簡単なこと⑤
「おっ。こ、これはまさかかの有名な海軍の羊羹?」
「これは茶飲み話だ。口にあうかは知らんが、海軍は茶請けも出さんほど無粋ではない」
厳つく分厚くごつい見た目のわりに、宇津木はどこまでも気の細やかな男であった。
宇津木はこの艦隊の司令官。実質的に将官と同等の権限を持つ特務大佐である。その執務室で上等兵如きが茶を飲むなど、本来なら天地がひっくり返っても許されない蛮行に等しい。
「この話は軍人としてではなく……いち個人として話そう……それもあまり褒められたことではないのだがね。
そうなると部下とは言え、若い娘を立たせたまま、自分だけが座って話すのは落ち着かん。悪いが、茶飲み話にさせてもらおう」
宇津木がちらりと見上げた時計が指す時間は、一服するには少しばかり早かったのだが、たまにはいいだろう。堅物の仁王像とて人の子なのだ、部下の為でもあるのだから一服の前倒しくらい構うまい。
執務室のすぐ隣には将官用の給湯室がある。おかげで、宇津木が茶を淹れるたびに烹炊所の人間が驚かなくて済む。そこで日菜は手早く自分の茶を淹れ、執務室に戻る。執務室の扉は、他よりも大きく重い。
「戻りました……」
「こっちだ、座りなさい」
宇津木の姿は部屋の隅の応接セットにあった。日菜にとっては見たこともないような立派なソファに腰掛け、向かいに座れと促す。
「お、恐れ多い……」
「執務室に潜入しておいて何を今更」
将官執務室に潜入だなんて、本来なら警衛分隊にとっ捕まるような話だ。それに比べればソファに腰を下ろすのが何だと言うのだ。宇津木はよっぽどそう言いたかった。
「それもそうですね。じゃあ失礼して……」
ことん、茶を淹れた自分の湯呑みを目の前に置くと、すぐ目の前に小皿があるのに気付いた。そこに乗せられているのは、分厚く切った羊羹である。
「おっ。こ、これはまさかかの有名な海軍の羊羹……え?いいんですか?」
「他言無用だ、これで最後だからな。
言ったろう?これは茶飲み話だ。若い娘の口にあうかは知らんが、茶請けも出さんほど無粋にはなりたくない、私のわがままだ」
あくまで自分がそうしたいだけ。徹底した宇津木の姿勢は、厳つく分厚くごつい見た目のわりに、どこまでも気の細やかなものであった。
「いえ、大好きです。いただきます」
軍に入って日の浅い日菜であっても「海軍には滅法美味い羊羹があるらしい」という噂は聞いた事がある。食料さえ不足気味のこの情勢で、羊羹なんて見るだけでも唾が溢れる嗜好品であった。
「おっ……ふぉ!」
一口で小豆の豊かな風味が鼻に抜ける。とろけるように滑らかな舌触りなのにしっかりとした弾力が伝わることで、日菜の脳は軽く痺れるような多幸感と満足感に震えた。その顔に満足したのか、仁王像は唇の端を僅かに吊り上げたようである。
「陸の甘味より甘いだろう。船での保存性を考えると、自然とそうなるのだ。
君はよく缶ドロップをカラカラ言わせてただろう?甘いのは大丈夫と踏んだが……口にあったようだな?」
「最高です」
実際かなり甘い、熟柿の上をいく濃厚な甘さに唾液腺が痛むくらいだ。そのくせギリギリ下品にはならない絶妙な加減。日頃潮風の中で命がけの戦場を征く海兵にはこれくらいが丁度いいのだろう。
「では本題だ。
検討もつかないそうだな、暴と武の違いが。とは言っても、私の質問の出し方も少し狭義的だったかもしれんな」
「いえいえ、その辺は私達も自由に噛み砕いていきます。ふやかして言えば「何のために戦うのか考えろ」ってことですもんね?」
「悪くない考えだ、進めたまえ」
「何のためにって考えると、立派なこと言えないんですよ。だってアタ……自分が従軍したきっかけは父の戦死ですから」
宇津木の顔がごく僅かに曇った。日菜の父が散った戦場の司令官はもちろん宇津木である。殺したのは飛竜騎士だが、死なせたのは宇津木だと言えなくもないのが、残酷ない事実である。
「お父上はご立派であった……君には、私を恨む権利がある。今だけは好きに言って構わん」
宇津木は目を伏せた。将校である立場上頭を下げることは許されない。だからこそ自責と感謝を伝え、剣楼を讃えるのが彼にできる最大の慰霊であった。だからこそ、その声はわずかだりとも震えることは許されない。
「いえ、そんな話がしたいんじゃないんです」
日菜の声は強い、これは強がりではない。受け止めた宇津木が反射的に目線を戻すと、ぎらりとした日菜の目は、真っ向から宇津木を捉えていた。
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さて、日菜は宇津木から何を学ぶのやら。
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