戦場へ③
父、榊浦剣楼の死は日菜に、一座に、日本に大きな打撃を与えた。
だからこそ、世間は彼らをそっとしておいてはくれない。
また一人、無遠慮な軍人がやって来る。
世間的に榊浦剣楼は、機操戦伎の兵器転用における第一人者であった。
現時点でどれだけの機械人形が戦地に送り込まれたのかは知らないが、その中でも目立つ手柄を立てている。いわゆる先行者優位というものもあるだろうが、頭ひとつ抜けているのは純粋な技量の高さや、機械人形の性能の高さによる戦果が大きかったはずだ。
朗報を齎し得る人間。その期待は彼をあっという間に英雄の座へと押し上げていた。
ところが、そんな剣楼が死んだ。軍部も露骨な戦意の低下は避けたかっただろう。しかし、命懸けの戦いの最中であれば、隠蔽工作に割く手間すら惜しいのか……あるいは隠し通す方針を変えたのかは知らないが、剣楼の訃報はその数日後には小さく手短に、紙面の片隅に載った。
鎮守府の真横ということもあって大きな混乱はなかったが、一週間ばかり喪に服するとして舞台は休演となり、劇場の入り口には粗末な献花台と線香立てが置かれた。
がむしゃらに体を動かしている間は向き合わずに済んだが、実際まとまった時間を与えられてはそうもいかない。
平時であれば葬式なりなんなりで大忙しなのだろうが、戦場から遺体どころか骨すら戻ってこない今は、それも満足にできない。
つまるところ翌朝、日菜は起きて来なかった。
「そっとしといてあげなよ」
「言われるまでもないですよ」
弓江に言われて頷く隼人であるが、この妙に色っぽい先輩役者は意地悪く笑った。
「じゃあそわそわするのをやめるんだね。隼人の様子がおかしいと、みんなが気づくんだ『ああ、お嬢落ち込んでるんだな』って。気ィ使う」
「そわそわしてましたか?俺」
「あらやだ、自覚ないんだ。
用事がなけりゃ互いに探してるくせにさ。まあ……ひどく様子がおかしけりゃ教えてやる、だから静かにしてな」
「……ありがとうございます」
昼も過ぎた頃、献花台には多くの花が供えられ、線香の煙が立ち上っていた。
気持ちはありがたいが、これ以上増えては路上に溢れる。片付けてていると鎮守府から二人の男がツカツカと近寄ってくるのが見える。
一人はなにやら大きな荷物を抱えているが、もう一人は明らかに士官である。しまった、鎮守府に花や線香の煙が流れたろうか。
「一座の方ですな?」
「そうです。花と線香はすぐに片付けますので、お待ちください」
「いえ、そうではありません。
私は鎮守府軍務部広報課の森川と申します」
なるほど言われてみれば、目の前の男はよく見る軍人連中よりも線が細くて物腰が柔らかい。同じ軍服であるが革靴はきちんと磨かれ、帽子もぴしっとして使い込まれた様子がない。なんというか、硝煙の煙たさがないのだ。
日焼けしている様子もなく、どことなく教員のような神経の細かさを感じる。それは腕っぷしよりも口先と頭を鍛える部署であることからくるなら納得がいく。
「まずは、この度は榊浦剣楼戦伎太夫殿の戦死の件、お悔やみ申しあげます」
しめやかな口調で帽子を取ってみせた。どこか芝居がかっていて随分と軽そうな帽子であるが、文句をつけるのは踏みとどまった。なにしろ袖口には三本線に星、少佐である。
「ありがとうございます。
それで?どういったご用件で?」
「実は今鎮守府には、今後の公演や一座の方への問い合わせが殺到しております。
今は留めておりますが、このままではいずれ劇場に押しかける連中も出るかもしれません。そうなる前に、我々から新聞各社へ公式に通達を出したいのです」
「通達?つまりは……取材ですか?」
「平たく言えばそうなります。
剣之丞さんや娘さんの鉾蘭さんにお話が聞きたいのです」
隼人はじろりと森川の顔を見上げると眉を顰めた。口元こそ友好的に笑みの形をしているが、その目はどこを見ているのやら。前線の部署ではなくとも、それなりに人の心は麻痺しているらしい。
「はて、昨日取材の希望をお伝えした筈ですが……お聞きでない?」
昨日の今日とは随分忙しない。不愉快ではあるが、事前に一声かけてくれるだけ、軍の広報としては良識的である。
「そうでしたか……剣之丞は応じると思いますが、鉾蘭はそっとしてやれませんか?
父親を失った娘に、喪が明ける前から話を聞かせろというのは……恐れ入りますが、いくら将校殿であっても……できれば手心をお願いしたく存じます」
本音を言えばぶん殴ってやりたいが、軍の支援を受けている手前そうもいかない。出来るだけ波風立てぬよう、遠回しにやんわりと断りたいところであった。
「そうかもしれません。
ですが我らは常日頃、兵士に命の保証ができない命令をしている立場だ。それに比べれば気を使った方ではありませんか」
だから良いというわけでもあるまいに。ここで「相対的に気を使っているからなんだと言うのだ」などと言えば、下手すれば大問題だ。
「なるほど、麻痺しておいでか」
「ええ、麻痺せねば戦争などできませんよ。それで、取り次いでいただけますか?」
断れないのをわかっていて言うのだから、なんとも慇懃で不愉快だ。おそらくこの男、性根は武人よりも新聞記者が軍服を着ているような者なのだろう。だからこそ、もう一人の男は蛇腹式のカメラを取り出し、がちゃがちゃと撮影準備を始めているのだ。この陰気な男、どうやらカメラマンらしい。
どうにか追い返せないかとアタマを巡らせていると、背後から声がした。
「アタシはいいよ」
振り向くとそこには日菜がいた。顔色はあまり良くないが、目が赤いとか顔がボロボロであるとか、そういう様子はなかったが……寝起きなのだろう、瞼が随分と腫れぼったく、髪もぼさぼさであった。
「これは鉾蘭さん、聞こえておりましたか。
少しで構いません、ぜひお話をお伺いしたい」
カメラマンがばっと日菜にレンズを向けたが、シャッターを押す前に隼人がその間に割り込む。
「すっぴんの女、それも役者を無断で写真に撮ろうだなんて、ちょいと趣味がキツくはございませんか、森川少佐殿。
役者の顔ですよ、撮るなら綺麗に撮っていただきたいんですよ。顔洗って着替える余裕くらいあげてもいいでしょう」
文句をぶつける先はカメラマンではない。こいつは士官の手足の延長に過ぎないのだから、言っても無駄だ。隼人はとっくに見切っていた。
「……これは失礼。また後で、改めて撮影いたします」
回収した花束で日菜の寝ぼけ眼を覆い隠すと、花束の向こうから声がする。
「兄さんと小松っちゃんに声かけてくるからさ、どっか適当なところに上がってもらおうよ」
「いやぁ、お休みのところありがとうございます」
「……いいのか?」
花束の向こうで日菜が頷く気配がした。辛くないのか?とか無理をするな、とは、この男の前では言いたくなかった。
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