相棒の席くらい用意するってんだよ。知らねえの?権力って出世払い効くらしいぜ?」
「……恩着せがましい奴だな、お前は」
「お前じゃねーだろーがよ、おお?
お前は二等兵、アタシは上等兵、足を舐めろと言われたら舐めなきゃいけないんだぜ?」
そうして猫でも構うように、下顎の先を指で弄ってくる。何だコイツは、頭突きでもぶち込んでやりたい衝動を堪える隼人は短く纏めた。
「うわこいつだるいわ」
なんと鬱陶しいヤツだ
なんと煩わしいヤツだ。
なんと騒々しいヤツだ。
なんと喧しいヤツだ。隼人はそれを隠さない、隠さなくていい間柄だから。それを見るのが、そうしてまっすぐぶつけてくれるのが楽しいと言いたげな日菜の目に気付いたか、刃衛門と爪十郎は薄く笑っている物心ついてからずっと、見ていた光景だ。
「久しぶりだよ、鉾蘭がこんなに楽しそうなのは。隼人が来てくれたおかげだ」
「え?」
どういうことだと隼人が聞き返すより先に、日菜は隼人の顔をがっしと掴んで、強引に自分へと向かせる。
「いいからおらっ、口開けろこの野郎!
入隊祝いだ、馬鹿野郎」
強引に口にねじ込まれたそれは、甘かった。目を白黒させていると、耳元でカラカラと音がした。軽くて硬い、心地よい音である。出所は日菜がいつの間にか握っているドロップ缶。
「……うわっ、お前これハッカじゃねえか!俺これ嫌いだって知ってるだろ!」
「おおん?ありがたく食えよ、上官からの心遣いだぞ!敬礼しろ、敬礼」
「誰がするか馬鹿野郎!」
以前なら鬱陶しかった日菜のダル絡みが、どこか懐かしく、なぜか温かく、なぜか嬉しく感じた。一座にいられたことが、日菜のそばにいられたことがどれだけ恵まれた、幸せなことだったのか、今になって気づいたのだった。
◇◆
その夜、唯鶴の甲板に隼人の姿。今は自前の服ではなく、支給された第三種軍装である。ここからだと広島市街の夜景がよく見えるものだ。飛竜騎士の襲撃を警戒して灯火管制が敷かれているらしいが、それでも星空よりは随分と明るい。
そんな夜景に背を向けると、もちろん目の前には海が広がっているはずなのだが、生憎垂れこめるのは濃い闇ばかり、小島の影も見当たらないし、伸ばした自分の手が何を掴むのかもあやふやな、そんな闇。
夜風が吹き付ける闇の中、隼人は木刀を構えていた。自分の心から自分という主観を締め出し、波音、風音、唯鶴や艦隊の旗艦音、自分以外の気配のすべてをあるがまま取り入れる。すると隼人は、自分が闇に溶け込んだような気がする。
「そうだ。かかってこい、金色」
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