上陸④
飛竜騎士に立ち向かう。
ここで逃げれば自分は前と同じだと、
愚かと知っても立ち向かう。
隼人は恐怖に震えながら立ち向かう。
海の方角から飛んできたのは、緑と灰色のツートンカラー、側面に日の丸を描いた戦闘機である。たちまち広島上空は戦闘機と飛竜騎士の空中戦に包まれた。背の高い建物なら掠めそうな高度で繰り広げられる乱戦に、隼人たちは生きた心地がしない。
いつか見たフィルムと同じ、小回りは飛竜騎士が優れているが、単純な速度は戦闘機が大きく勝る。しかし戦闘機の機銃弾は、飛竜騎士の纏う防御結界に弾かれてしまい、ろくなダメージを与えていない。
戦闘機乗りはそれを知っているのだろう。機銃は牽制に留めて、飛竜騎士の撒き散らす雷光を掻い潜っては編隊に突っ込んでいた。文字通り、例えでも何でもなく体当たりである。刺し違えることも厭わぬ、あまりに危険な戦法であった。
戦闘機の捨て鉢な攻撃に、あっという間に空中は大混戦。魚の群れが互い相手を食い殺さんと襲いかかるような、血みどろの悍ましさがあった。
そうしている間に地上の高射砲が体勢を立て直したか、砲撃を再開する。流石の飛竜騎士とその防御も、戦闘機の体当たりや高射砲の直撃は防げないのか、戦闘機と高射砲の連携に、少しずつ陣形が崩れるようであった。
「……誰が倒すんだ?」
隼人がぼそりと呟くと、勝三が首を捻った。
「どういう意味だ?」
「戦闘機の機銃じゃ倒せない。高射砲も殆ど当たらない……どうすりゃいいんだよ、このまま飛竜騎士が腹減らして帰るまで粘るのか?」
上空を舞う飛竜騎士の数は刻一刻と増えていく。戦闘機や対空砲火でいつまで食い止められるか、もはや時間の問題である。そのとき、上空では一つの奇跡が起きた。戦闘機の体当たりを躱して体制を崩した一騎の飛竜騎士が、高射砲弾の炸裂に巻き込まれたのだ。
「ほら見ろ、当たるじゃないか!あれなら……」
飛竜は破片と火花の雨を振りまきながら、空から転がり落ちるように地面へ投げ出された。そこは隼人たちの避難する小学校、その校庭の片隅である。至近距離の炸裂に巻き込まれたせいで片翼はズタズタ、鱗に覆われた体には鋼片が幾つも突きささっているようだ。
小学校とはいえ校庭はそこそこ広い。その反対側ならそれなりの距離があるのだが……うずくまる飛竜騎士は、そこにいるだけで圧倒的な存在感を放っていた。
「地面にいるとクソでかいな……戦闘機と互角、10メートルくらいか」
「血が青い……やっぱり化け物だ」
「死んでる……よな」
願いも虚しく、飛竜は存外軽々と首を持ち上げた。その上に跨った甲冑姿の騎士に至っては、煤けてこそいるが、これといった怪我の様子すらない。
片翼が折れ、あちこちから出血こそしているが、その割に苦しむ様子は殆どない。炸裂に巻き込まれたが、直接地面に叩きつけられたのではなく、一度木立に突っ込み、それから地面に放り出される形となったのは実質軟着陸であった。高射砲が飛竜を捉えたのも奇跡なら、軟着陸で致命傷を避けたのもまた奇跡であった。
「生きてる……」
「嘘だろ……」
ぞっとして呟いた誰かの言葉は、飛竜の咆哮に掻き消された。岩山を掘り抜いて作った巨大なラッパのような、大気を震わせる音圧を伴った悍ましい咆哮である。校舎の奥から悲鳴が上がった。低学年の教室だろうか。あんなもの大人だって肝を潰すのだ、子供が泣き出すのも無理はない。
その悲鳴を聞きつけて飛竜がぐるりとそちらを向いた。気付かれた、悲鳴の方へ行かれては、子供が皆殺しに遭うかもしれない。
『食い殺されたものもいる』沢本から聞いた話が耳の奥で蘇る。
「かっさん、沼田さん……逃げてくれ」
それだけ告げると隼人は立ち上がった。弾かれるように駆け出すと、廊下の隅の箒とバケツを掴んで校庭に飛び出した。
「隼人!何するつもりだ?!」
「そんなもんで何ができるんだ!引き返せ!」
二人の声は耳に入っていたが、当然無視した。あのまま息を潜めていれば、助かったかもしれない。だがそれは、多くの児童の犠牲と引き換えだ。誰だって自分の命が最優先、その選択は誰にも責められないだろう。
だが、隼人はそれを良しとしなかった。ここで逃げれば、舞台から、あるいは従軍から逃げたかつての自分と同じだ。だから隼人は飛び出した。箒でバケツを叩いて飛竜の気を引く。どのみち、この先どう生きていけばいいかもわからない生命、ここで尽きても惜しくはなかった。
「化け物ッ!こっちを向けッ!」
震える足に力を込めて強引に押さえ込み、稽古で培った腹式呼吸を張り上げた。
「どうした?お前らか弱い子供しか狙えねえか?そんな立派な鎧着といて、飛べなくなったら子供殺しのドぐされか?おお?
冗談じゃねえよ!許さねえよ!!さえねえよ!!!まずは俺が相手だ、ぶっ殺してやる!」
喚いたのは己を奮い立たせるためだ。箒もバケツも武器にはなるまい。騒音を書き立てる以上の役には立たないのだが、せめてものよすがであった。
「うっ!」
飛竜の首がぐるりとこちらを向いた。目玉だけで隼人の頭ほどもあるだろう。人間と明らかに違う歪な瞳孔に睨まれて、隼人は息が詰まりそうだった。
生物としての格の違いが横たわっている。質量も、迫力も、その身にまとう威圧感も、何もかもが違い過ぎる。隼人が銃を、いや爆弾を抱えていたとしても、傷一つつけられる気がしない。
「う、ぐ、うわああっ!」
それでも隼人は立ち止まらなかった。立ち止まれば小便を漏らしていただろう。箒を振り回して突っ込む。それは隼人にとっては決死の突貫であったが、雀の涙にも満たぬささやかなものであった。
事実、飛竜が無事な方の翼をばさりと羽ばたかせると、その風圧に煽られただけで隼人はその場ですっ転んだ。
鉈の如く分厚く鋭い鉤爪の生えた足が目の前に迫る。巨体の割に足音が小さいのは、しなやかで洗練された体躯のなせる技だろう。
「ぶ……ぶっ殺してやる!ぶっ殺してやる!」
震え声で虚勢を張ろうとした瞬間、飛竜が吠えた。生臭く妙に熱い吐息と音圧に、体が痺れているのか震えているのかもわからない。
ダメだ。
自分はなんて非力なんだろうか。
時間稼ぎにすらならないのか。
絶望の淵に沈むその瞬間、ふっと隼人の周りが暗くなった。上空に何か巨大な影が現れたのだ。
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