クリスマス⑧
「ただいまー」
「お帰りなさい。早かったですね」
俺が家に帰ると、そこにいるべき二人の酔っぱらいの姿がなく、美樹だけが残っている。とりあえず、俺も美樹が座っている場所とテーブルを挟んだ正面に陣取った。
「他の二人は?」
「よくわかりませんが、二人とも帰ってしまいました。せっちゃんのことは洋子さんが送って行ったので安心してください」
「そうか。で、美樹は帰らなかったのか?」
「はい。戸締りできませんから」
「そうか」
ここに戻ってくる途中。俺は色々と考えてきたはずだ。美樹に何を言うべきなのか、何が言いたいのか。しかし、俺の脳内シミュレーターは随分と杜撰な設計だったようで、今現在、全くと言って良いほどに機能していない。
「か、帰るか?」
「い、いえ。せっかく待っていたので少し話しませんか」
「分かった」
あれ? 俺は普段、美樹と何を話していただろうか。話すべきことはあるのだが、急にそれをぶつける訳にもいくまい。しかし、頭の中はそのことでいっぱいになって他の話題は見つかりそうもなかった。
「なぁ——」
「あの——」
「いや、なんでもない。先に話していいぞ」
「私の方こそ何でもないですから。志島君がお先にどうぞ」
「いや、別に……」
沈黙。二人とも何を話す訳でもなく、ただ俯いて黙っている。
俺が黙っているのは分かるのだが、美樹はなぜこんなに顔を赤くして黙っているのだろう。
もしやとは思うが、洋子姉さんに何かを言われたのだろうか。
「なぁ、美樹。洋子姉さんから何か言われたか?」
「い、いえ! 特には……」
どうやらビンゴらしい。洋子姉さんの話題を出した途端に美樹は突然大きな声を出した。
人間とは不思議な生き物で、どうやら他人が焦っているのを見ると自分はなぜか落ち着いてくるものだ。俺もその例にもれず、次第に心拍数が下がっていくのが分かった。
「なぁ、美樹。話があるんだが」
「えぇ、なんでしょう」
「えっと、あのな。何というか、そのなんだ」
「なんですか? い、言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいじゃないですか」
「いや、そのはっきりとは言いづらいというか」
「はっ! 結局志島君はチキンじゃないですか。あ、そういえばチキンはとても美味しかったです。ありがとうございました」
「これはご丁寧にどうも」
じゃないだろ! と心の中で突っ込むが、美樹は当然のことを言ったつもりらしく、急に黙った俺を不思議そうに見ていた。
なんか、馬鹿らしくなってきたな。
「美樹はどんな時でも本当にぶれないよな」
「どうしてんですか、急に」
「いや、そんな美樹がかわいく思えてな」
「ど、どうした、えと、急に何を言っているんですか!」
「いや、何というかもっとちゃんと伝えようかとも思たんだけど、俺には無理だ。やっぱり俺は美樹のことが好きだから」
「えーっと。あーっと……言い間違いじゃなくてですか?」
もうここまで言えてしまえば俺のものだろう。あわあわしている美樹に向かって、波状攻撃を加えるつもりになれば良い。
「俺は美樹のことが好きって言ったんだ。お前のそのしっかりしている風に見せかけておいて、どこか抜けてるところとか。食べるのが大好きなところとかも全部含めてな」
「え、あ、えーっと」
「なんだ、まだ足りないか? お前の好きなところをもっと挙げてやろうか?」
「だい、大丈夫です! というか、私には悪い点のほうがいっぱいあると思いますよ」
「なんで急にセルフネガティブキャンペーンを始めたのかは知らないけど。確かに美樹にも悪いところはたくさんあるわな。愛想が悪かったり、たまに口が悪くなったり、漫画に影響されて人に迷惑かけたり」
「ほ、ほら! こんなにもいっぱい悪いところがあるんですよ!」
「そうだな。でも俺はお前のことが好きだ。悪いと事も全部ひっくるめて」
「は、はぅ。そ、そうですか? あ、ありがとうございます」
よしっ。美樹は顔から湯気を出しそうなほどまで紅潮し、ぷしゅーという音が聞こえてきそうだ。これで俺の勝ち。っと、俺はこんなことがしたかった訳じゃない。
「それで、美樹はどうなんだ? 俺のことをどう思ってる?」
すると、俺の問いを反撃のチャンスと見たらしい美樹は、すぐに俺への口撃を開始してきた。
「わ、私も志島君のことが好きですよ! 優しいところとか、困っている人を見捨てられないところとか! あ、でも志島君にも悪いところはありますよ! 自分のことを蔑ろにするところとか、口うるさいところとか、女の子が周りに多くいるところとか!」
「最後のは俺が悪い訳じゃなくないか!?」
「とにかくです! 私もそんな志島君の悪いところも全部含んでも、志島君のことが好きなんです!」
なんだろうこれは。こういうのはもっと、しんぴりとしっぽりと行われるものなのではないだろうか。
俺たちは互いに方で呼吸をし、テーブルに手をついてなんとか突っ伏さずにいられている、そんな状態だ。
「これからどうするんでしょう」
「どうするんだろうな」
結局、俺たちは自分の気持ちをぶつけあった訳だが、これからどうすれば良いのだろう。攻めあぐねている俺を見かねた美樹が、盛大なため息をついた。
「はぁ。どうしますか? お付き合いをしますか? それとも、やめておきますか」
「よくそんなフラットな感じで聞けるな」
「そ、それはっ! 志島君がずっとうじうしして何も言ってこないからじゃないですか!」
「すいません」
流石に何も言い返せなかった。
「それで、どうするんですか」
「よ、よろしくお願いします」
「良く聞こえませんねぇ! それと、分かりにくいので、誰と、何をどうお願いするのかはっきりと言ってください」
なぜこんな羞恥プレイのようなことを俺はさせられているのだろう。しかし、ここはもう諦めるしかない。
「美樹と付き合いたいです! よろしくお願いします」
全力で頭を下げ、数秒した後に顔を上げるとそこには今までで一番顔を赤くした美樹が。
「お前が恥ずかしがるのかよ!」
「いや、だって志島君があまりにもはっきりと言ったので……」
「美樹が言わせたんだよね!? それで、答えは?」
「…………よろしくお願いします」
「ん? 声が小さくて聞こえないなぁ。それと、分かりづらいから、誰と何をどう……」
「今ので伝わらないなんて、志島君は馬鹿なんですか?」
「ずるくないか!?」
急に真顔になった美樹はすっと立って俺に近づいた。そして、俺にも立つように促す。
「おい、なんだよ。いくら恥ずかしいからって殴るのとかは無しだぞ?」
「そ、そんなことしませんよ! 志島君が私の使う言語を理解できなかったようなので——」
そう言った美樹は、俺の腰に正面から腕を回してきた。
「——こういうことです」
美樹の身体が俺の体に触れている。そして、このハグが何を意味するかくらいは俺にでもわかった。
「うん。これからよろしくな」
部屋の窓から外を眺めると、小さく白い雪が降り始めていた。だが、美樹とくっついているおかげか、寒くはない。
「寒くないか?」
「ちょっと、寒いです」
そりゃそうだろう。結局、美樹はずっと肩を出したサンタコスのままなのだ。
「ちょっと、待っててな。今、上着を用意するから」
「い、いえ大丈夫です」
「でも、寒いんだろ?」
「はい。だから、もう少しだけこのままで」
美樹はそう言うと、俺に回した腕にさらなる力を込めてきた。
「温かいです」
「それは何より」
どうやら、俺はやはり心配性なのかもしれない。大丈夫とは言われても、美樹の肩が寒そうに見えて仕方がない。
しかし、美樹は俺のことを離そうとはしなかった。
なら、仕方がないか。俺も美樹に倣って美樹を抱く腕に力を込めた。せっかく気持ちを伝え合ったのだ。このくらいは良いだろう。俺は今までため込んできた気持ちを全て載せるつもりで美樹を抱く。
すると、美樹は俺の耳元でそっとささやいた。
「あの、いっぱい食べたものが逆流してきそうです。……っぷ」
俺はすぐに美樹から腕を離す。
本当にムードもへったくれもないな。
だが、このくらいが俺たちにはちょうど良いのかもしれない。
「胃薬でも買ってこようか」
「申し訳ないのですが、お願いしてもよろしいでしょうか」
小さな雪が降っているが、傘をさすほどではない。
俺は、美樹のため、薬局へと向かって駆け出した。




