復帰⑩
さあ、力比べを始めよう
さあ、腕試しを始めよう
さぁ、斬合いを始めよう。
武芸を修めた役者同士が戦うなら、
その場は夢の戦場となり得るのだ。
軍艦の格納庫で始まる勝負は、さながら宮本武蔵対土方歳三であった。
「隊長は?」
葵斗から目を離さずに、隼人。握手からここまで引っ張り込んだ相手だ、いつ仕掛けてくるか判らない。なんなんだこの船は、挨拶がわりに仕掛けなきゃ気が済まないのか。
「先に選んでいいぞ、それにあわせる」
「なら、木刀です」
誰かが投げてよこした木刀を空中で掴むと、流れるように構えた。柄を顔の右前までぐっと引きつけると、自然と刀身が空を向く。そして切先がそのまま相手の目を狙う、殺意の高い構え。
「霞崩しの構えか?
ああそうか。鉾蘭が言ってたな、得意演目は新撰組だったか……参ったな、面白くなってきたじゃないか。土方歳三が好きらしいな」
もちろん隼人は正式に天然理心流を収めた経験などない。戦を誇張した芝居の一環として、その姿を模倣しているに過ぎない。
しかし、機操戦伎の本質は兵器。その芝居の高みには確かな強さがあり、強さは魅力溢れる操演に繋がると信じられてきた。真実味が骨となり、現実感が肉となり、迫真性が鎧となるのだと。この奇妙な伝統芸能の役者は百年以上信じてきたのだ。
首を傾げているのは、芝居に興味のない新富一等兵曹くらいだ。
「日菜、手の内明かすなよ」
舌打ち混じりの隼人に、日菜がほんの少し楽しそうに笑う。
苦笑い混じりの隼人に、日菜がほんの少し意地ワルに笑う。
ないまぜになったそれに敢えて名をつけるなら、興奮か、或いはときめきか。
「悪い悪い、こうなると思ってなかった。
じゃあアレだ。隊長のことも喋れば?」
「そんなもんいらねえよ。相手は毎回自己紹介しちゃくれねえだろ?日菜の頭は鎌倉で止まってんのか?」
「頭かまくらか、武士なンだか雪なンだかな。好きにしていいぞ、俺は構わないさ。手の内をすっかり知られた上で勝つ、それが一番かっこいいだろ?
痺れるじゃないか、ここはひとつ宮本武蔵対新撰組、いや土方歳三といってみよう。こりゃ愉快な演目だ、戦争が終わったら、新作でやってみようかね」
葵斗の構えは二刀であった。半身に構え大きくひねらず腰を落とした、やや広い構えである。
左の小刀が前、大刀は大きく振りかぶって天を衝く。この肩と骨盤が縦一直線の奇妙な構えは、片腕でも重く素早い一撃を叩き込むためのものだ。それが二天一流、天下の剣豪宮本武蔵の戦術であるとされている。
「高瀬葵斗、二十四、独身。生まれは埼玉、好物はヘレカツ。女の好みは尻のいい女。デカさじゃないンだ、詰まってる方がいいし、丸くてキュッと上がってるとなお良い」
「それを聞いてどうしろと?。尻を眺めてる頭を狙えとでも?」
うんざりと返す隼人であるが、葵斗はへらへらと意に介さず続けた。一触即発のこの状態を楽しんでいる。
「一方的に知られてるのはイヤなンだろ?こっちも明かしてやってンだ。イヤなら聞き流せばいい。
十六の時に高瀬一門の芝居小屋に盗みに入ったら、ボッコボコに殴られてよ。それでも負けを認めなかったら師匠から「気合の入ったガキだ」って気に入られたのが俺の花道のはじまりだ。
得意の演目は判るな?」
「男のくせによく喋るのも判ります」
「男である前に役者でありたいンさ。発信できるモンはなんでも使わきゃ損だ。
ここからでも雑誌の連載を続けてるンだぜ、すげえだろ。まあ、戦場の話は新富一等兵曹が検閲するから、二割くらい黒塗りだけどな。おかげで文字数が稼げて助かってる」
風車に油でも差したように語りは極めて軽いが、鉄塊に鉛でも足したように構え極めて重い。上背は隼人の方があるのに、一段上から見下ろしてくる錯覚を生む程度には。
目元の涼やかさで言えば呉にいる剣之丞に分があるのだが、こちらはどうにも骨格に華があるのか、後ろで束ねた長髪が異常なまでに似合う。この華と構えの合わせ技は、最小単位の陣形であった。
「こんだけ喋れば手の内は五分かな。ほらどうした」
かかってこい、葵斗が言い切る前に隼人は風になった。畳に音だけを残して。
見極めてやる、葵斗が言い切る前に隼人は影になった。畳に熱だけを残して。
眉間を一直線に突くがこれは避けられた。しかしそれは織り込み済み、切先は動きを止めずに旋回して再び葵斗を襲うが、大刀がその腹を叩く。
片腕では渾身の斬り下げは止まるまい。力任せに押し切ろうと隼人が力を込める。だが力を込めるということは、その場で踏ん張るという事だ。その一瞬を葵斗は逃さない。
「ふンッ!」
気付けば葵斗の足裏が鳩尾に叩き込まれて、隼人はひっくり返っていた。畳を転がり身をひねり、一転して立ち上がって距離を取る。
「ッ……闇市で食ったうどんを吐いたらどうしてくれる」
「へぇ、闇市ってのはなかなか良いもん食えるんだな。見せてみろよ」
けろりとした顔のまま、葵斗は一気に攻め立てる。その攻撃は重く叩き、速く貫き、鋭く抉る。
「うおっ?」
小太刀を弾けばそのまま肘を打ち込まれる。大刀を弾けばそのまま力を押し込まれる。体幹の使い方、体重の使い方、全てのレベルが極めて高い。見た目の倍は重いのに、そこに蹴りやら体当たりやらをぶち込んでくる。これは既に、技量で磨き上げられた暴力という一種の芸であった。
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