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機操戦伎グレニアヴァール  作者: そのえもん


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新京戦線③

大黒柱と屋台骨が一遍に抜けた。

一座としては大打撃であるが、あの有様を見ては断れない。

残された側も、また戦いであった。

 舞台に幕が降り、機械人形が袖に引っ込むと同時、稲若丸はその場にへたり込んだ。崩れ落ちて騒音を立てたり、何かを巻き込むことはなかったが……どうやら日菜はまともに動けないらしい。


「日菜ッ!」


 御礼口上の時点で日菜の顔色が真っ青だった。駆け寄る隼人の手には、手拭いとヤカンがあった。

 胸郭のハッチを開けて引きずり出すと、日菜の顔は真っ青。汗だくの疲労困憊、文字通りへろへろである。


「大丈夫……平気だから」


 どう見ても痩せ我慢であった。先輩役者ならともかく、やっと見習いから一歩抜けたばかりの日菜にとって、この舞台は巨大な試練であったのだ。

 肩を貸して稽古場まで引っ張っていくと、片隅に寝かせた。しかし日菜は力の入らない体で起きあがろうとする。


「ダメだ……行かないと。ロビーで最後のお見送りを……また来てもらわなきゃ……」

「バカ、お前顔真っ青だそ!そんな顔見たら、お化け屋敷と勘違いされちまうよ!

 お客にゲロでも浴びせる気か?寝てろ!」


 ブロマイド人気の高い日菜がロビーで愛想を振り撒くと、売店の売り上げが露骨に伸びる。一座にとっては大切な収入源であるのだが……そこで倒れられては逆効果だ。

 自分でもそれが判ったのだろう。手拭いを目に乗せて、わなわなと握りこぶしを震わせた。


「クソッ……ここまで来て……アタシは役立たずだ……」

「何言ってんだよ、頑張ってたじゃないか。みんな知ってる」

「みんなだって頑張ってヘトヘトなんだ、それなのに私は……畜生っ」


 剣楼のいない舞台を少しでも盛り上げるべく、日菜は限界を超えた活躍を見せていた。限界まで張った緊張の糸が、舞台の幕が降りたことで切れてしまったのだろう。


「日菜……単座じゃ無理だ」


 日菜は稲若丸を単座で動かしていた。決して不可能ではないのだが、かなり高度な技術を要求される。本来は五年目程度の若手がやれることではない。既にその技量は、一級品に片足を突っ込んでいる。


「……誰かと組め」


 かつて日菜とコンビだった隼人にとって、この一言は言いたくなかった。しかし、言わねばならない。今でも遅すぎるくらいだ。


「……イヤだ」


 力も入らないくせに、声が震えている。かつて隼人がいた場所にそれ以外の人間が来ることを、日菜は拒んでいた。この図太く見える少女も、まだ割り切れてはいないのだ。

 圧倒的に不足する経験と技量を、日菜は体力と気力でねじ伏せている。それも、本来二人でやるべき内容を、無理して一人でこなしているのだ。


「しかし……それじゃそのうちブッ倒れるぞ」

「大丈夫さ、倒れた時に幕が降りてりゃ、倒れたことにならねえよ。

 やるんだ、やらなきゃならないんだ……」


 血を吐くような日菜の言葉と、その裏から滲む決意は、もはや執念ですらあった。拳を握り、歯を軋らせているではないか。手拭いで目元を隠したままでこの迫力である。猛稽古と舞台がここまで日菜を追い込んだのかと、隼人は背筋が寒くなった。

 自分が日菜と一緒に舞台に立てれば、負担は半分だった。だが、それはできない。もはや隼人は何度自分を呪ったのかわからなかった。

 愚かなくらいまっすぐな日菜にどうしたものかとしばらく頭を抱えていたところ、背後に気配が。振り向くとそれは剣之丞であった。


「よう、隼人。お嬢の容体は?」


 その声に日菜は飛び起き……ようとしたところ、手のひらで制した。


「寝てろって、お嬢。今日はもう休め」

「すみません、兄さん……不甲斐なくて」

「いいや、日菜が無理してるのは判ってた。


 俺も甘いな。妥協と無謀の境目が判らなくて、止められなかった。これは座長代行の俺のせいさ」


「そんなことはありません……アタシがもう少ししっかりしてれば」

「いいや。無理に頼まれたから一人で任せたが……負担を押し付け過ぎちまった。


 いいからお嬢は、ぜぇんぶ俺のせいにして寝ちまえ。お嬢は悪くねえから、今日はメシ食って風呂入ったら頭空っぽにして寝ろ」


「……はい」


 一瞬の沈黙を挟んで、剣之亟はためらいがちに口を開いた。


「明日からは誰かと組んで――」

「できます」


 剣之亟の提案を聞きもせず、日菜は切り捨てた。


「明日だって、明後日だって、私は一人でやってみせます。

 誰かと組めと言うなら……いっそ私を役から降ろしてください」


 静かな物言いであったが、日菜の覚悟が現れていた。

 日菜を降ろすのは動員数に響く。痛いところを突かれたといった顔で、剣之亟は肩をすくめた。


「トチったら降ろすぞ」

「覚悟の上です」

「……わかった」

「ありがとうございます」


 日菜が頭を下げる。自分がわがままを言っていることも、動員数を人質に取っていることも、全てわかっているのだ。だからこそ深く、美しい所作で頭を下げたのだ。


「……まあいいさ。なかなか良かったぜ、お嬢の胤舜。一人で動かしてると気付いたお客はいなかったろうな。この榊浦剣之丞が褒めてんだ、鼻を三倍くらいに伸ばしたっていいんだぜ?そうだよな?隼人」


 剣之丞は尊大で傲慢な男だが、身内におべっかを使うほど卑屈ではない。二人はそれをよく知っていた。


「……ええ、特に良かったのは呑竜大返し(どんりゅうおおがえし)ですね、今までのどの稽古より上手かった」


 隼人が調子を合わせると剣之丞はぱちんと指を鳴らした。舞台のクライマックス、武蔵渾身の打ち込みを胤舜が巻き込んで返す大技、言うまでもなく日菜にとっては最大の見せ場であり難所であった。

 今日は完璧と言っていい出来栄えであった。


「そう、そこだ。あれは流石の俺も少しばかり驚いたね。語士にしとくにゃ勿体ねえや。唱導に昇進させたいくらいだ。


 流石に代行の俺が勝手にやっちゃまずいけどな」


 からりと笑った。目元の涼しいこの男だが、笑顔はどこか子供のようであった。

 このまま明るい話題に持っていこうと、隼人が軽い口調で続けた。


「しかし、今日は大盛況でしたね剣之丞の兄さん、今日は殆ど満員でしたよ。お客さんの反応も良かったし、これなら太夫も喜びますよ」


 不器用な隼人の露骨なヨイショであった。いつもの剣之丞なら鼻を高くしてふんぞり返り、明日の芝居についてご高説を垂れるはずなのだが……それが今日に限って低い声で返された。


「勝負はこれからだよ」


 見たことのないその調子に、さっきまで歯軋りをしていた日菜までぎょっとした。


「どうしたんですか兄さん……出待ちに好みの女がいなくて拗ねてるんですか?」


 試しに日菜がおちょくってみると、深いため息をついた。


「馬鹿言うな。

 今日の客入りはご祝儀みたいなもんだ、久しぶりの公演だからな。

 明日からは、今日の評判を聞いたお客の割合が増えてくんだ。太夫がいなくて、八幡颯天や蒼鉄ノ誉もいない舞台の評判を聞いたお客だ……それが今の俺たちの価値、今回の出来の答えになる。

 そう思ったら、出待ちなんか気にしてらんねえよ」


 座長代行の重圧というものは、背負った者にしか判らない重みがあるらしい。

 それでも、自分たちの価値がこれから問われるというのは、なにか追い詰められているような恐怖があった。

ここまでお読みいただきありがとうございます、感謝感激でございます。

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