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機操戦伎グレニアヴァール  作者: そのえもん


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上陸②

闇市のうどんが心を解きほぐす。

闇市での再開が隼人をもう一度焚きつける。

そして……それがやってきた。

是非ご覧ください。

「う……うめえ……」

「だろう。麦飯と煮干しの煮たやつとは大違いだ」


 もはや止まらない。隼人は無我夢中で、それでも噛み締めるようにうどんを味わった。


「怪我で寝てる間、お前さん遠慮してメシ減らしてたろ。どうせ天引きなんだから遠慮せず食えばいいのに。

 まあ、そんな図太く生きていけるなら、最初からあんな騒動起こさないか」


 その言葉に一瞬箸が止まる。だが、甘辛いアブラの誘惑は、そんなものすぐに跳ね返した。


「そうそう。若いんだ、食え食え。でも味わって食えよ。

 人間腹が減ると、寒くてロクなことが考えられなくなる。自分がこの世で一番不幸で、役立たずで、惨めで、辛いって思えて、消えたくなる。でも、死ぬのは怖い……そんな時は食うんだ。できればあったかいもの……本当は腹いっぱい食わせてやりたいが、まあ、それは勘弁してくれ、ワシも給料日前だからな」


 隣で一人笑いながらうどんを啜る沼田に、隼人は頭が下がる思いであった。ダシが冷める前に体中を駆け巡ったのか、目頭からも湯気が立ち上りそうなくらい熱くなるのが自分でわかった。

 こんな自分であっても、こんなにも多くの人に支えられて、心配されて生きているだなんて知らなかった。今まで気付けなかった自分がなんて粗暴で、愚かなんだろうかと噛み締める。


「ありがとう……ございます。本当に……ありがとうございます」

「やめろって、店で泣くんじゃない」


 そうは言いつつも、沼田の手は隼人の肩を優しく叩いた。

 隼人は丼をあおった。溢れる涙を誤魔化す為に。


 うどんを平らげて店を出ると、ぶらりと闇市を歩いた。なるほど腹が膨れて温まると、我ながら多少はマシな顔をしている気がする。


「そうかぁ……機操戦伎の関係者なのか。そりゃ、言われりゃ腹も立つか」


 別に隠す必要もないと、隼人は特定されない程度に身の上を喋った。せめて隠し事をしないのが、自分の示せる精一杯の誠意だから。


「しかしまあ……大変だよなあ。戦車乗り……みたいなモンなのかな?よくわからんが。

 博多が抜かれて……いまどこにバクダがいるかわからないらしいじゃないか」

「えっ……そうなんですか?」

「なんだ、新聞読んでないのか」


 そういえばここ数日、不貞寝している間は新聞すら重くて手に取れなかった。ほんの数日でそんなにも事態が変わるだなんて、寝耳に水だ。


「じゃあ……今、機操戦伎部隊はどこで戦ってるんですか?」


 青ざめて飛びつく隼人だが、沼田はそれを冷静に押しのけた。


「知らんよ。新聞読め……どうだろな、それこそ軍しか知らんだろ」

「見失うもんですかね、すごいデカい化け物なのに」

「ワシに聞かれてもわからん。九州のどっかか……そこらの海にでもいるんじゃないか?」


 情報源は皆等しく横並びの新聞なのだ、詳しいことなんて聞いても仕方がない。戦場の日菜たちが心配できる程度には精神面が持ち直したのか、それとも更に不安定になったのか、ざわつく胸では判断できなかった。しかしいくら気を揉んでも何もできないのは、もう何ヶ月も同じではないか。今更荒れることもない。大きく溜息ついて、無理に心を静めた。そんな中。


「おい、そこのあんちゃん。もしかして隼人か?」


 いきなり背後からかけられた声に振り向くと、そこには勝三がいた。


◇◆◇◆


「そうか、お前さん友達いたのか。よかったよかった」


 再会を喜ぶ二人の様子に、沼田は安心したように笑った。

 隼人がドヤ街から抜けた後、勝三は日雇いから手についた職を利用する方向に切り替えたらしい。隼人の髪を切ったあのハサミを片手に、ドヤ街で格安の理髪店を始めたのだ。

 理髪店とは言っても闇市の片隅の空き地、椅子とトタンにでっかく「散髪のみ、20銭」と書いただけの青空理髪店であるが、それでも立派な勝三の城だ。現に今も椅子には散髪中の男がいて、数人の順番待ちがいる。

 喋っている間も勝三は手を休めない。隼人の髪を切ったときよりも、動きが細やかで洗練されているように見えるのは、場数の多さを感じさせる。


「これが意外と需要あってさ。

 ま、道具はこれしかないんだけどな」


 とあのハサミがきらりと光を反射する。古びてこそいるが、手入れは怠っていないのだろう、刃の部分だけはぴかぴかに磨かれているようだった。


「すごいな……かっさん」

「いやいや、最近やっとこなれてきたところさ。最初は加減が思い出せなくて、ぽんぽんハゲ作って殴られたもんさ。

 あ、いやいや、今はもう大丈夫ですからねお客さん。動かないで下さい、耳切っちゃうから」


 ぎょっとするお客を宥めながら、勝三はてきぱきと散髪をこなしていく。

 ハサミ一本で鏡もないこの状況では、複雑な注文には答えられないだろう。だが、そもそも髪型に気を使う人間は闇市なんかには来ないし、そんなものを気にしていられる人間が日本に何人いることか。こざっぱりと清潔にするためだけの粗野なものであるが、闇市の活気に一役買っているようであった。


「いやぁ、大したもんだ。やっぱり手に職のある男は強いね。せっかくだから、ワシも切っていこうかな」


 そうして沼田も順番待ちに並んだ。おかげて隼人と勝三は思う存分近況を報告できそうだ。



「かっさん、ずっとここにいたのか?」


「いや、この前まで西の闇市にいた。一応ここは地元の商工会がやっててさ、俺は手配師を通して偉いさんに挨拶してるんだけど、それでもうらでコレもんがいるんよ。広島だからかな、背中にお絵描きしてるのが」


 と、勝三は自分の頬を指先でついっ、とスジを引いてみせた。


「ははあ……やはりいますか」


 沼田がうんざりと呟いた。国家や自治機能は崩壊には至らずとも、戦争が与えた損害は大きい。そういう輩が入り込む隙間というものは、どうしてもあるのだろう。


「ええ。でも、この店は文字通りこの腕一本ですからね、マズイと思ったら他の空き地に引っ越します。

 連中も縄張りがあるんでね、そこを超えちゃえば手出しはできません」


 勝三はからりと笑った。身軽な青空理髪店ならではの荒技であるが、連中が仁義を通すのであれば、これ以上の方法はないだろう。


「ま、連中はどこにでもいますからね。

 今回に限っちゃ、引っ越したおかげで隼人に会えたわけだし、しかも上司まで連れてきてるんだ、めでたいもんよ」


 勝三とドヤ街で生きてきた時間はさほど長くはない。しかし、それでもドン底のころを共にした人がいてくれるのは心強かった。


「隼人も頑張ってるみたいでよかったよ。慣れたか?今の仕事には」

「え、ああ……まあ」


 勝三の話が一巡りすれば、話題が隼人に回ってくるのは当然だ。しかし、答えにくい。まさか「暴力沙汰を起こして謹慎中」だなんて言えない。かと言って沼田の前で好調だと嘘もつけない。

 どうしたものかと言葉に詰まっていると、沼田がそれに答えた。


「彼は頑張ってますよ。ちょっと不器用ではあるが、根は悪い奴じゃない。

 失敗することもあるが……ま、立ち直れる奴だと皆信じています」


 勝三は頷いた。それが聞きたかったとでも言いたいようであった。


「はは、俺が知ってる隼人となんにも変わってねえや。

 まあ、そのうち自分で胸張って言えるようになれよ」

「……ありがとうございます」

 どうにも照れ臭くて、隼人は曖昧に礼を述べ、不格好に頭を下げた。


 その時である、町中に大音量のサイレンが響き渡った。町の至る所で反響するものだからどこから聞こえてくるのかもわからない。

 どんなに熟睡してても飛び起きるだろうその音に、闇市の喧騒は一瞬で塗り潰された。

 道ゆく人は空を見上げ、子供はその異様な雰囲気にアテられて泣き出す。


「警報だ!」

ここまでお読みいただきありがとうございます、感謝感激でございます。

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あなたの一言が、次の物語を紡ぐ燃料になります。


ここから物語が動きます

ぜひお楽しみに。


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