復帰⑧
格納庫で出会ったのは。
騒がしい連中だっだ。
懐かしい連中だった。
頼もしい連中になるかどうかは、判らないのだが。
宇津木が扉前の警衛分隊員に一言二言声をかけると、彼らは敬礼し、振り向きもせずに立ち去る。彼らとて、個人として隼人に悪感情はないのだ。
「行こうか、ついてきたまえ」
「え……いいんですか?俺、もう出歩いて」
「私が君を味方だと判断した。この部隊はもう、君を疑うことはない。さあ、行こう」
巨大な宇津木の背中を追っていると、艦内の狭い廊下は殆ど前が見えない。これじゃあ閉じ込められていた部屋の方が広かったな。などとぼんやり思っていると、やがて空気が変わった。
「へえ」
「我らが戦母、唯鶴の誇る格納庫だ……どうかね?」
「縦横は申し分ありませんが……」
外ではない。そこは冗談抜きに小さな船なら丸ごと入る、かなり広い空間だった。壁や天井は鉄骨剥き出しで、焼ける金属と機械油の匂いが漂う武骨な空間。奥には巨大な牽引車に横たえられた機操戦伎が並んでおり、そこかしこでがりがりと工作機械が騒音を立てている。造船所とは違う、繊細な作業の降雨気がある。
「存外、天井が低いですね。これじゃ機操戦伎が立てないじゃないですか」
正直に答えると、仁王像の肩が揺れる。それがこの男の苦笑いであると気付くのに、隼人は少し時間がかかった。
「機操戦伎の関係者は皆そう言うな。
だがこれでも、帝国海軍に現存するものでは最大の格納庫なのだ。これはそれをを更に、半ば無理に拡張したものだ、我慢して使ってくれたまえ」
「そ、そりゃそうですよね、船ですもんね、ここ」
「左様、何にしろ陸とは勝手が違うのだ、何もかも」
天井は二階の軒先程度だろうか。全長二十メートル前後の機械人形が飛んだり跳ねたりする舞台を見慣れた隼人にとっては手狭であるが、船の中だと考えれば破格の広さの大空間であるのは間違いない。
ぼんやり納得していると、宇津木はその片隅で屯している一団に声をかける。
「葵斗少尉」
振り向いた若い男は宇津木の姿を見るなり、弾かれたように立ち上がって敬礼する。
「敬礼ッ!」
続けて声を張ったのは、その横にいた鋭い目つきの小男である。その声に残りの連中は電流でも流されれたように飛び上がって立ち上がると、ぴたりと敬礼してみせた。
「楽にしてくれ。悪いな、休憩中に」
「休め」
小男がそう告げると、彼らは敬礼を解き、小さく一息ついた。葵斗少尉と呼ばれた男は割合色白の優男であった。
「……心臓に悪いですよ宇津木特務大佐。
どうしたんですか、こんなところにいらっしゃるだなンて。用があるなら呼んでくれりゃいいのに。奈良の大仏が下町見物に来ちゃあ大騒動じゃないですか」
「大仏か、それほど楽はしていないつもりなのだがね」
「承知しております。特務大佐は東大寺南大門、運慶・快慶の作でしたね」
「それじゃ本物の仁王像じゃん」
誰かがぼそりとそう呟くと、何人か吹き出す。その様子に小男は苦い顔をしている。
「それとも、私が金剛杵を担いでくればよかったかね?私室に愛用のがあるのでね」
まさか宇津木がノッて来るとは思わなかったのだろう、やられたと笑う葵斗少尉。その背後で耐えきれず吹き出した数人の中には日菜の姿もあった。
「勘弁してくださいよ特務大佐。笑わせに来たンですか?」
「いいや。気になっていただろう?期待の新人だ」
ぐいと、首根っこを掴まれた子猫のように引っ張り出された隼人。それを見て、ほっと胸を撫でおろす日菜の姿が見えた。
「ああ、鉾蘭から聞いてますよ。砲園さんの息子さんね。ええと?なンでしたっけ?」
「銃也と申します」
「そうかい。俺ァ高瀬葵斗だ、よろしく。
一応、少尉って事にさせてもらってる」
「高瀬葵斗……東京の?高瀬一門の?」
ギリギリ耳にのみ引っかかる名前に、隼人は目を剥く。
「おや?知ってンのか、こりゃ嬉しいね」
「知らない方に無理があります」
その名前は、東京で常設の芝居小屋を持っている、日本で一番大きく、有名な機操戦伎の一座のものだ。高瀬葵斗であれば、その中でも有望な若手役者の名だ。
「知っているなら話がはやい。
彼が、今の機械人形部隊の隊長だ。君は彼の指揮下に入ってもらう」
なるほど屯していたのは機操戦伎乗りだったようだ、どうりで妙にガラが悪いというか、軽いというか。集まっていた連中の中には刃衛門や爪十郎はもちろん、隼人の姿にぱぁっと顔を明るくする日菜の姿もあった。
「では私は戻る。葵斗少尉、扱いを決めたら報告するように」
「了解です、この高瀬葵斗にお任せあれ」
端的にそう伝えると、宇津木は踵を返した。
「敬礼ッ!」
小男の声に葵斗が背筋を伸ばし、他の隊員達の敬礼が続く。箪笥のような巨体が格納庫から姿を消すのを待った小男の「……休め」の声で、皆それぞれ一息つき、やがて腰を下ろす。
「あーびっくりした。大佐はあンのガタイのくせに足音殆どしないんだよな。ありゃ相当の達人だな。ねえ、新富一等兵曹?」
「はい、特務大佐殿は柔術の達人だと聞いております。嘘か本当か知りませんが、飛竜を投げ飛ばしたとか」
新富一等兵曹と呼ばれた小男がぼそりと答えると、葵斗はからからと笑った。胸の内に春風が吹くような、爽やかな笑い方であった。
「そりゃ面白え、新富一等兵曹が冗談を言えるだなンて思わなかったよ」
「噂ですよ、背鰭尾鰭がついてます……っと!」
新富一等兵曹を跳ね飛ばすような勢いで、日菜が隼人に駆け寄る。獲物を攫う鳶のように素早く掴んだのは隼人の手である。振り払おうとしても決して離れず、一本一本無事を確かめている。
「なんだよ、俺の指が指がどうした?」
「折られてないか?……よし、なんともないし爪も折られてない、よかった。こっちは?」
そのまま当然のように隼人の尻を掴む。これが当然のように真顔であるのが厄介だ。
「うおわっ!なんなんだよお前は!」
「いや、だってさ!憲兵の拷問は爪剥がしたり、尻を掘ったりするって皆んなが言うからさ!
大丈夫?痛くないか?見てやろうか?」
「見せねえし掘られてねえし!お前からかわれてんだよ!」
二人のやりとりに手を叩いて笑うのが葵斗である。
「どうかな、嘘とも言い切れねぇンじゃねえか?憲兵上がりの警衛分隊に睨まれたら地獄行きって、みんな信じてるのさ。
水責めやら電気ショックはやる連中だ、生爪や尻くらいやりかねないさ。ねえ新富一等兵曹?そのへんどうなの?」
「尻は聞いたことありません、悪趣味な噂だと思います。生爪は……やりかねませんね」
うんざりとした新富の言葉に隼人の背筋が凍る。分隊相手に暴れていたら、文字通りズタボロにされていたのかもしれない、その事実を今更知った自分の愚かしさに薄笑いが出る。
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