五 戦場へ
戦功が舞台を盛り上げる。
皮肉なものだが、その影響力はすさまじかった。
そんなクソ忙しいある日のことであった。
飛竜騎士に対して機操戦伎が有効であると証明され、それにより日本中の機操戦伎に観客が詰めかけたのは先述した通りである。
だが、それはなにもいいことばかりではなかった。
この現象は『機操戦伎が対飛竜騎士の切り札となり得る』という証明の元に起きている。
従来、歌舞伎や相撲取りなど、伝統芸能や神事に関係する人間は、徴用に制限や猶予があった。榊浦一座のように捕捉しにくい巡業生活であれば、その傾向は更に強かった。多くの機操戦伎の関係者は、それを隠れ蓑にしていたのだ。
しかし、ここへ来て兵器転用の有用性が証明されてしまった。その旗頭、八幡颯天に至ってはもはや戦場の、国民の心の拠り所になりつつあった。
これはつまり、全国で機操戦伎関係者の徴用を加速させる引き金となった。
他の一座の人間と顔を合わせる機会はないのだが、それはあまり良い気分ではなかった。
戦場に投入される機操戦伎の頭数が増えれば、その分父が無事に帰ってくる可能性は高まるかもしれない。
隼人は自分の浅ましい考えに身震いした。こんな事、日菜に言ったらぶん殴られるに違いない。
そんな後ろめたい思いなぞ、満員御礼ともなれば構ってはいられない。舞台が忙しければ日菜も隼人も仕事が増え、手を止めて考え込む時間がなくなる……のがいつもの話であった。
今回は違う。
満員になる理由が戦場での活躍なのだ。どこまで行っても完全に戦況から目を逸らすわけにはいかないし、連日の新聞がその活躍を喧伝する。
詳しい戦場の動きは判らない。しかし、ここ最近の戦場は新京から朝鮮半島へと南下しつつあるようだった。
以前と比べれば戦場が動くペースは随分と遅い。戦えている証拠なのだが……南下しているということは、食い止め切れていないということでもある。
一箇所での戦闘が長引けは、その分そこで繰り広げられる戦闘が激化して行くのは想像に容易い。万が一のことが起きやしないかと、ただただ不安だけが募る。
「こりゃ、二週目の徴用が来るかもね」
新聞を眺めて日菜が呟いたのは一九四五年四月のことだった。
バクダとの戦場が京城近郊にまで南下してきた。そう報じる新聞を眺めながら、日菜は呑気に稽古場の片隅で足の爪を切っていた。
「徴用の二週目って……なんだよその当番みたいなの」
「ありえない話じゃないだろ?
日本中にどれだけの機操戦伎の団体があるのか知らないけど、そんなに多くはないはずだ。
苦戦してるなら、一番手っ取り早いのは頭数を増やすことだ。兵器なんて足りなくて困ることはあっても、多くて困ることはないだろ」
機操戦伎という芸事は、題材は古くとも戦だ。なので日菜にもそこそこ戦況を見る目がある。性根は単純ですぐ熱くなるくせに、自分と願望を切り離して考えることができた。
「勘弁してくれよ。これ以上役者と機械人形取られたら、舞台が回らねえよ」
「そうじゃないだろ隼人。今まで回せてたのが、例外なんだ」
戦争は終わっていない。
少し前のアメリカとの戦争と違うのは、戦場が局所的なことと、現状日本への直接攻撃がない点だ。その分日常生活の直接的な影響は少ないのだが、それでも影は根深い。
伝統芸能という特殊な業界だから見えてこないだけで、市井には軍需への協力体制が溢れている。戦場である満州方面はもちろん、南方からの兵の帰還も殆ど進んでいない。
「今の学生は、殆ど授業もしないで軍需工場で働いたりしてるんだろ?同い年どころか年下だぜ?
アタシらが避けてた分、今度は一気に皺寄せが来るのかもしれない。
それでやっと……一座の外と吊り合いが取れるんじゃないかな」
自分達の舞台が、誰かが夜通し務める軍需工場の照明を暗くしているかもしれない。我らの活動は世間から求められている、役に立っていると、今まで目を背けていた事実である。
「今までがおかしかった……か」
伝統芸能、しかも巡業生活とあっては、よくも悪くも世間一般から浮いている。自覚はあったがその揺り返しが一気に来ると思うと、恐ろしい話であった。
「なあ隼人。もし……話が来たらどうなると思う?」
あまり考えたい事態ではないが、現実味を帯びてくると考えないわけにもいかない。
「誰だろうなぁ……流石に剣之丞の兄さん取られちゃ本当におしまいだ。
一鎖さんとか槌央さん、扇造さん…技量はあるけど、流石に太夫とか親父ほどじゃないし。そもそも機械人形が戦闘に耐えるかなあ」
一座の保有する機械人形はまだいくつかある。だが、あの荒っぽさの極みみたいな戦場で、火球やら閃光やらを受けながら戦えるものがいくつあるだろうか。
「……アタシは?」
「え?」
「アタシが徴用される可能性だってあるだろ?」
ぎょっとして振り向く。日菜は膝を抱えた姿勢のままであったが、目線は伏せている。
隼人をおちょくって反応を見ている風ではない。次は自分かもしれないと、本当に考えている。
「バカ言え。女が呼ばれるもんか、殺されちまうよ」
「そりゃ生身で戦う場合だろ?
機操戦伎に乗り込めば、大差ない。お国がどうこうなんて建前じゃない。機操戦伎の誇りとか、そんな大層なもんでもない。強いかどうか、問題はそれだけだ」
そこで日菜はチラリと目線を上げた。
「ひとつ、考えてたことがあるんだ。もしもアタシがーー」
「日菜ちゃん!」
そこでセリフを途切れさせたのは、稽古場に駆け込んできた小松だった。顔が青い。
「なんだよ、小松っちゃんか。びっくりしたじゃないか」
「い、今鎮守府から事務官が来て……日菜ちゃんにって……」
それは宛名を殴り書きされた封筒であった。さあっと青ざめた日菜は、震える手でなんとかそれを受け取った。手こそ中身を引き出そうとしているが、ぎゅっと目を閉じていた。
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