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機操戦伎グレニアヴァール  作者: そのえもん


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復帰⑨

掌が硬い。

掌が柔い。

この二つが両立するのは矛盾しない。

強者であるならば。

「不甲斐ないなら乗せらンね。若いのをみすみす死なせらンねえからな」

立ちはだかるは色男であった。

「銃也、お前も役者なンだろ?

 じゃあ、わかるよな?機操戦伎の関係者は、搭乗員も整備員も、みンなそれぞれの一座から志願した軍属だ、殆どが純粋な軍人じゃない、マジの本気で寄せ集めさ」


 どうりでと隼人は合点がいった、葵斗の雰囲気が軍人らしくないわけだ。もっとも、いきなり旗肘張った軍人にぐるりと囲まれずに済んだのはありがたいのだが。


「でも……こちらの方は軍人さんでは?」


 この中で唯一、堅物の匂いがするのが、この新富一等兵曹と呼ばれた小男である。宇津木が仁王像ならこちらはさしずめ石を彫った地蔵といったところか。妙に重く、どっしりとして、据わった目には妙な迫力が光る。彼に比べれば、いぶし銀役者の刃衛門だってへらへらして見えるだろう。


「その通り。

 俺たちが他の軍人さんに無礼を働かないよう、お目付役に押し付けられたンが新富一等兵曹だ。宇津木特務大佐殿は気遣いの方も達人ってわけさ。

 ああ、銃也もこれからは一等兵曹殿には敬語を使えよ、うちの部隊の副隊長みたいなモンだから」

「はぁ……よろしくお願いします」


 隼人の気の抜けた挨拶に、新富一等兵曹は嘆息。顔にに書いてあるのは「また素人か」といった感じの嘆きに見える。無表情なはずなのにどうしてそれが読めるのか、自分にもわからない。


「……君はこれからこの部隊の一員なのだろう?ならば、帝国海軍の一員だ、腑抜けた挨拶は不要だ、敬礼したまえ」


 随分冷たい口調だと。

 随分かたい口調だと。

 随分おもい口調だと、隼人はぎょっとして目を瞬かせた。それでも悪意を感じないところ、きっと面倒見がいいのだろう。なんなら遠くにお人好しの気配すらある。それでもどうにも乾いた返しであるのは事実なのだが。この温度を併せ持つ人間は珍しい、ちょいと観察したくなるのは役者の性格の悪いところに違いない

「そうでしたか、すみません」

「そういう時は敬礼して『了解』だ」

「……了解」


 どうにも切れの悪く不格好な敬礼に、新富一等兵曹は言いたいことが山ほどありそうであるが、きょうのところはぐいと飲み込んでくれたようだ。


「まあ、いい。次からは声を張りたまえ」


 やれやれと丸刈りの頭を掻く新富一等兵曹の様子に、葵斗はカラカラと笑った。慣れているのか、飽きているのか、こうでもしなけりゃ落ち着かないのか。


「口うるさく聞こえるだろ?これでも新富一等兵曹は、軍人としてはめちゃくちゃ優しいらしンだとよ?普通の部隊ならもう四、五発は殴られてるらしい。

 本物の軍人さんからすりゃ、俺たちなんか所詮軍人ごっこってことさ」


 葵斗がからからと笑って新富一等兵曹の反撃を封じると、こっちの地蔵は口を真一文字に結んで目を伏せた。否定しないあたり、そこそこ的を射ているのかもしれない。判らん世界の判らん基準の例外を見されれても隼人だできるのは生返事のみ。


「はあ」

「つうわけで、兵隊さんのことは、俺にもよくわかってねンだわ。まあ、一応俺たちは機操戦伎の仲間で、一蓮托生の運命共同体だ。閻魔様のお白州に引っ立てられるまでは仲良くしようじゃねえか」


 にかっと笑うと、葵斗はすっと手を差し出した。日本人、しかも考えの古くなりがちな伝統芸能の人間にしては握手なんて珍しいが……ここで拒否して壁があると思われるのも面倒だと隼人は素直に応じた。

 掌が硬い。

 掌が柔い。

 この二つが両立するのは矛盾しない。こすれ合う皮こそ硬いのだが、その奥に詰まった筋肉は柔らかい野が判るのだ。もちろん全てを見通すわけではないのだが、その感触だけで相当な使い手であろうとの推測はできる。

 だからその握った手をぐいと引かれるのは、正直なところ予想通りであった。ここで踏ん張れば関節を取られて捻りあげられるのが見える。ここで受け流せば関節を取られて圧し潰されるのが見える。

 ならばと隼人は飛び込んだ。引っ張られる力に踏み込みをぐんと追いつかせて、いいや、葵斗の想定を上回る速さで飛び込むと、その胸板に肩を叩き込んだ。


「おっと……!おンもしれぇや」


 葵斗もさるもの、そのまま自ら後ろに倒れ込みながら、足裏が隼人の腹に突き刺さり、こいつを支点にぐるんと持ち上げてきた。巴投げである。格納庫の床は巨大な機操戦伎の重量に耐える鋼鉄製、叩きつけられれば痛いでは済まない。隼人は空中で背中を丸めて受け身を取る。

 バァン、と大きな音がした。鋼鉄のはずの床が弾んだのは、投げ飛ばされた先の一角だけ、最初から畳が敷かれていたからだ。どうやら最初から、ここに連れてくるつもりだったらしい。


「これは入隊試験、ってことですか?」

「入隊はしてるよ、こいつぁその次だ。なにしろ今度の舞台は戦場だ、だだっ広い。今回ばかりは腕のいい役者はいくらいても困らねえ。皆が生き残りやすくなるからな。

 だからさどれくらいの戦力になるンか、腕試ししたいのさ。

 不甲斐ないなら乗せらンね。若いのをみすみす死なせらンねえからな。そん時は雑用でもしてもらうそれも割と欲しいんだ」

「じゃあ、オレが勝ったら隊長交代ですか?」


 わっ、と周りから声があがったのは「勝てるわけねえだろ、高瀬一門の花形だぞ」「生意気な口聞くじゃねえか」と葵斗の肩を持つのが半分。「いいね、若いのはこうじゃなくちゃ」「おうおう、やっちまえ!」と囃し立てるのが半分であった。最前列で目を殴れと怒鳴っているのは日菜。

 しかし、当の葵斗は涼しい顔である。


「是非ともそうしてくれ。特例で士官の立場にいるが、やるもんじゃねえや。打ち合わせや書類仕事が多くて大変なんだ。そういうの出来ねえから役者やってンのにさ。

 さあ、得物もある、好きなの選び名。木刀かい?担保槍かい?教練用の銃剣もある」


 ふわりと身を起こした葵斗は、滑るように畳の一角へと足を運んだ。流石に鋼鉄の床での巴投げは懲りたようだ。


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