復帰⑤
監獄代わりに押し込められた小部屋。
そこは静謐で。
そこは清潔で。
そこは清涼で。
存外悪くはなかった。
隼人が押し込まれたのは倉庫の隅にある小部屋。どうやら新造艦でらしいおかげで黴臭くはなかったが、窓も椅子もない殺風景な部屋である。魔法めいた飛竜騎士の攻撃と戦闘機と機操戦伎とが組み合って大暴れしていた戦場とは、比べ物にならないくらい静けさ。過敏になった鼓膜と肌が、氷水でもぶちまけられたように縮みあがるようだ。
「……死ぬかと思った」
時計も窓もないその部屋の片隅に、隼人は崩れ落ちるように腰を下ろす。人生でこれ以上ないくらい張り詰めていた緊張の糸がぷつんと切れて、どっと疲れが押し寄せてくるのが見えるようだった。眠れるかどうかはわからないが、目を閉じて少し休もう。
「ふふ……」
体の奥底に燻る戦闘の残り火は、隼人に眠ることを許さない。ならばと天井の片隅を見上げていたところ、思わず笑みが溢れた。銃口を向けられたときは死を覚悟したし、ここに押し込まれた時にはリンチにでもあうかと思っていたのだが、まさかの高待遇ではないか。先月までドヤ街で暮らし、今朝まで造船所のタコ部屋にいた隼人にとって、清潔で静かな個室なんて夢のようだった。たとえこれが外から施錠されていて、死んでも誰にも判らぬ場所であったとしても。
「いい部屋だ。海が見えれば文句はなかったけど……まあ、飛び入りじゃ仕方ないか」
「静かにしていろ」
大声を出したつもりはなかったのだが、鉄扉の向こう側から男が声をぶつけてくる。銃を持った警衛分隊員が二人、なんとも高圧的だ。一回目くらいは優しく言ってもバチはあたるまいに。
「なぁんだ、話し相手まで用意してくれるのか。軍艦は贅沢だな」
「なんだこいつ」
呆れ顔が見えてくるその言葉すら、今の隼人には悪く聞こえなかった。
「別にいいじゃないか、兵隊さん。
出せとか騒ぐわけでも、開けろと暴れる訳でもない。ついでにあんたを懐柔する小銭も持ち合わせないんだからさ。耳障りなら独り言だと思ってくれ。
艦内警衛分隊ってのは……憲兵みたいなもんなのか?よく知らねえがあれだろ、艦内の警察みたいなことだよな?ってことは少なくとも兵学校あがりとか、下士官候補生とか、そういうやつなんだろ?生え抜きの軍人さんだ、俺なんかその気になりゃ瞬殺だ。わかってるんだからさ、独り言くらいいいだろ」
鉄扉の向こうから返事はない。だが、黙れと釘を刺されないのであれば、少なくとも否定ではあるまい。隼人は勝手にそう理解してぶつぶつと続けた。
「あんた達みたいな立派な人にはさ……わかんねえだろ。未知の片隅で古新聞被ってぶっ倒れてても誰の目にも入らない、野良犬みたいな生活してる人間の気持ちなんかさ。
ドヤ街はそんなところだったよ。死んでようが倒れてようが基本は気にしない。野良犬が死んでるのと同じだ。なんなら食える分、野良犬の方が構ってもらえるかもしれない。
恨み節じゃないよ。俺が安酒に溺れて道で寝るとこまで落ちたのは、自業自得だからな。
仲間のおかげで酒もやめて、造船所にもいたけどさ……性根の暗さってのは、なかなか治らないらしい。集団の中にいても、なんか孤独で、どうにも溶け込めなくて……。
これがバカだからなのか、根っから集団生活ができないヤツだからなのか、自分じゃわからなくてさ。
……兵学校にはやっぱりいないのかね、こういう馴染めないヤツってさ」
部屋の隅に座り込んだ隼人は、目の焦点も合わせずにぼんやりと呟く。扉の向こうからは相槌さえないと言うのに、下手に酔ったときより口が回る。
「だからこうして……人がそばにいて見ててくれるのはうれしい……そりゃ言い過ぎか悪い気はしない。日菜みたいな跳ねっ返りでも、今みたいないやいやの見張りでもさ」
無感動に垂れ流していると、鉄扉の向こうで足音の止まる気配。誰かが入って来るらしい、たぶんガタイのでかいヤツだ。
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強ければすべてが許される。そんな都合のいい空間ではないはずです。どこまで正確かは判りませんが、こういうのがあってっもいいのではないでしょうか。
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