ドヤ街から這い出せ⑦
暴力沙汰を起こした隼人、
処分は比較的寛大であったが
隼人は完全に心を閉すのであった。
幸い骨に異常はなかったが、全身包帯だらけの隼人は歩くのがやっとという酷い有様であった。一歩ごとに、体のどこかが悲鳴を上げる。
「……戦場で戦っている部隊に身内がいるんです。それをバカにされ、カッとして殴りました……それだけです」
現場の監督、沼田からの聞き取りに対し、隼人は端的に答えた。バクダとの戦いはアメリカとの戦争からそのまま雪崩れ込んだものであるため、戦場から帰ってきていない者はまだまだ多い。ふとした軽口がトラブルにつながることは、刺して珍しいことではなかったのだ。
「そういうことか……判らんでもないが……で?誰と揉めたんだ?」
「背中から殴ったので、相手の顔は見ていません……悪いのは俺です」
頑なな隼人の態度に、沼田はため息交じりに薄い頭を掻いた。小太りで団子鼻のこの男の顔には、それなら最初から暴れるな、面倒ごとはごめんだと書いてあった。
「……そうかい。不器用なヤツだよ、お前はさんは。
そんなんじゃ生き辛いだろ」
「それは黙って聞き流せ、と言う事ですか?身内が命懸けで戦っているのに?」
包帯だらけだというのに声に凄みを滲ませる隼人に、沼田は呆れたように肩をすくめた。
ヤケなのか、執着なのか、沼田にとってはどうでもいいのだが、これで工事に遅れが出れば話が変わって来る。トラブルは可能な限り穏便に済ませ、工程と品質に影響を出さない。それが監督に課された職務なのだから。
「そうじゃない、お前さんのそういうところを言っているんだ。
考えてもみろよ、ここで暴れて……お前さんがここから追い出されたら、戦地の身内が喜ぶのかい?」
「ぐ……ッ」
痛いところを突かれた。というか、そこまで考えていなかった。機操戦伎部隊、しいては日菜や父の命懸けの戦いを軽く扱われるのが、我がこと以上に悔しかった。その気持ちに嘘偽りはない。
今の自分が上手くやっているとしても、それを知らせることを考えると胸が痛む。自分のような裏切り者を、彼らはどう思うだろうかと、考えるだけで気分が落ち込むのだ。
「身内の為に怒れると聞くと美談だがね……それは相手を殴る理由にはならんのだよ。悪くいうなら、身内のせいにして暴れているんだからね。
だってそうだろう?相手にだって……大概心配する身内がいるんだからさ。トントンだ。だから互いに距離を取らにゃならん、おじさんはそう思うんだがなぁ」
誰かが誰かを想う気持ちは、恐らく等しく美しい。怒りに任せて暴力を振るうのは、自分の思いを尊重するあまり、他人の思いを踏みにじる行為に他ならない。隼人は今更それに気づくと、下唇を噛んだ。
「……はい」
「どんな奴にだって、死んだり怪我したりすれば、悲しむなり心配するなり、そういうヤツの一人や二人はいるはずだ。
そういう事を考えられたほうがいい。その方が、世の中は生きやすい」
「はい……すみませんでした」
観念……と言うよりも完全に心を閉ざした様子の隼人に、沼田はもう一度溜息をついた。呆れたというには、少々毒気の薄いものであった。
「判ってくれたと……期待するよ。
お前さんはまじめにやってる。ドヤ街から来たにしちゃまともだから、期待してるんだ。
その様子じゃ仕事はしばらく無理だな。何日か謹慎って形で休んで……また搬入からやれるかい?」
「……ありがとうございます」
また新入りの仕事に戻ってしまった。ただ単にどんな馬鹿でも人手が欲しいという事情もあるだろうが……一方的暴力沙汰を起こした人間に対する処遇としては、随分と温情であった。
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程度の差はあれ度、人間って大概こんなもんですよね。
隼人がやったことは正当化できませんが、悪というには心苦しい。
そういうのは、人間の美しさなのかもしれませんね。感想、コメントお待ちしております。
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