新京戦線②
剣楼たちがいなくなった舞台は厳しい。
それを誰よりも自覚しているのは、日菜でも隼人でもなかった。
時代遅れの元攻城兵器、そんな伝統芸能を再び兵器に転用する。そんなこと、新京のあの映像を見ていない限り狂気の沙汰であっただろう。
だからこそ四人の従軍は秘密裏に行われ、世間一般が知ることはなかった。ただ、ある日から一座の公演が長期の休演に入ったのを見て、何かを察した者はいたかもしれない。
剣楼達が姿を消して一ヶ月、残された皆は猛稽古に励んだ。機操戦伎の演目はいくつもある。榊浦流より頭数の少ないところだってたくさんある。工夫すればできる演目はいくらだってあるのだ。
残された皆で舞台を作り上げ、公演を回していかねばならない。そうしないと、自分達を信じて戦場へ行った彼らに面目が立たない。その気持ちにすがり、尻を叩かれての賢明な一か月であった。
「太夫には負けるが、こっちだって戦場だ」
誰かが言い出したその言葉を胸に、今まで以上の厳しい稽古を積み重ねる。
なにしろ抜けたのは大黒柱と屋台骨だ。その穴埋めは想像を絶する負担である。脚本や設備、機械人形自体にも様々な調整が必要だ。寝る間を惜しんでとは言うが、現実はそれどころではない。寝ても覚めても舞台のことを考え、一挙手一投足を舞台をよくするために動かす。
夜を徹する脚本の手直しに弓江は声が掠れ、日菜は足運びの練習で稽古場の床をつるつるに磨いてしまうほどだった、隼人はそれに付き添い、細かな調節を幾度となく繰り返し、やがて音だけで機体の異常や日菜の不満がわかるようになっていた。
それに加えて剣之丞は公演再開を軍と粘り強く交渉し、呉市街まで再開の宣伝に何度も足を運んでいた。肩に一座を背負う重圧が。皆を掻き立てるのだ。
それしかなかった。寂しさを紛らわし、不安を打ちけす為にがむしゃらになるのであった。入り口こそ現実逃避であったが、一心不乱の現実逃避は稽古のぐいぐいと密度を高めていった。
やがて公演が再開すると、再び西日本を中心に観客が押し寄せた。
幕が上がれば、隼人に出来ることは少ない。稲若丸と日菜の万が一の不調に備えて、舞台袖で工具を握り締めて控えているくらいだ。それでも、山場がくれば背筋に汗が流れるのがわかる。
「大丈夫……大丈夫、あんなに稽古したんだ」
ただ、舞台袖で祈るような気持ちで見ている。
観客もすぐに違和感に気づく。ド派手な八幡颯天と丘のような蒼鉄ノ誉がいないのだ、迫力は大いに欠ける。
だが、それを理由にしてはならないのだ。金を受け取って芸を見せると言うことは、多くの批判を受け止める覚悟の上にのみ成立するのだから。
この日の演目は【宮本武蔵伝・宝蔵院胤舜篇】であった。彼らの出来る演目の中で、少ない機械人形でなんとか出来る演目だ。
もちろん最大の盛り上がりは武蔵と胤舜の一騎打ちである。剣之丞が乗り込む飛麟児演じる宮本武蔵は、少々細身であるが動きの派手さと、剣之丞が持つ華でこれを何とか演じ切る。
「頑張れよ……日菜ッ」
この人手不足は、経験の浅い日菜に宝蔵院胤舜役という大抜擢を与えた。
稲若丸の関節を調節し、タッパを稼いでなんとか一回り大きく見せている有様だ。演者や内部構造にはかなりの負担なのだが……そうしないと迫力が担保できない。
誰もが大きな負担を背負っているのだが……一番は恐らく日菜だ。
太夫の従軍が決まってからの数週間、この短期間で動きをものにするため、日菜は寝る間も惜しんで稽古に打ち込んでいた。
日菜の操る稲若丸が二〇メートルを優に超える十文字槍を振り回し、その体を千切れんばかりに振り回して舞台を駆け巡る。旋風を巻き起こし、踏み込みは地響きを起こす。
観客にはわからないだろうが、隼人の耳はその度に稲若丸の関節が軋むのが聞こえてヒヤリとする。計算上強度は足りているのだが、限界を攻めているのも知っているから、いつまでも安心できないのだ。
「よしっ!いいぞ!そうだ!……うまい!」
烈風のような突きの上に武蔵が飛び乗る。槍が旋風を巻き起こす。見せ場の大技が決まるたびに、隼人は舞台袖で小さく歓声を上げていた。
日菜と稲若丸が限界を超えて演じていようが。そんなことは観客の知るべきことではない。知られてはいけないことだ。
ただ「榊浦一座が帰ってきたんだ」と拍手をしてもらえればそれで良い。
とにかく日菜は、全身全霊でやり切った。
万雷の拍手の中、機械人形から降りた役者達が深々と頭を下げ、御礼口上を述べる。その中で遂に、従軍のことに触れた。
「ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、私どもの一座の座長である榊浦剣楼戦伎太夫、以下数名が従軍しております。
軍事関係故詳しくは申し上げられませんが、しばらくの間は八幡颯天や蒼鉄ノ誉を皆様にお見せすることもできません。
ですが、その分私どもは何倍も頑張って、皆様に機操戦伎の魅力を知っていただけるように努力する所存でございます。どうぞ今後も、変わらぬご愛顧を賜れれば光栄にございます」
あとは軍を褒め称える美辞麗句である。後半を聞き流しながら、この拍手が戦地へ届けばなと、遠い夜空に思いを馳せた。
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追い込まれる日菜、何もしてやれない隼人、これから彼らはどうなるのでしょうか?
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