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機操戦伎グレニアヴァール  作者: そのえもん


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ドヤ街から這い出せ②

ゆく宛のない隼人は、広島のドヤ街にいた。

それしか許されなかった。

完全にドロップアウトした隼人は、このまま腐っていく自分を受け入れつつあった。


「いてて……あー、クソが」


 頭が痛いのは二日酔いだ。だが、ここ数日の頭痛は、酔いとはまた少し違って酷い吐き気を伴った。ホルモンが痛んでいたのか、あるいは横流しされた工業用アルコールだったのか。どちらでも構わないし、仮に両方だって知ったことではない。病気になろうが内臓を壊そうがどうでもよい、何しろ長生きする理由もないのだから。

 このクソみたいな人生から目を逸らして、道端の吐瀉物と同じように乾いて風化していくのが、腐った人間にふさわしい顛末ではないか。


「おい、あんちゃん……大丈夫か?ほれ、水だ」


 似たような身なりの男が声をかけてきた。鼻先に差し出されたのは、空き缶に注がれた水。


「あ、ああ……すまねえ」


 震える手は爪の先が真っ黒であったが、それでもなんとか受け取ると、一気に飲み干した。井戸水か雨水かも判断がつかないが、どちらにしろ今の隼人には甘露であった。


「うっぷ……」


 異常な胸のむかつきを手で抑える。悪酔いなのか中毒なのか、今が昼なのか夜なのかもよくわからない有様だ。

 隼人の醜態を見かねてか、男は隼人を引き起こすと、近くの塀に寄りかかるように座らせた。このまま横になったまま吐いた日には、吐瀉物をのどに詰まらせて死にかねなかった。


「まだ若いだろうに……なんでこんなところに?」

「……放っといてくれ。珍しくないだろ」

「そうでもねえよ」

「なんでさ」

「あんた、堅気じゃないだろ。いやヤクザとかじゃなくて……踊りとか、武道とか、そういう世界の人間だろ?珍しいよそんな人」

「うるせえよ……野暮なこと聞くな」


 隼人はそのまま俯いて心を閉ざした。焦点も合わない目で、ただだだ暗く落ち込んでいく。

 悲しみとか苦しみとか、そういう劇的なものではなない。ただ空虚で、何もかもが自分から遠いところで起きているように感じた。全国を巡業生活していた隼人にとって、春先の広島はまあまあ暖かい。そう簡単に凍え死ぬことはなさそうであった。


「あんちゃん、仲間が鍋やるんだ。行こうぜ」

「この先の寺で炊き出しがあるらしい、粥が食えるぞ」


 あの男は、それからなにかと隼人に声をかけるようになっていた。名前も知らない中年男であるが、日雇い労働を除けば、唯一に近い他者との関わりであった。それでも、互いの名前すら知らないのだが。


 それから三ヶ月も経ったろうか。春めいてきたある日、隼人はあの男に連れられて寺の炊き出しにありついていた。白湯のような粥は腹を満たすには遠く及ばず、死ぬのを先延ばしにする為だけのもの。それでも文字通りないよりはマシだと無感動に腹に流し込むのにも慣れたものだった。

 さて、動いて腹を減らすのも勿体ない、どこかでじっとしていようか。と野良犬のようなことを考えてふらふらしていた隼人であったが、急に呻き声を漏らしてその場にしゃがみ、両手で顔を隠した。


「見るな!見ないでくれっ!」


 明らかに取り乱した様子で物陰に飛び込む隼人に、男はびっくりして辺りを見渡した。


「どうしたんだよあんちゃん。こんな昼間に幽霊でも見えたのか?」

「そうじゃない!……そこに、気の強そうな顔つきの……眉の太い小柄な娘がいるだろう?」


 突如、日菜と目があったのだ。


「はあ?」

「昔の知り合いだ、見つかりたくない」


 何もかも捨てて腐り切った隼人でも、浮浪者同然の身になった自分を一座の人間に、ましてや日菜に見られるのは心底嫌だった。


「……何言ってんだ、あんちゃん。

 こんなところに若い女がいるもんか、見間違いじゃないのか?」

「……本当か?旅芸人みたいな連中と一緒じゃないか?」

「バカ言え、そんなのがドヤ街に来るわけないだろ。ドヤの連中にそんなの観に行く金があるか?落ち着いて深呼吸だ」


 男に背中をさすられているうちに、隼人は徐々に落ち着きを取り戻していた。

 確かに日菜がこんなところにいるはずない。隼人が自らの手で鎮守府に送り届けたのだ、いるなら軍である。なんなら、日本にいるかも疑わしい。


「……それもそうか。

 似たやつでもいるのか?」


 ちらりと顔をあげてみると、隼人の奇行が届いたのだろう、周囲の連中がみなこちらを観ている。

 怪訝そうな顔、迷惑そうな顔もあれば「まだ若いのに」と気の毒そうにしてくる奴まで多様である。無論、日菜に似た顔の物などいるはずがない。そもそも殆どが中年以上のおっさんなのだから。


「ほら、気のせいだろ?」

「だとしたら、妙だ」


 隼人がぶっ壊れて幻を見たのなら、見える顔は決まっている。一人で姿を消した、そんな自分に対する軽蔑、あるいは失望の顔に決まっている。

 はっきり覚えている。どちらでもなかった。

 こちらを見た日菜は、行儀良く外面を取り繕ったよそ行きの顔、言わば機操戦伎の役者、榊浦鉾蘭としての顔であった。

 なにと見間違えたのか気になる。というかこの先、何かある度にこんな騒ぎを起こしていてはたまったものではない。

 もう一度日菜が見えたところに足を運んで辺りを見渡す。そして気づいたのだった。


「これか」


 薄汚れた古新聞。炊き出しに群がるドヤの住人が敷いていたのだろう。湿って穴が空いている。

 そこには大きく『榊浦鉾蘭、父の仇討ち』の見出しと、よそ行きの顔で写った日菜の写真があった。

 湿気を吸ってヨレヨレであったが、一応原型を保っている。豆腐を持ち上げるより遥かに気を使ってそっと拾い上げる。

 殆ど擦り切れてしまっているが、部分的にはまだ読めた。

 記事は数日前のものだ。日菜がどこかの戦線で八幡颯天に乗り込んで出撃、飛竜騎士を辛うじて撃退し、兵を大いに鼓舞したようだった。

 隼人は目頭が熱くなった。胸の内に凝り固まって岩のようになっていた物が溶けて噴き出した。


ここまでお読みいただきありがとうございます、感謝感激でございます。

気に入っていただけたら、お気に入りやブックマークで応援してもらえると本当に励みになります。

あなたの一言が、次の物語を紡ぐ燃料になります。

隼人はこの前腐り落ちてしまうのか……果たしてどうなるでしょうか?

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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは一切関係ありません。


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