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機操戦伎グレニアヴァール  作者: そのえもん


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おてんば姫②

おてんば姫が大人しくするわけがない。

誰もが知っていた。

あまり当たって欲しくはなかったが。

 夕食も、風呂も、その後の余暇さえも日菜は静かだった。従軍すると言い出したのなんて夢でも見ていたんじゃないだろうか。そんな風に思ってしまうほど、日菜の様子はいつもと変わらない。もっとも、日菜を知っている身からすると、その沈黙が一番恐ろしいのだが。

 その晩の月のは明るかった。星は出ているが、劇場と鎮守府に挟まれたここは夜空も狭く、見応えがない。もしかしたらこういう時に煙草を吸いたくなるのかな、と思いを巡らせながら、隼人は物陰でその時が来ないのを願う。

 四月と言えど深夜はまだ寒い。一枚多く着てきたつもりだが、備えが足りなかったと後悔する隼人である。

 うつらうつらしていると、遠くで柱時計が二度鳴った。

 闇の向こうから足音が近づいて来る。そいつは稽古場からここへ繋がる裏木戸を乱暴に開け、月明かりの下へ姿を現した。

 日菜である。背負った大きな風呂敷包み、中身は数少ない私物だろう。

 まだ目が闇に慣れていないのだろう、物陰にいる隼人に気付かず、そろりそろりとこちらへ近づいて……こちらに気付かぬままこちらに尻を向けてしゃがみ込んだ。

 擦過音と共にオレンジ色の光が一瞬だけ日菜を照らし、硫黄がつんと鼻孔を刺してすぐに消えた。やがて青い月光に細い煙が立ち上り、辺りには白檀の香りが漂う。


「従軍前に線香か、親孝行なのか親不孝なのかわかんねえな」


 ぼそりと隼人がそうこぼすと、日菜は跳び上がるほどに驚いたようだった。寝巻ではなく、稽古着である。


「……びっくりした。隼人、いたのか」

「ああ。来るとしたらここだろうなって、想像してたよ」


 日菜がこっそり線香を立て、戦場へ向けて手を合わせていたこの場所。二人しか知らない、秘密の場所である。

 日菜は線香に向き直り、再び手を合わせた。その背中に隼人は喋りかける。


「どうしても行くのか、日菜」


 一拍おいてから、日菜は頷く。


「うん」

「太夫は……喜ばないぞ」

「そんなことない、精々半々だよ。

 アタシが戦場に来るのはイヤかもだけど、八幡颯天が活躍して、機操戦伎が武人に戻るのは喜ぶ。いってこいじゃね?」

「ならねえよ、バカ」

「百年ものの誇りだぜ?愛娘の命くらいの重さはあるだろ」

「日菜の方が重い」


 即答する隼人に、立ち上がった日菜は少しばかりバツが悪そうに頬を掻いた。


「……だとしても、このままじゃ日本がやられちゃうだろ。日本が焼け野原になったら、アタシらだってどうなるかわかんない。戦場には八幡颯天が必要なんだ、わかるだろ?」

「それは日菜じゃなくていい。って言っても聞かないんだろうな」


 隼人の口調は一見冷静であるが、これは半分諦観でもあった。


「もちろん。わかってるじゃないか。

 流石に騒いだからね、劇場の正面は誰かが張ってる。でも、こっから出れるのを知ってるのはアタシらだけだ」

「どうするつもりだ?」

「ここから出て、ぐるっと軍港を回って鎮守府へ行く。鎮守府なら夜通し人がいるだろ、絶対。

森川少佐が話を通しておいてくれたら助かるんだけど……どうかな」

「こんな深夜に鎮守府に駆け込んだって、捕まるだけだ」

「大丈夫さ。ここの軍人でアタシの顔知らないやつは、ほとんどいない。我慢してブロマイド売った甲斐があったよ……じゃ、行こうか」


 日菜はこちらに笑いかけると、夜風に吹かれるようにふらりと歩き出した。


「流石隼人だ、アタシは信じてたよ。隼人なら分かってくれるって、隼人さえいれば、アタシは戦場だろうが地獄だろうが怖くなんて……」

「待てよ日菜」


 どうやら彼女は、隼人が自分の側だと思い込んでいるらしい。


「なんだよ、でっけえ声出すな。誰かが起きてきたらどうすんだ」

「悪いな」


 隼人が懐から取り出したそれは、月明かりを反射してきらりと光る呼子であった。その手には、ためらいも震えもない。


「……待てよ隼人、裏切るのか」


 闇の中で日菜の目が揺れた。信じていたものが崩れたものを見てしまった、あの顔である。


「最初っから裏切ってねえよ。見張ってたんだ」


 そう口走った瞬間、隼人は真横にふっ飛んで地面を転がった。流れるような日菜の回し蹴りは、体重の軽い彼女が放ったと思えない重さがあった。


「ちぃっ!」


 舌打ちをして離れていく日菜の足音。すぐさま身を起こすと、駆けていく日菜が闇に溶け込む瞬間が見えた。

 隼人は呼子笛を思い切り吹き鳴らした。

ここまでお読みいただきありがとうございます、感謝感激でございます。

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さて、おてんば姫はどうなることやら……

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