復帰②
一度逃げた隼人。
一度腐った隼人。
一度謀った隼人。
だからこそ避けて通れないことがあった。
そうして火傷を冷やすことしばらく、砲園が顔を上げる。
「さて……随分冷えたかね。
風邪引く前に戻ろうか。鉾蘭!アツツ……さて隼人、お前はどうする?」
火傷の痛みに顔を顰めながら、差し出された八幡颯天の手のひらに腰掛けた砲園。隼人をまっすぐ見ていう。その目は役者の目でも、兵士の目でもない。これはきっと父親の目なのだろう。
「ここに残っても……まあ、なんとか生きていけるだろ。というか、多分その方が安全だ」
『は?ちょ、砲園さん何言ってんですか』
砲園の言葉があまりに予想外だったのか、頭上からの日菜の声にも焦りの色が混じる。
「なに言ってんだよ父さん……俺がいなけりゃ、基地に戻れないだろ」
「バカ言え、基地に戻るくらい鉾蘭にだって十分出来るさ」
「俺がいないで……誰が戦うんだよ」
「随分偉そうな口叩くじゃねえか隼人。
思い上がるなよ、これは喧嘩でも舞台でもない、戦争なんだ。一人の働きなんかタカが知れてら。
だから、全国から機械人形集めてんだ」
「……俺なんか、いようがいまいが関係ない。そう言いたいのか」
がりっと隼人が歯を軋らせると一転漂う剣呑な空気。日菜が声を荒げる。
『隼人っ!なんでお前そういう言い方すんだよ!
砲園さんも!おかしいじゃないですか!隼人は戦力になりますよ!』
激昂する日菜、このまま暴れさせたら折角拾った命を落としかねない。その瞬間、煙のように沼田がふわりと割り込み、へらへらと笑ってみせる。
「まあまあ、待ってください、お嬢さん。
父親ってのは不器用なモンなんだ。息子に見栄を張りたいモンなのさ」
ふわりと隼人の肩に手を置いたのは勝三。わかっている、わかっているぞとなれなれしく頷くその顔には、おっさん特有、謎の親しみやすさがあった。
「いやね……親父さんは多分『戦場に出るのに、他人を理由にするな』って言いたいんだ。
あんなバケモノとの戦い、俺たちなんか見てるだけでも震えが止まらない。そこに出ようなんて……他人を理由にしてちゃ生き残れない。あっという間に死んじまうか、逃げちまうかだ。
だからきっと、親父さんは聞かせて欲しいんだ。隼人の意思を、隼人自身の声で」
その解釈が的を射ているのかはわからないが、少なくとも砲園に否定する様子はない。ならば的外れではないはずだ。ならばと隼人はいっそ、ここで腹を割ることにした。思っていることを、いつもは照れ臭くて言えないことをぶちまけた。
口数少なく、黙り込んでしまう隼人にとっては、腹を割るのは戦うよりも重いことだ。戦いの残り火が宿る勢いで、口を滑らせるのがいいだろう。
「……俺が戦うのは、日本のためでも、日菜のためでも、ましてや父さんの代わりでもない。
俺がそうしたいからだ。
一番強いのは戦車でも、飛行機でも、飛竜騎士でもない。機操戦伎だ。俺が世界中にそれを見せつけてやる……どうだ、これで文句あるかよ」
それは隼人から、全てに対する宣戦布告であり、同時に自分自身への宣言。
一度逃げた魂を。
一度腐った魂を。
一度背いた魂を。
ふん捕まえて戦場に縛り付ける鎖でもあるのだ。
「そりゃあ結構だ。今度は逃げられねえからな、覚悟しとけ」
不敵にそう言い放った砲園だったが、そこで鼻から大きく息を抜くと、糸が切れたように八幡颯天の手のひらへ崩れ落ち……ごろりと横になった。
「父さん?!」
「でっけえ声出すな……聞こえてる。
ちょっとばかり、気が抜けただけ……うぐっ……!」
そう言い張る砲園であったが、みるみるうちに顔から血の気が引くと、胸を押さえてうずくまってしまった。人体は微細な電気信号の繊細な均衡で動く。そこに落雷なんて桁違いの電流が流れれば、その動きが狂うのは当然である。今まで平気な顔をしていたのが信じられないくらいだ。
「日菜っ!病院探せ!」
「基地の方が近い。早く乗れっ!」
隼人は八幡颯天の腕を駆け上がるようにして操演席へ滑り込んだ。ゴーグルや胴輪の装備ももどかしく、大急ぎで八幡颯天の身を起こす。
真っ白な顔で呻く父、砲園をそっと胸に抱えて、八幡颯天は駆け出し、あっという間に校庭から姿を消した。
◇
「あいつ……人形遣いだったのか……」
静けさを取り戻した公園で、沼田がぼんやりと呟く。しかしそれに答える勝三の声は何処か晴れ晴れとしている。
「納得ですよ。自分にやたら厳しいくせに、なんか世間知らずで……そのくせ妙に義理堅い。所作にどこか品があるのに、線が細いって訳でもない。
変わりモンなワケですよ、生まれた所が違うんだから」
その言葉を聞いて、沼田はようやく頷いた。彼にも思い当たるフシがいくつかあったらしい。年代の誓い工員といやに話が合わなかったのは、そういうことだったのかと。
勝三の目は、見えなくなった巨大な背中を探す。広島市街に大きな損害はなさそうが……あんなバケモノと戦うだなんて、命がいくつあっても足りやしない。
そんな死地に自ら飛び込む弟……によく似た若者に、最後に一言伝えたかった。
「隼人……死ぬなよ」
それが、せめてもの花向けであった。
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これは隼人の誓いです。
戦えなかった自分が、逃げた自分が、日菜のそばに戻るための通過儀礼です。
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