クリスマス⑥
「すみません。克人さん、ちょっと休憩してもいいっすか」
住宅街にある公園に差し掛かったところで、悠陽が突然立ち止まった。体力馬鹿の悠陽が疲れるとは珍しい。だが、慣れないアルコールにやられたという可能性もある。悠陽の言う通り、ここらで小休憩をしておこう。
「克人さんは本当に優しいっすよね」
「どうしたんだよ藪から棒に」
外気に直接触れている顔が刺されたように痛い。既に日は沈んでいるし、もう少し厚着をして外に出るべきだったかもしれない。
公園のベンチに腰掛けながら、悠陽は突然、そう切り出した。
「だって、そうじゃないっすか。わざわざ私を家まで送り届けてれてる訳っすから」
「そりゃそうだろ。トナカイが道端に倒れてるのを子どもたちが見たら心配するしな」
「それはそうかもしれないっすね」
「だろ」
星が一切見えない墨色の空の下で、悠陽は街灯に照らされながら目を瞑っていた。
人の乗っていないブランコが、何度か風で揺れてぞっとしたのだが、目を瞑っている悠陽は全く気が付いていないらしい。
「克人さん。ちょっと、酔っぱらいついでに言いたいことがあるんすけど良いっすか?」
どのくらい黙っていただろうか。悠陽は静かに口を開き、俺の方を向いた。
「美樹さんのことが好きなんすよね?」
「どうしたんだよ突然」
「良いから答えてくださいっす」
いつにもなく、強い口調で言う悠陽に、どういう訳だかは分からないがちゃんと答えねばならない、そんな気がしてしまった。
「……好きだよ」
「そうですか。それを聞いて安心したっす」
「だから、何が言いたいんだ」
「あたしは克人さんが好きっす」
悠陽は俺を正面から見据えて呟くように言った。
その瞬間。心臓を何かに突かれたような痛みが広がる。
…………こういう時にはなんて返すのが正解なんだ? ありがとうで良かったのか? いや、でもここでありがとうと言ってしまうと「俺も好きだよ」と受け取られてしまうのではないか?
ならば、ごめんなさいが正解か? いや、そもそも今のは告白と受け取って良いのだろうか。
「すいませんっす。別に克人さんを困らせたかった訳じゃないっすから。良いっすよ。ごめんなさいと一言言ってもらえれば、それであたしの気持ちにもけりが付くっす」
「ごめん。俺は悠陽の気持ちには答えられない」
「そう……っすか。ありがとうございますっす。ま、この気もち自体のけりは少し前からついてたんすけど」
悠陽はそう言って笑顔を浮かべた。その笑顔はいつも通りの悠陽と同じ。でも、この表情をわざわざ浮かべさせてしまっていることに罪悪感を覚えない訳ではない。
「ちょっと、克人さん! 何辛気臭い顔してるっすか! あたしの気持ちなんてどうだって良いんすよ!」
「どうだって良い訳ないだろ」
「今はどうだって良いっす! もう気持ちの整理はできたっすから! そんなことよりっす!」
悠陽はそこで一度大きく息を吸った。そして、俺に向かって指を突き出してくる。
「このまま美樹さんと何も無いってのは流石に許せないっすから!」
「いや、それは向こうの気持ちだってあるだろうし」
「克人さんはやっぱり馬鹿っす。アホっす。おたんこなすっす!」
「おたんこなすってお前な」
「克人さんだって美樹さんが自分のことをどう思っているのか、気づいているんすよね!?」
「それは……」
確かに、美樹も俺のことを好ましく思ってくれているのだろう。それは流石の俺でも彼女の態度や言動を見ていれば分かる。だが、俺と美樹がそう言った関係になれば、悠陽との関係も崩れてしまうだろう。
「克人さん! もしかしてっすけど。あたしに気遣ってるんすか!? 奨学生部の中であたしが独りぼっちになってしまうかもしれないって、まさかそんなことを考えている訳じゃないっすよね!?」
「だってそうだろ。同じ部活の三人中二人がくっつけば、どう考えても二対一の構図ができちまう」
「はっ! 克人さんは随分と自信満々なんすぇ! あたしは克人さんよりも長く美樹さんと一緒にいるんすよ! あたしが克人さんに負けるわけないじゃないっすか!」
「長くって、数か月程度の違いだろ」
「でもっす! それにあたしの居場所はもう奨学生部だけじゃないっす! 陸上部だって、クラスだってあたしにはいくつもの居場所があるっすよ!」
「それはそうかもしれないけど」
「だいたい、あたしに友達を、居場所を作ってくれたのは克人さんじゃないっすか! もしもあたしの居場所が奨学生部になくなったとしても、あたしは大丈夫っす! それに、美樹さんも克人さんもそんなあたしをのけ者にするような人じゃないって分かってるっすから」
必要以上に大声でまくしたててくる悠陽。悠陽の言わんとしていることは分かる。とにかく俺の背中を押してくれているのだ。
「確かに、奨学生部にはせっちゃんもいるしな。俺と美樹がそうなったところでせっちゃんに邪魔されて奨学生部では普通にしてなきゃならないだろうし」
「そうっすよ。部室でいちゃつこうもんなら、せっちゃんとあたしが協力して邪魔するっすから」
「お前は俺を応援しているのかそれとも邪魔をしているのか。どっちなんだよ」
「うーん。美樹さんとくっついては欲しいっすけど、目の前でいちゃつかれんのはきついっす」
「なるほどな」
「それじゃ、あたしは帰るっすから。克人さんは早く美樹さんのところに戻ってあげてくださいっす」
「いや、でもお前も送らないと」
「大丈夫っす! というか、少しだけ一人になりたいっすから。それに、あたしそんなに酔ってないっすよ。克人さんに発破をかけるために抜け出したかっただけっすから」
悠陽はそう言うといたずらっ子のように、にひひと笑う。そして、俺に向かって手を振った後、一人で公園を出て行った。
まさか、後輩に背中を押してもらうことになるとは思わなかったが、自分の気持ちを押しとどめて、俺の背中を押してくれた悠陽のためにも、俺は行動を起こさなければならない。
一人歩く悠陽の背中に向かって、俺はそう決意した。……あーあ。あいつがトナカイの着ぐるみさえ着ていなければ感動で泣いていたかもしれないのに。
「あ、トナカイだ! でも、サンタさんがいないよ!?」
「見ちゃいけません!」
どこからともなく聞こえる親子の会話に、俺は苦笑することしかできなかった。




