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機操戦伎グレニアヴァール  作者: そのえもん


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おてんば姫④

最早逃げられない。

日菜が最期にすがるのは、やはりあいつだった。


「クソがっ」


 人間には向き不向きがある。日菜のようなまっすぐで力強く、どこか華のある人間というものは普通に歩くだけで目を引く。舞台上では素晴らしい才能だが、闇に紛れて逃げるには全く向かない。

 当然、あっという間に見つかった。それでも金網をよじ登り、あたりの資材やらを蹴倒し、崩れ落ちる雨樋を駆け上がって屋根へ駆け上がった。そこから屋根から屋根へ飛び移る大立ち回りをやってのける。


「参ったな……どうしたもんか」


 このままでは騒ぎが手に負えなくなる。鎮守府から騒ぎを聞きつけた兵隊が駆けつけるかも知れない。


(いっそ火でもつけて兵士を集めるか?とっ捕まって、森川少佐に繋いでもらうか?)


 一瞬頭によぎった考えを舌打ちで切り捨てる。バカげている、そんなことをすれば従軍より先に刑務所行きだ。一座の名前にどんな傷がつくか想像もつかない。

 考えながら夜空を駆けるのは絵になるが、それを暗い中でやるのは愚かであった。飛び移った倉庫の軒先を踏み抜き、日菜は盛大に滑り落ちた。


「ひぁっ……グェッ!」


 一度下屋に落ち、転がってから軒先の植え込みに落ちたのは幸運であった。

 それでも、打ちどころが悪ければ骨折、なんなら死んでもおかしくない高さである。流石の衝撃で目の前に星がちらつき、身動きが取れなくなってしまった。


「クソが……ぐっ」

「鉾蘭!大丈夫か?」

「みんなこっちだ!お嬢が屋根から落ちた!戸板持ってこい!」


 流石の派手な落ち方に、駆け寄った皆は押さえ込むよりも先に心配を口にした。

 だが、日菜はそれでも諦めなかった。起き上がれなくとも、這いつくばってその場から逃げようとするではないか。


「お嬢動くな!頭打ってるかもしれないだろ!」

「うるさい!アタシは……アタシは行かなきゃならないんだ」


 これもうわ言のように繰り返す有り様だ。ここまで来ると執念すら通り越して怨念。無論、立ち上がれもしない怨念では、逃げ切ることは到底不可能なのだが。


「戸板持ってきたぞ、そっと乗せろ」

「そっちは足持ってくれ、鉾蘭!じたばたするな……いい加減諦めろ」


 誰一人として怒っていない。皆、日菜の怪我を心配しているし、彼女の気持ちは痛いくらい理解している。だがその上で、家族同然の日菜を思って追っているのだ。

 日菜もそれは判っている。だが、それでも止まれない、それを押して行こうとするのが、日菜の意志であり、意地であった。

 日菜はその最後の意地に火をつけた。胸の中で燃え上った意地は喉を震わせ、明け方前の一番寒い空に響いた。


「隼人っ!隼人ぉおおっ!」

「あんまり大声出すなよ鉾蘭」

「もうやめてくれお嬢、大声はマズイ。軍人が来たらどうするんだ」


 深夜とは言え軍港だ、人が完全にゼロになる事はまずない。派手に暴れれば確実に人が来る。人気のない港で女の口を塞ぐだなんて暴漢ではないか。


「やべ、誰か走って来るぞ」


 遠くから人影が駆け寄ってくるのが判った。暗い空をバックに近寄って来るそれは、黒い人影となって誰だか判別がつかない。


「軍人か?」

「いや、懐中電灯も持ってないぞ……あれは」


 そこで皆は気付くのだった。足音はあまりに巨大で、地面を揺らすほどであると。駆け寄ってくる人影はあまりに巨大であった。

 もちろんその正体は人間の十倍を遥かに超える機操戦伎、稲若丸であった。


「機械人形だと!」

「誰が乗ってるんだ?大馬鹿野郎!」


 慌てふためく一座の皆だが、巨大な機械人形が相手では抵抗することもできない。呆気に取られている皆の担いだ戸板から、鋼の巨人は優しく日菜を掬いあげた。


「……誰が乗ってるんだ?」


 稲若丸の掌、親指にしがみつくようにして日菜が身を起こした。その顔には、薄い笑みが浮かんでいる。勝利を確信したのだ。


「……行こう!」


 その指の指す先は、呉鎮守府であった。稲若丸が頷き、ゆっくり踵を返した。


「それでいいんだな、隼人!」


 夜明けの近づく空に、剣之丞の声が響いた。その言葉に稲若丸の動きが凍り付いたのが、何よりの返事であった。


「顔が出てなくたってわかるぜ。この俺が、一瞬生身が走ってくるのかと本気で思った。

 お前やっぱりスジいいんだな。裏方にしとくのはもったいないよ……残念だ。

 でもな……いや、動きがいいからわかっちまう。手足が伸ばせないのが透けて見えらあ」


 剣之丞の目は確かであった。実際、手足の長い隼人にとって、稲若丸の中は非常に狭苦しいものであった。

 何から何まで看破された隼人は、観念したように口を開いた。


「……兄さん、すいません」


 隼人は背を向けたまま答えた。文字通り、向ける顔がない。誠実さと情の厚さが、今夜の隼人を何度も裏切らせたのだ。


「俺ぁ、やっぱり……日菜の涙だけは、見たくないんです」


 隼人は見てしまったのだ。遠い戦場の空に向けて手を合わせていた日菜の目元、ほんの僅かではあるが、確実に涙ぐんでいたのだ。


「言うなよ……バカ」


 日菜が噛み潰すように呟いた。これほど可愛げのない隕石のような少女でも、泣いていたことを言われるのは恥ずかしいようだ。


「悪い……一気に行くぞ。しっかり掴まれ、離すなよ」

「どうするつもりだ隼人!鉾蘭と一緒に、稲若丸連れて従軍する気か?まともに手足も動かせない奴に何ができる?」


 稲若丸はもう振り向かなかった。だんと地面を揺るがすように踏み切ると、その巨体は既に宙にあった。

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