七 ドヤ街から這い出せ
日菜の従軍を後押しするため、隼人は一座を裏切った。
しかし、従軍した日菜のそばに隼人の姿はなかった。
自分が人形遣いとして日菜と共に戦える。それなら隼人は日菜と一緒に鎮守府へ残っただろう。だが、現実はそうもいかない。隼人にはどうしても、日菜と共に従軍する覚悟を決められなかった。
短い時間でも、稲若丸に乗って隼人は確信したのだ。やはり機操戦伎の操演席は、手足の長い隼人には狭い。
出入りが厳しいとか手足が当たるとかその程度の話ではない。一挙手一投足のすべてが制限されると言っていい。演者の動きをトレースして動く機操戦伎の機械人形にとって、それは常に動きを制限されるのと同じだ。肘や膝を伸ばせぬように縛り上げられるのと近い。それで殺し合いに身を投じるだなんて、余りに恐ろしかった。
少し動かす程度ならどうにかなるだろう。だが、あの場でも別の者が機械人形を持ち出しせば、あっさりとねじ伏せられていたかもしれない。その状態で飛竜騎士とーーましてや榊浦剣楼を死なせるほどの相手と死闘を繰り広げるのは、自殺行為だ。自分はもちろん、下手すれば日菜まで巻き込むだろう。
かと言って日菜を止めようとした皆を裏切った彼は一座にも戻れない。故に、隼人はそのまま呉から姿を消すしかなかった。皆の目が日菜に集まっている間に鎮守府を抜け、市街を駆け抜けるとそのまま汽車へ飛び乗ったのだ。
行先は広島である。呉から離れられれば東京でも大阪でもどこでもよかったのだが、急なことで持ち合わせがなかった。
呉の町は大きいが殆どが軍需産業、着の身着のままで飛び出し、なんの身分証も持たない隼人を使ってくれる所はないだろうと踏んだ。
広島はこの近辺では最も大きい町である。ここならば、なんの行く当てもない根無し草でも、日銭を稼いで生きながらえることはできるだろう。
日雇いの港湾労働は、最低限のやりとりができて健康な手足さえついていれば、なんとか仕事にありつける。自分の頑丈な体に感謝したくもあり、手足の長さが原因で機械人形に乗れなくなったことを考えれば恨めしくもあり、何とも複雑であった。
慣れない仕事に手間取り、怒鳴られながらも一日を過ごせば、最低限の日銭は確保できる。闇市の狂ったように安いすいとんは重湯のように薄く、よく匂いを嗅ぐとうっすら小便臭い気がしたが、息を止めて腹に流し込んだ。これまた不安になるくらい安い串焼きは、何かの内臓なのだろう、脂っこくていくら噛んでも噛み切れなかったが、ガツンと利いたニンニクのおかげで、正体を気にせず食えたのはありがたい。
夜は安いだけが取り柄の簡易宿所、いわゆるドヤで過ごした。常にどこか饐えた匂いが漂う雑魚寝の大部屋、その片隅で小汚く変色した布団をかぶって夜を明かすのは、あまりに心細かった。
だが驚くべきは、そんな自分と同じような生活を何年もしているような連中が、ここにはうじゃうじゃしている。
自分は今までなんて恵まれていたのだろうか。隼人はもう戻れない一座に思いを馳せて、ため息を吐いた。
一か月もすれば、小奇麗だった隼人はすっかり無精ひげとぼさぼさの頭となっていた。いつのまにか拾ったようなボロい服に首からタオルをかけた、浮浪者一歩手前の姿。
かつての物静かだが少し繊細で、思慮深い隼人は死んだ。今ここにいるのは、ギリギリ餓死しない程度に日銭を稼いでは、得体のしれない泥水のような安酒で未来の不安を麻痺させる小汚い男だ。道端で眠る日もあれば、路地裏で火を焚いて暖を取ることも珍しくない、立派なドヤの住人。
ドヤの住人はやくざ者や流れ者ばかりではない。焼け出された人や戦災孤児もいれば、隼人のように帰るところのない者も多くいた。
だから皆、他人の過去をむやみに詮索しない。皆どこかに傷を負っているのだと知っている。だからせめて痛みから目を背けてやるのが、すべてを失った人間たちが最後に残した優しさと権利なのであった。
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隼人はどん底です。
本当にこれはロボットものなんだろうか。
ドヤ街に落ちる主人公ってなんだよ。
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