戦場へ⑤
日菜はいつでもそうだ。
すっきりした顔で爆弾を放り込む。
今日もそうだった。
隼人は少し離れたところから取材を眺めた。
どうにも不穏な森川であるが、取材内容は真っ当なものであった。
「剣之丞さんと機操戦伎の出会いからお聞きしましょうか」
「そうですねえ……」
取材の入り口は剣之丞と機操戦伎の出会いからであった。
「私は元々どうしようもない人間でしてね、榊浦剣楼戦伎太夫に拾っていただかなかったら、今頃檻の中にいたかもしれない、そんなやつなんです」
「ほぉ、それは意外だ。優男とばかり」
「それはもう、太夫に叩きこんでいただいた賜物ですよ。おかげで女性からの印象だけはよくてね」
「そうでしたか、残念だ。是非私も叩きこんでいただきたかった」
冗談を交えながら進んでいく様子は、取材と言うより座談会のようであった。物心ついたころから一座に剣之丞がいた隼人にとっても貴重な話であった。
「それでは、次の話題に参りましょう」
森川が切り出したのは、剣楼の死によってこれからの一座の公演と展望がどう変わっていくのかであった。面と向かっては聞きにくいが、隼人も気になっていたことである。
「そうですね……残念ながら現状、私の希望は大きな問題ではありません。座長としては代行ですからね。
このご時世、軍の支援を受けているとは言え、派手なことはどうしても障りがある」
「しかし、剣楼さんはお亡くなりになっている。事実上の座長でしょう?機操戦伎協会からも、剣之丞さんに座長の打診が来ていると聞いております」
「えっ」
思わず声を上げたのは隼人であった。
協会とは、機操戦伎の興行団体を統括する組織である。全国を飛び回っている連中が多いので、これといって表立った活動はないが、大名跡の後継やら若手の昇進やらの推薦や承認といった、いかにも権威付けといった感じの老人たちであった。なるほど、剣楼の急死とあれば、後継者の選定も彼らの仕事かもしれない。
はぁ、と大きく溜息をついたのは剣之丞である。
「……困りますよ森川少佐、誰も知らないんだから」
「そうでしたか、これは失礼。しかしその様子だと、お受けにならないのですか?」
「当たり前でしょう。
剣楼さんはあの頃の、どうしようもない野良犬だった私を人間にしてくれた恩人だ。ここはその恩人の一座です、守るのに命を賭けるのは当然ですが、簒奪するような真似はできません。協会が許そうがお天道様が許そうが、私が許しません。
娘である鉾蘭がいるんだ、あの子は若いがスジも悪くない。いずれ彼女に継いでもらうのが筋ですし、それが太夫への恩返しです」
「なるほど……いやあ、素晴らしい。何とも義理堅い、仁義の通ったお方だ。最近の若者からはなかなか聞けない、素晴らしいお考えだ」
幾分曲者そうな森川だが、態度に似合わず人情話が好きだったのか、軽く拍手さえしてみせた。
が、そこに水を差したのは、隼人の後ろから割り込んだ声であった。
「兄さん、いいよ。代行なんてややこしいことしないで、継いじゃいなよ剣楼。誰も文句言わないって」
無粋の極みみたいなことを口走りながら、声の主は隼人の横を通り抜けて、剣之丞の横に腰を下ろした。無論日菜である。
「アタシもここから喋るよ、そのほうが将校さんも手っ取り早いだろ?」
「これはこれはお気遣いどうも。
しかし鉾蘭さん、今のはどういった意味ですか?
剣之丞さんに座長になって欲しいだなんて……鉾蘭さんも役者さんでしょう」
「もちろん。私はいずれ戦伎太夫になりますよ、女の戦伎太夫なんて、百年くらい出てないはずです」
日菜の喋りは力強く、竹を割ったように真っ直ぐだ。
「素晴らしい志をお持ちだ。しかし、なればこそここで一座を継ぐのは正道なのでは?」
「そうですね……今でなければ」
隼人は胸騒ぎがした。ここから日菜の顔は見えないが、声色で判る。きっと今の彼女は、憑き物が落ちたようなすっきりした顔をしているに違いない。
こういうときの日菜は、なにかとんでもないことをやらかすのだ。
「鉾蘭、お前何をするつもりだ?」
「今でなければと仰いましたね、どういうことですかな、鉾蘭さん」
「森川少佐、すまないか今日はここまでにーー」
隼人と同じ嫌な予感を感じ取ったのだろう、日菜の襟首を掴んで引っ張ろうとする剣之丞であったが、日菜はそれをするりと躱し、力強く言い切った。
「一座は剣之丞の兄さんに任せる。
私は志願する、機操戦伎部隊へ」
一瞬、時が止まった。剣之丞は凍り付き、森川は口を半開きにし、あの陰気なカメラマンすら動きを止めた。そんな中、隼人は額を抑えた。
日菜はきっと最初から、これを言うつもりで取材を受け入れたのだ。
「鉾蘭さん、私の前でそれを言うのは、冗談では済まされませんよ」
そう言った森川は、さっきまでとは顔つきが違った。
先ほどまでのは、雑談から情報を引き出すための取材の顔であった。今その顔からは、笑みと余裕がごっそり抜け落ちている。必要とあれば感情を殺し、目の前の事象に冷徹に取り組む軍人のそれに代わっていた。
「鉾蘭!お前自分が何を言ってるのか判ってるのか?」
「判ってる。一座にも、戦場にも人が足りない、誰かが戦わなきゃならない」
「だとしてもそれはお前じゃない!女なんだぞ!」
「女は理由にならない、機操戦伎ならね。だって、戦国時代から女が頭目だった時期もあるんだから」
「ダメだ!危険すぎる!太夫が死んでるところに、お前を行かせられるか!」
「でも、誰かが必要なんだ!
八幡颯天が戦場の拠り所だったなら……私はそっちを継ぐ」
「バカも休み休み言え!太夫が……太夫がやられた戦場で、見習いのお前に何ができる?!
戦場の拠り所だ?思い上がりやがって、胤舜一つこなしただけで一人前気取りか?」
「そうじゃない!
私じゃない!拠り所は私じゃなくて八幡颯天なんだ!
大阪城の秀頼も、慶喜も、個人の戦力が必要だったかい?違うだろ?拠り所が出てきて、一緒に戦ってる、その事実が前線を勇気づけるんだ!あいつらはそれができなくて負けたんだろ?
たとえカカシでも、支えになれるなら、アタシはそれでいい」
大坂夏の陣と鳥羽伏見の戦い、両者とも機操戦伎の演目にもある古い戦だ。どちらも総大将が城に閉じこもって打って出ることはなく、それが敗因の一つとなった。幼い頃から腐るほど見ていた日菜にとって、八幡颯天を動かさないのは、それと同じ愚策に見えた。
「だとしてもだ!お前を行かせるくらいなら、戦場へは俺が行く!」
「それはダメだ、兄さんが従軍するなら飛麟児と一緒でしょう?戦場で結局八幡颯天が余っちゃう、それじゃ意味がない。八幡颯天が戦わなきゃダメなんだ。
それに舞台から飛麟児がいなくなったら、一座はそれこそどうするのさ?代行どころか、他の一座に吸収されちゃうじゃないか!」
八幡颯天、蒼鉄ノ誉、飛麟児、これらは文字通り花形の機械人形である。このすべてが失われれば、榊浦流の一座の集客力はほとんどなくなってしまうだろう。協会が榊浦流の解散、他一座に吸収の判断を下す可能性は高い。
「理屈ばっかりこね回して!死にたいのか!?」
「死にたくない!でも、これ以上死なれるのもイヤだ!」
ガツンと剣之丞が怒鳴れば、ズドンと日菜が言い返す。両者ともやたらと声がでかいものだから、迫力が凄い。
「なんだそれは!子供か?!」
「目を瞑るのが大人なのかよ、だったらアタシは子供でいい!
私は最近まで、太夫にも砲園さんにも稽古つけてもらってた。稽古だけだけど、八幡颯天に乗ったことだって何度もある。
今、一座で……いや、日本で八幡颯天をまともに動かせるのは……アタシしかいない」
日菜が言うことは全て事実である。だからといって、最善の策ではないことは明らかである。
「だからって……お前が……ッ!」
日菜は強欲である。戦場に戦力を送り、戦場と国民の心の拠り所である八幡颯天を戦場に戻す。一座に集客力と実力のある役者を残す。その全てを叶えようと言うのだから。
日菜はバカだが愚かではない。その強欲が、日菜自身に最も命の危険を強いると言うことは、勿論理解している。
「お前まで死んだら……俺は太夫に顔向けできねえよ」
血を吐くような剣之丞のもの言いに、日菜は一瞬言葉を失ったが……すぐに笑ってみせた。ほんの少しだけ痛々しく。
「そん時ゃ……アタシが向こうで太夫に謝っとくさ。大丈夫、恨んで出たりしないから」
「バカ野郎っ」
今にも取っ組み合いを始めそうな両者に挟まれて、森川少佐がため息をついた。
「困ったな、どこまで記事にして良いのやら」
隼人は初めて森川に同情した。
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日菜はやはり爆弾です。ある種英雄の気質でもあるのかもしれません。
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