戦場へ④
慇懃無礼な奇妙な軍人であった。
それが日菜の心を掻き毟るのを、隼人はどうしても防ぎたかった。
しかし、この男は手ごわそうだ。
「ほう、壮観ですな。空っぽの劇場というものは」
森川少佐とカメラマンを通したのは観客席、仮設桟敷の片隅であった。
小松が茶を出す。隼人はこんな連中を相手にしていたくはなかったが、劇場内をうろつかれて勝手に写真を撮られたり、余計なものを盗み見られたりしてはたまらない。取材が始まるまで口を聞いてやることにした。
「他の舞台と比べても広いですからね……ご覧になったことは?」
「ありますとも。
小さい頃は機操戦伎を何度か見ましたよ、祖父が好きでしてね。どこの劇場かは覚えておりませんが。
確か……演目はヤマタノオロチ退治だったかな?」
「へえ、ならば結構大きなところですね」
「ほう?判るのですか」
「あの演目は手間がかかるのです。ヤマタノオロチは特殊な装置を組むのですが、これの操演には人形使いが……最低でも五人は必要です。
だから小さなところではできません。特にここ数年は戦争もあって古典より新作の方が好かれる」
奇しくも森川の挙げた演目は、隼人の好きなものであった。ここ数年は戦意高揚を優先して出番がないが、機械人形の技術を転用して作られる、更に巨大なヤマタノオロチの迫力は凄まじいものだった。
「そうでしたか、これは良い物を見させてもらっていた。まあ、三十年以上前なのであまりよく覚えていないのですがね。
恐ろしい物だったという印象だけは焼きついております」
ぱっと見の印象より森川は年嵩らしい。笑うと目尻の皺が深まるのと、よく見れば白髪が混ざっているところから、四十は超えていそうだ。
「確かにすごいものですが、それでも五十メートルはありません。少佐殿ならもっと大きな軍艦を目の当たりにしているのでは?」
「確かに軍艦の方が大きく、重い。ですが仕事柄、どうしてもその奥に人間がいると透けて見える。
私が子供だったのもあるのでしょうが、あの頃は本当に化け物が出てきたと肝を潰したものです」
「なるほど、人間の匂いを消していましたか。当時の役者が聞いたら喜ぶでしょう」
はははと笑うと、森川は少し目の色を変えた。少し喋り過ぎたか、この男に興味を持たれるのは面倒であった。
「失礼ですが……お兄さんは役者さんで?」
「いえ、裏方です。雑用の下っ端ですよ、だからあのように献花台の片付けを」
「はて、そうでしたか。いやね、裏方にしてはどうにも……こう、いちいち所作が洗練されているように見えましてね。
なんらかの武道の達人に近いが、それよりも少し軽いというか、軽やかで流れるようだ。軍人はもっと堅くて遊びがない。そうなると……もしかして役者さんかと。
ほら、鉾蘭さんとも親しげでしたから」
目ざとい。穏やかな雑談の中に探りをまきまれこませているのが実に厄介だ。
「いえいえ、ただの雑用ですよ。小さい頃からいるので、顔だけは馴染んでいるのです。
所作はどうでしょうね、門前の小僧のなんとやらという奴では?所作や言動はうつるのでね、裏方もわざわざ悪くはしませんよ」
「ほう、丁寧なものだ」
丁寧だが遠慮をしない。よく拭いた土足で懐に上がり込んでくるような立ち回りが鼻につく。怒りに火をつけるのをぎりぎり躊躇わせる僅かな嫌悪に、隼人は多くを語らないよう、心に鍵をかけた。
「いやいや、素人目には勿体無いのですがね。中々の男前ではありませんか」
「機操戦伎の本番中は顔が出ません、素質にはなりませんよ。
男前の度合いなら、それこそ少佐殿には負けます」
「はは、若いのに口が上手い。ますます役者のようだ」
実に手強く執念深い。おそらく騙し合いでは隼人に勝ち目はないだろう。
「なんだか変わった方ですね。失礼ながら軍人というか、坊主や先生と喋ってるみたいだ」
「なるほど、誰かの言葉を都合よくこね回して、檀家や学生に都合のいい話を刷り込む点では、親しみが持てますな」
自覚があるのかと隼人が目を白黒させていると、そこに剣之丞が現れた。
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