上陸⑨
隼人は大地を盾にした。
暴れ倒す八幡颯天が
死に瀕す八幡颯天が
飛竜の猛攻を受けるからこそ、戦える。
それ以上の最大の武器は、腐れ縁であった。
是非ご覧ください。
「日菜ッ舌噛むんじゃねえぞ」
返事を待たずに隼人は両腕に力を込め、ぐいと上半身を突き放した。八幡颯天は隼人の動きをトレースし、弾け飛ぶように瓦礫の山からその身を起こす。
「え?ちょ……ちょっと待てよ。今、本当に隼人が動かしてるのか?砲園さんはどうしたんだよ?」
日菜の肉声が上から聞こえる。姿は見えないが、頭との距離は近い。会話は容易いものだ。
「その話は後、今は生き残るのが先だ」
「……っ、わかった」
八幡颯天が槍を構えた。さっきまでの基本動作とは大きくかけ離れたその構えは異常に低く、不気味なくらいに深い。これが頭上からの急降下攻撃に対する、隼人なりの回答であった。
急降下攻撃というものは、どこかで首を上げねば地面にぶつかり自爆する。攻め手にとっては攻撃する点が地面から遠ければ遠いほど安全なのだ。
つまり隼人は一瞬で大地を背負った。大地を盾にする、それが天空を支配する飛竜騎士に対する隼人の答えであった。
先程までの八幡颯天は『先の先』を取っていた。相手が仕掛ける呼吸の前に切り込み、強引に戦いの主導権を握るものだ。とにかく市街地を守るために必要とされた、激し攻めの一手。
だが、今の隼人は全く違った。大地を盾に相手を誘い込み、仕掛けてきた相手にカウンターを叩き込む『後の先』である。
これは明確に八幡颯天が狙われているからこそできる立ち回りである。
年単位で機操戦伎に乗っていなかったというのに、隼人は冷静であった。目の前の全てをただ受け入れ、私情を挟む前に素直に応じる。激情や過度な読み合いに気を逸せることなく、ただただ淡々と切り返す。
隼人にとっては舞台と戦場は、どこか似ていた。
数年のブランク、乗り慣れない八幡颯天、初めての実戦。どれ一つとっても命取りとなり得るだろう。特筆すべきは、隼人では砲園に遠く及ばない純粋な操演技術。だが、その事実と敗北は直結しない。
隼人は全ての障害に『かつて日菜と積んだ研鑽』で挑んだ。
直上から襲い来る飛竜騎士の突撃に薙ぎ払いを合わせ、上半身を柔らかく捻って受け流す。
「右上ッ!」
日菜の声に八幡颯天は振り向きもせずに地面を突き、横っ飛びで追撃を躱した。さっきと比べれば反応はやや鈍いかもしれないが、それ以上に鋭い。
「ありがとよ」
「おう!」
操演席から直接外は見えない。機械人形の目を通した視界は、隼人の頭に被ったクソでかいゴーグルに表示されているものだ。かつては鏡やプリズムを組み合わせていたものだが、こいつは重く柔軟な線で外につながっているようだ。おかげで随分動きやすい。
「こりゃいい、外が見やすくなった。
これも軍の技術か?」
「らしいよ。今までとはベツモンだ、真空管とブラウン管とかいうモンで写してるんだってさ。アメリカの技術がなかったら、白黒だったらしいよ」
「アメリカの技術?そんなの使ってるのか」
「そう、部隊にはアメリカ軍の技術顧問がいる。そいつが持ってきたんだ。
ぼやくなよ。操戦伎にアメリカの技術なんて、って嫌がる人もいたさ。でも、そんなことに拘って死んでいいのか?って宇津木大佐が押し通したんだ。あれだ、近代化改修ってヤツだ」
「アメリカ軍だの大佐だの、すっかり軍人様だな、日菜」
「毎日軍人と同じモン見て、同じメシ食って、同じ戦場にいるんだ、そりゃ染まーー後ろっ!」
日菜の声がかかったとき、十文字槍は目前の飛竜騎士の鎧を引っ掛けていた。隼人は涼しい顔でこれを捩じるように引きずり倒し、真後ろに迫る突撃へとぶち当てた。確かに以前より視界は広くなったが、それでも生身と比べれば死角は随分多い。日菜を第二の目耳として動く必要があるのは、以前と何も変わらない。
その一点だ、日菜との腐れ縁の長さ深さだけなら、隼人は砲園にも勝る自信があった。日菜が左右どっちから靴を履くのか、雑煮は味噌か醤油か、そんなどうでもいい所まで知り尽くした隼人は、このじゃじゃ馬の手綱を世界一上手く取る自信があった。
勝てる。隼人はここに光明を見出した。
相手が嵐や落雷ではなく、飛竜騎士による格闘戦なら、もう少しは捌ける筈だ。
「日菜!蒼鉄ノ誉と鎖分銅のヤツは?連携を取り戻して切り抜ける!」
「判った!八時の方向に蒼鉄ノ誉がいる。まずはそっちから合流しよう!」
八幡颯天の槍捌きが加速していく。十文字槍が閃き、飛竜騎士を打ち払う度に、それは速く鋭くなっていくのがわかる。数年間止まっていた人形遣いとしての隼人の時間が、ゆっくりと錆びを噛み潰しながら再び動き出したのだ。
「戦場も、舞台なんだな」
ぼそりと隼人が呟くと、頭上から日菜の声が降ってきた。
「なんでさ?」
「舞台は生き物だって、教わってただろ?」
「うん」
生き物なので一度として同じ舞台はない。一回一回が全くの別物で、戦いなのだと教えられたし、そう信じて生きてきたし、今でも正しいと思っている。
「なら戦場は台本のない舞台だ。
ホンがないからどっちが勝つのか、どっちが生き残るのか誰も知らない。
だからその場で決めるんだ、どっちが勝つのか」
「へえ、言うじゃん隼人」
日菜が笑う。飛竜騎士の牙を打ち払い、尻尾をはたき落としながら、隼人の頭は更に回転していく。
「いや違うな。きっとホンはあるんだ。
俺が、俺らが生き残るホンと、相手が生き残るホンがぶつかるんだ。戦場でホン同士がぶつかって、残った方が生き残るんだ」
隼人は激戦の中、戦いの熱に浮かされていた。手足に何かが乗り移ったようにひとりでに動くのを、いやに冷静な頭が見下ろしているような奇妙な感覚であった。
「変なこと言うようになったな隼人。じゃあお客はどこなのさ?舞台なら、観客に見せないと成立しないだろ?」
「見てるさ」
「へえ?」
「俺たち以外。戦いを見る全ての人が……いや、世界が丸ごと観客なんだ。
世界が俺を、俺たちを見ているッ!」
飛竜騎士を叩き切った穂先は陽光すら切り裂き、飛竜の血飛沫とともに青く煌めいた。八幡颯天はケレン味たっぷりに見栄を切り、天を仰いだ。
「ほらな。やっぱり、舞台だ」
隼人の声に日菜が笑ったのが見えた。戦闘中にゲラゲラ声を上げる余裕はないのだが、頭上の気配が明確に笑っている。賭けてもいい。
「なんだよ隼人、舞台出たかったんじゃん」
「当たり前だろ。
俺は乗りたくても乗れなくなったんだ。機操戦伎が嫌いになったことなんて、一度もない。
だから、裏方でもと妥協してたんだ」
「……そっか、安心した。隼人は機操戦伎が嫌いになったのかと思ってた」
「自分だけ乗れないのは、悔しいからな」
「今日は素直じゃんか」
「ああそうさ、浮かれてる。だから口が軽い。
今なら言える。日菜、四年前に貸した二十銭返せ」
「馬鹿野郎、こういうときは口説いてこいよ」
「やなこった。お前に死ぬまでからかわれる」
「じゃあ返さねえ、からかわれてから言えってんだ」
軽口の応酬の間に、二人のホンは更なる飛竜騎士のホンを打ち払った。
その直後、凄まじい衝撃が二人を襲った。一瞬目の前が真っ白になって、天地も見失うほど派手に吹っ飛ばされた。
ここまでお読みいただきありがとうございます、感謝感激でございます。
気に入っていただけたら、お気に入りやブックマークで応援してもらえると本当に励みになります。
あなたの一言が、次の物語を紡ぐ燃料になります。
隼人と日菜の戦いを目撃してください。
感想、コメントお待ちしております。
よろしければ拡散、趣味の合うお友達におススメしていただけると幸いです。
Xで更新情報、他作品の更新なんかも呟いておりますので、よろしければフォローいただければと思います。
https://x.com/YYKDdLD5z64pjhq
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません。




