上陸⑧
隼人が失った舞台は、戦場にあった。
日菜はずっとそこで待っていた。文字通り命を賭けて。
八幡颯天の背骨に、遂に隼人の魂が宿る。
舞い散る粉塵が落ち着くと、隼人の目の前には校舎にもたれかかって倒れる八幡颯天の背中があった。激しい戦いや落雷に過熱していたのか、あちこちから白煙が上がっている。ほんの数秒逃げるのが遅れたら、隼人は崩れる校舎の下敷きになっていただろう。
ぱらぱらと崩れ宙を舞うコンクリートの破片の中で、隼人の耳は確かに拾った。
『畜生……ここまでか』
絶望に打ちひしがれた日菜の声だ。拡声器も通さないのに、台詞の合間に歯軋りを挟んだのすら判った。その瞬間、隼人は駆け出していた。
「隼人!どこ行くんだ!」
「逃げるんだよ!殺されるぞ!おい!」
勝三や沼田の声は鼓膜に届いている、だがそれはもう足を止める理由にはならないのだ。歪んだ階段を駆け上り、傾いた廊下を駆け抜け、砕け散ったガラスが足裏でぎゃりりと鳴いた。獣か、あるいは影かという身のこなしで、隼人は亀裂の入った壁が崩れるより早く八幡颯天の背中へ駆け寄り、力の限りに叫ぶ。
「日菜ッ!父さんっ!しっかりしろ、生きてるか?!」
一瞬の沈黙。だが、機械人形の内側で確かに息を呑む気配があった。返ってきたのは、動揺する日菜の声だ。
『隼人?……隼人なのか?……隼人!そこにいるの?』
「そうだ!俺だ!父さんはどうした!返事してくれ!……開けるぞ!」
白煙あげる鋼の巨人は外殻も焼けている、このままでは触れない。瓦礫の山から布切れを引っ張り出して手に巻きつけると、その背中をよじ登り、叫んだ。ありったけの声で。鬱屈を、自虐を、恥を、すべてを肺の奥から絞り出す。
「日菜ッ!開けろ」
『隼人?なんでこんなところにいるんだ?……アタシはもう死んでるのか?』
「バカ野郎!らしくねえこと言ってんじゃねえよ!
未来の戦伎太夫が、そんな女々しい幻見てる暇あんのか?」
『うるせえ!お前どこ行ってたんだよ!』
日菜の声には信じられないと困惑の色が濃い。だが、そんなことを子細に説明する余裕はないのだ。熱を持った外装の一部に布を巻いた手差し込み、隠れたレバーを引っ張り出す。外から強制的に扉を開く非常用レバーである。渾身の力で引くと、背中の一部ががこんと開く。それが開ききるのも待たずに、隼人はそこに体を捩じ込む。
「父さん!返事してくれ!生きてるか?」
「……元気そうだな」
か細く枯れた声が答えたのは、紛れもなく父の声であった。黒袴に藍染めの刺し子生地の道着、機操戦伎の操演着を着込んだ背中が見える。落雷を受け全身にひどい火傷を負った砲園は、八幡颯天の操演席__胸腔内に力なく横たわっていた。
『砲園さん?生きてるんですね!よかった!』
「悪いな、鉾蘭。痺れちまって、大声が出ねえんだ」
掠れた声は今にも消え入りそうである。
「父さん……これじゃあもう」
とても戦えない。それが導く答えは、この場の人間の全滅である。絶望する隼人に、砲園はくいくいと手招きした。
「はは、いいとこへ来たな、隼人。いいもんやるよ」
ふるえる腕でなんとか脱いで差し出したのは人形使いの胴輪である。ハーネスのように体にぐるりと装着し、これを機械人形の背骨に吊るす。人形遣いを操演席固定する重要な装具である。機械人形は全身の動きをトレースする都合上、演者は常に全身が床から浮いているのだ。
「何言ってんだよ、父さん。
俺が乗ったところで……」
まともに動かせない。特に大きな八幡颯天でも、隼人には狭いのだ。そんなこと、砲園が知らないわけがない。舞台どころか、命の奪い合いについていけるものか。ところが、青い顔をする隼人に、砲園は笑ってみせた。
「乗れるさ。よく見てみろ、広くなったろ?軍で改修したんだ」
ハッと気付いて、隼人は操演席の広さに気がついた。一座にあった頃と比べると、確かに一段階広くなっているではないか。かつての八幡颯天に積まれていたのは大きく重い旧式の船舶エンジンであったはずだ。巨体を動かす馬力を確保するには、それが必要だったのだ。
「爆撃機用のエンジンに積み替えたのさ……馬力はあるが、ずっと小さい。これなら、お前でも動かせる。いや、戦える、思いっきりな。
鉾蘭がはしゃいでたよ……これで、いつお前が帰ってきても大丈夫だって」
胴輪を受け取った隼人の手は震えていた。かつての自分が永遠に失ったはずの舞台は、戦場にあったのだ。
「見せてくれよ、お前の八幡颯天」
微かに笑う砲園に、隼人は頷いた。力の入らない砲園を担いで引っ張り出すと、その外では勝三と沼田がおっかなびっくり駆けつけたところであった。
「隼人!お前なんのつもりだ?」
「そっちの人は……酷い怪我じゃないか」
「すみません、父さんをお願いします」
「え?」
「隼人……お前、まさか……」
いきなりのことに困惑する二人に、隼人は力強く頷いた。
「見ててくれ……やってやる。やってやる……ぶっ殺してやる」
操演席に収まった隼人は、鋼線の繋がった手甲や足環を身につけ、胴輪を体に通した。自らを機械人形の背骨に吊るし、クソでかいゴーグルを被る。
「日菜……いけるか?」
「あったりめえだろ、何ヶ月待たすんだよ、バカ」
「悪い。でも、こっから取り返す。
そうして隼人と八幡颯天の動きが一つになる。八幡颯天の腹の中に、再び隼人の魂が灯った瞬間であった。
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隼人の戦いがここから始まります。
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