三 軍靴の音⑦
機操戦伎の有用性は、既に戦場が立証していた。
彼らにとって、それは悲願であった。
「当時の新京には、機操戦伎の一座が巡業に来ておりました。公演中に飛竜騎士の襲撃があったため、当初は観客が避難するまでの時間稼ぎのつもりで飛び出した、と聞いています」
巨大な鎧武者が八艘跳びの如くビルの上を飛び回り、炎と煙を上げる市街地を所狭しと駆け巡る。
人体と変わらぬ動きが出来る機械人形は、今まで飛竜騎士が相手にしていた鈍重な戦車や、戦闘機のような直線的な軌道とは大きく異なる。
その機動性と柔軟性、高い瞬発力は炎や怪攻撃をひらりと躱し、あるいは払い除け、返す攻撃で相手を叩き落としていく。文字通りの快進撃であった。
「よく耐えるものだと舌を巻いておりました。
連中の攻撃は戦車だって耐えないというのに、大昔の攻城兵器が互角以上に戦えるとは思いませんでした」
感心したような宇津木の口ぶりに、剣楼が答える。その声は先程のような駆け引きを含んだ強かさを含んだものとは少し違っているようであった。
「なに、あり得る話ですな。
戊辰戦争の頃、我らは確かに時代遅れと呼ばれました。しかし、それは動力源の人足や牛馬を狙われたからです。
骨格は天然物で頑強だ、東艦の主砲を受けても破られたことはないと聞いております」
「東艦?あれは確か三〇〇ポンドアームストロング砲でしたな……単純計算で、威力だけなら軽巡の主砲に匹敵します。
なるほど、恐るべき防御力だ。これが機動力と両立しているなら……強いわけだ」
宇津木が素直に感嘆してみせると、隼人は胸の内がかあっと熱くなるのを感じた。現役の海軍将校が、機操戦伎に兵器としての有用性を認めたのだ。
もはや宇津木が言いたいことなんて、察しの悪い日菜でも想像がついただろう。
「我らが再び……武人となる時が来た。そう言うことですな?」
剣楼の声は震えていた。それは恐怖や困惑ではない、隼人には……いいや、一座の全員が同じ気持ちであった。
およそ八十年前に失われたはずの、武人としての誇りが戻ってくる。その事への歓喜である。
「左様。私は機操戦伎による対飛竜騎士部隊の運用を任されております」
機械人形が大立ち回りする映像フィルムが終わった。喋りながらの宇津木の指示により、窓を隠していた鎧戸が開けられると、軍港から遠く汽笛が響き、それに引き戻されるように部屋の明かりが戻っていく。
明るくなると宇津木はこちらに向き直った。大柄で分厚いこの男が姿勢を正すと、生きた仁王像と対面しているような迫力がある。それにあてられてか、背筋を伸ばしたのは隼人や日菜だけではなかった。
「現在新京では、映像にあった機操戦伎の一座の協力の元、バクダを食い止めております。
しかし飛竜騎士は増える一方、これでは同じことの繰り返しだ。
連中にも知性がある、いずれ適応してくるでしょう。こちらも更なる戦力が必要だ。
それも数ではない、質だ。このあめりに特殊な伝統芸能を兵器に転用し得る、高い技量を持った人物の協力が必要なのです。
今、軍が同行を把握している機操戦伎の一座の中で、最も練度が高いと思われるのが、こちらの一座なのです。
榊浦剣楼殿、その一座の皆様。日本を、アジアを……いや、世界をバクダの恐怖から守るため、どうごお力をお貸しください」
宇津木の立場を考えれば命令したってよいのだ。軍の名のもとに供出を強いても構わない。だが、宇津木はそれをしなかった。
「特務大佐殿……我らは既に軍の支援を受けている。命令されれば断れないとお分かりでしょうに」
剣楼の言葉に宇津木は首を左右に振った。
「これは命令でも徴用でもありません。
特殊な技能と、かつて武人であった皆様への敬意を表した依頼です」
まっすぐな宇津木の目はあまりに力強く、北極星のようにびたりと動かなかった。
「とにかく手が欲しい兵隊ばたらきとは違い、これは余りに特殊だ。ご理解いただいた上で協力を取り付けねば、日本を守る力として期待できない。
私が探しているのはただの部下ではない。ともに死地へ赴く覚悟のある同志だ。だからこそ、このような面倒なことをしているのです」
自嘲めいた口調ではあるが、そのまっすぐさに隼人は軍人というより武人、もっと言えば侍の面影を見た。
無論この場の誰一人侍を知らぬ。だからこそ憧れるのだ、もはや絶滅したその人種に。
「軍人が口先でぺらぺらと説き伏せるのは無作法というもの、私はそう心得ております。故に見ていただきました。ご理解いただきたいのです。この国の……いえ、世界に迫る危機を。
誰かがやらねばならぬ。その気持ちを持たずして戦うことは不可能です。
無論、今の新京は世界で最も危険な地域の一つです。命の保障はできません。
これを踏まえた上で……皆さんに、皆さんに流れているであろう武人の矜持に問うているのです。戦っていただけますか?と」
震えた。
胸に生まれた熱は腹の底にあった何かを震わせ、振動は背骨を通って全身へ広がり鳥肌となった。
これが興奮なのか、一歩近づいた死神への恐怖なのかは判らない。いいや、どちらでも好きに取れば良いのだ、いずれ自らを裏切らぬ答えを。
もっとも機械人形に乗れない隼人は、その疑問をぶつけてもらう権利すらないのだが。
「いいでしょう」
既に剣楼はさらりと答えていた。顔見知りにサインでも頼まれたような、手軽な返事であった。
「感謝いたします」
宇津木が目礼した。勇気に対して誠意で答える。仁王像のような男に相応しい、静かだが力強い礼節であった。
「とは言っても、一座には若いのもいれば、事務員もおります。丸ごと全員連れていく必要はありますまい。
出自は兵器でも、今の建前は伝統芸能。万が一を考えれば、後継者を残しておかねばなりません」
「承知しました。細かい割り振りはお任せします。
近いうちに部隊の母艦が港へやってきます。もちろん部品や燃料、設備は軍のものを使って結構。最低限の武装と機械人形、あとは身柄だけ積んで、出航します、急ぎご準備を」
機操戦伎が再び兵器となった瞬間は、存外あっさりとしたものであった。
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