クリスマス②
「志島! 来たぞ!」
今度は、玄関を借金の取り立てに来たかのように叩く音が家中に響く。もう誰が来たかは考えるまでもない。一応借金の取り立ての可能性——借金などしていないが——を考えて覗き穴から外を見ると、そこには緑髪を一つにまとめた女性。
「おい、いるんだろ! 開けろ!」
「ちょっと! 他の部屋の住人に色々と勘繰られるから!」
俺は急いで玄関を開け、せっちゃんを招き入れた。せっちゃんだけはいつも通りのスーツ姿。コートも何も着ていない。寒くはないのだろうか。
「遅いぞ志島! 凍えるかと思った」
やはり、寒くはあったらしい。
「っと、青山も赤坂ももう着ていたのか」
「そうですね、みんなどんだけクリスマスパーティー楽しみなんだよ」
「ちょっと待て。私は違うぞ? 学校で仕事が早めに片付いたから家に帰るのも面倒でここに来ただけだからな?」
「今日は設備点検かなんかで学校は入れないはずですけど」
「……まぁ、細かいことは良いじゃないか」
まさか、その言い訳をするためだけにわざわざスーツでやってきたのかこの人は。
「せっちゃんも来たっすか! って、なんすかその格好は! クリスマスっすよ!? クリパっすよ!?」
「しかも先生手ぶらじゃないですか。どうなんですか、パーティーにそのようなふるまい、非常識だとは思いませんか!?」
「そうですよ。せっちゃんが酒飲みたいって言ったからせっちゃんの要望通りのつまみも用意してたのに、肝心のお酒がなきゃ意味がないですよ。俺は高校生ですし、流石に酒のストックは冷蔵庫に入ってないですから」
「そ、それもそうか」
美樹と悠陽はそう言って、せっちゃんを部屋の外まで追い出した。ついでに、お菓子やらなんやらの買い出しも頼んだらしい。せっちゃんは哀愁漂う背中をこちらに向け、とぼとぼと近所のスーパーへと向かっていった。
「あたしも行くっす!」
と言って悠陽までもが出て行ってしまった。
これだけ人の出入りがあると、脳トレでもやっているのだろうかという気がしてくる。
「すいません、志島君の家でドタバタとしてしまって」
「別に良いよ」
「本当によかったのですか? 私の住んでいる家の方が広いのに、志島君のお部屋で開催してしまって」
「そりゃな。美樹のお母さんに気を使わせるのも悪いし、悠陽の家に行って悠李ちゃんの前でせっちゃんに酒を飲ませる訳にもいかないからさ」
「それならせっちゃん先生のお部屋でやればよかったのではないですか? 一応、先生も提案してましたし」
「いや、そこはほら。一人暮らしの女の人の家に男が上がりこむのもなんか気が引けちゃって」
「…………まさか、志島君がそのような配慮のできる人だとは思ってもみませんでした」
「これでも一応を使ってるんだぞ。女子だらけの部活だしな」
「そうなんですか。ということは私のことも女の子として見てくれてるわけですね」
俺が普段からどれだけ気を使っているかもしれないで、無邪気な奴だ。最初の出会いこそ美樹の着替え中に奨学生部へと突撃してしまっている訳だが、それ以降は入るときにちゃんとノックもしているし、五秒待ってから入室をするようにもしている。
「そうですか。志島君も男の子ですしね。年頃なんですから、女の子に興味津々でも引いたりしませんので安心してください」
俺から距離を取るようにして一、二歩下がる美樹。やはり、こいつは俺に喧嘩を売っているに違いない。
「あのな、お前は俺をなんだと思っている。そんなことを言うなら、一人暮らしの男の家に一人でのこのこやってきてんじゃねぇよ」
「そ、それは仕方ないじゃないですか! せっちゃんも悠陽さんもどこかに行ってしまいましたし! というか、誘ったのは志島君ですよね?」
「いやいや。普通はひとりっで来るとは思わないから。せっちゃんは大人だから別としても、美樹と悠陽は普通どこかで待ち合わせとかをして一緒に来るもんじゃないの!? それに、取り残されたんだったら一緒に出掛ければよかっただろ!?」
「なんですか!? さっきから普通、普通って! 私に友達関連の普通が分かるわけないじゃないですか!」
「あ、ごめん」
「何を普通に謝ってるんですか! 良いですよ! どうせ、志島君に私を襲う度胸になんてないでしょうし!」
顔を赤くしながら俺に向かって反論してきやがる。恥ずかしいなら言い返さなければよいものを。まぁ、確かに俺に美樹を襲う度胸がないのも事実なのだが。
「からかって悪かったよ」
「わ、分かればいいんです……」
やっと、エンジンを止めてくれたのか前のめりになっていた態勢を戻した。
「なんか飲むか?」
「すみません。頂いても良いですか?」
「今すぐに出せるのは麦茶しかないけど」
俺は冷蔵庫の中から麦茶の入ったボトルを取り出して透明なグラスに注ぎ、美樹に渡した。相当熱がこもっていたようで、美樹はそれを受け取るとすぐに喉の奥へと流し込んだ。
そして数秒間、息を整えるために深呼吸をすると、美樹は少しだけ悲しそうな顔つきになって、台所で作業をしていた俺の方を向いた。
「……私ってそんなに魅力ないですか?」
「どうしたんだよ。急に」
「いえ。どうやら志島君には私を襲うという選択肢が本当に無かったようなので」
「いや、そりゃだって今日はクリスマスパーティーをしようって話で来てもらった訳だし」
「良い口実じゃないですか。あわよくば、せっちゃんには酔いつぶれてもらって、悠陽さんには眠くなってもらって。そうすれば、私と二人きりになります」
「あのな。そんな策略を巡らせるくらいなら、お前だけを家に呼べば良いだろ」
「そこは志島君がチキンだから女性一人を家に呼ぶ勇気がなかったからと言いますか」
「な、何を! 俺だってその気になれば女子の一人や二人、家に連れ込むくらい余裕でできるんだよ!」
「う、嘘をつかないでください! 志島君にそんな度胸があるはずありません!」
「何だと!? あー、もう分かった! お前をここで襲えば文句ないか!?」
「ふんっ! 襲えるものなら襲ってみてください!」
「あー、襲ってやるよ!」
そして、徐々に体の距離を接近させていく俺と美樹。あれ、どうしてこうなった。売り言葉に買い言葉と言えばそれまでだが俺はまさかここで美樹と?
美樹も美樹で自分で言ってしまった手前、引き返せなくなってきたらしく俺から逃げることをしない。
「良いんだな!?」
「の、望むところです!」
「何がだ、馬鹿どもめ」
——スパン! スパン!
俺と美樹との距離が零になる刹那。せっちゃんの声が聞こえ、俺の頭が何かでひっぱたかれた。そして、次の瞬間には同じような音がすぐ目の前から響いてくる。
「外まで全部丸聞こえだったぞ、この不良生徒ども! そういうのはもっと、大人になってから! いや、私が許可するまでダメだ!」
「あたしは別に良いと思うっすけどね。でも、流石に目の前でイチャイチャされんのはちょっと」
「「すいません。調子に乗りすぎました」」
せっちゃんに関しては私情が入り込みまくっていたような気がするのだが、まぁ今回に関しては俺たちが全面的に悪いので文句は言わないでおいてやろう。
「はぁ、ちょっと目を離した隙にお前らは……」
何も言い返せない自分たちが恥ずかしい。それは美樹も同じようで、顔を赤くしたまま俯いていた。




