クリスマス①
俺はいつものように自室の台所に立っていた。しかし、今日は違う箇所がいくつかある。まずは、食材の量。とても自分一人では使いきれそうにないが、今日ばかりはこれで良い。
小さな1Kの部屋に、これから三人の来客が予定があるのだ。
まず、来客を迎えるにあたり布団を押し入れに文字通り押し入れ、低いテーブルを部屋の真ん中に置く。自分でいうのもなんだが、とても男子高校生の一人暮しとは思えない。
約束の時間は夕方なのだが、今はまだ太陽がまだ高い位置にある。
「さてと、作りますか」
俺はエプロンを着用し、丸々としたチキンに包丁を入れた。
彼女たちが来るまで残り数時間。自分から誘っておいて間に合いませんでしたでは、流石に顰蹙を買うだろう。……いや、普通に面と面を向かって文句を言われるに決まっている。
どうしてこんなことを言ってしまったのだろう。俺は、数週間前の自分自身に文句を言ってやりたくて仕方がなかった。
「なぁ、クリスマスって予定あるか?」
文化祭終了後に見つけてしまった短冊が気になって、俺は美樹たちにそう聞いてしまった。盛大な地雷を踏んでいることに気づかずに。
「ふふふ。志島君はおかしなことを聞きますね」
「そうっすよ。克人さんは頭よさそうな雰囲気だしてるっすけど、実は馬鹿っすよね」
「いや、こいつは私たちに喧嘩を売っているだけかもしれないぞ?」
女性陣は死んだ目を俺に向けてくる。やめてほしい。普通に怖いから。
放課後の奨学生部部室でいつものようにダラダラしていた三人に声をかけたらすぐにこれだ。
「あるわけないじゃないですか。それで、急にどうしたんです? ……まさか!?」
「克人さんは予定があるんすか!?」
「なんだと!?」
三人揃って、ずんっと俺に寄ってくる。やめてほしい。
美少女と美人にすり寄られるというのは本来ならば気分の良いものであるはずなのに、どういう訳か俺には素直に喜ぶことができない。あぁ、三人から怨嗟のオーラが出ているからか。
とはいうものの、三人はクリスマスに予定がないということ自体に悲観的な訳ではないように見受けられる。ただ、俺の抜け駆けが許せないだけだ。底辺同士の足の引っ張り合いに他ならないので、できるだけ気にしないようにしよう。
「いや、そういう訳じゃないけど」
「「「ですよね」」」
今日も今日とてナイスコンビネーションな三人に、無性に腹がってくる。
「なぁ、クリぼっち確定的な四人がそれを回避するための画期的な方法があるんだが、知りたいか?」
っと、急に真剣な表情になりやがった。無言でこくこくと頷いてくる三人。
「ま、まぁ話を聞くくらいなら良いのではないでしょうか?」
「そ、そうっすよ。どーせ、克人さんのことっすからたいしたことは言わないと思うっすけど、話を聞くだけならいいっすよ」
「わ、私はそろそろ職員会議に行かなくてはならないのだが、まぁあれだな。顧問を務める部活の生徒たちのピンチだ。私も話を聞くだけ聞いてやろう」
「俺たちでクリスマスパーティーを開けばいいんじゃないか?」
…………。
「「それだ!!」」
と、簡単に決まってしまったクリスマスパーティー企画。これならば、おいしいご飯も食べれるし、クリスマスっぽいし、生徒の前でいかがなものかという倫理感さえ除けばお酒も飲める。
本来であればクリスマスは意中の相手と過ごすべきなのだろうが、あいにく俺にそう言った相手はいない。それに、この前の文化祭の件で吹っ切れた。
きっと、俺にはそう言うことは向いていないのだ。ならば、俺の周りにいる人がみんなで楽しく過ごせる方が良い。
俺は文化祭で美樹か悠陽かの選択を迫られ、美樹を選んだ。美樹もそのことについては喜んでくれているようには見えた。少なくとも嫌そうには見えなかった。……たぶん。
にもかかわらず、俺も美樹も今日まで特別なアクションを起こしていない。行動を起こして奨学生部が変わってしまうのは回避したかった。きっと、美樹も同じように考えているのだろう。
色々と文句は言ってみたが、やはり奨学生部三人で楽しく過ごせていることに変わりはないし、もし仮に奨学生部内で桃色の出来事があれば、俺たちの関係性はギクシャクしてしまうだろう。ならば、俺は変な気を起こすべきではない。
という結論に達し、今日の奨学生部クリスマスパーティーを行うという訳だ。
俺が調理を始めてどのくらいたっただろう。丸鳥の下処理を終え、野菜と共に鍋に入れたとき、俺の家の玄関が何者かによって叩かれた。
「志島君? 約束の時間には少し早いですが、何か手伝えないかと思って来ました」
「どうぞー、空いてるから入って良いぞ」
俺が呼応すると、玄関がゆっくりと開かれ、扉を叩いた人物が入室してくる。そして、後ろ手に丁寧にドアを閉めた美樹は、俺に向かって深く頭を下げてきた。
「本日はお招きいただきありがとうございます。つまらないものですが、もしよろしければ召し上がって下さい」
「あ、これはご丁寧にどうも」
確かにパーティーに招待した訳だけども、美樹さんや些か丁寧すぎやしませんかね。相手がそういう感じだと、こっちまでちゃんとしなきゃいけない気がしてきてしまう。
しかも、美樹が手にしている菓子折りはここらではとても有名な和菓子店のものだ。食べては見たかったのだが、なかなか財布のひもが緩まらない。そんなシロモノのはずなのに、美樹は何気にすることなくひょいっと俺に渡してくる。
そして美樹はどうやら高級な和菓子よりも、これからありつける食事の方に興味があるようだ。
「志島君! それが、今日のメインディッシュですか!?」
いつもの美樹に戻ってくれた何よりだ。
「おい。生だからつまみ食いしちゃだめだぞ」
「し、しませんよ!」
そう言うと、美樹は玄関から台所を通り抜け和室の方へと向かった。そわそわと周りを見ているが、あの顔は「これが……家?」ととても失礼なことを考えているに違いない。
「まぁ、まだまだ時間かかると思うから楽にしていていいよ」
「ありがとうございます。一応、クリスマスらしい飾りを持ってきてみたのですが、飾らせていただいても良いですか?」
「良いぞ。あ、でも賃貸だから壁に穴開けたりとか、壁紙剥がしたりとかするなよな?」
俺の忠告をちゃんと聞き入れてくれたらしい美樹はコートを脱いで、鞄の中をあさり始めた。いつもの制服姿ではない美樹も新鮮だ。青っぽいスカートに白いセーター。
俺の聞いたところによると女子はおしゃれのためなら寒さを感じないらしいのだが、美樹はどうやらその典型から漏れるらしい。暖かそうな服を着ている。
「かーつーとーさん! あっそびましょっす!」
と、美樹のことを観察していたら、今度は悠陽がやってきたようだ。
「開いてるぞ」
「お邪魔しまーすっ!」
バタン! ドタン! と元気いっぱいに入室した悠陽もいつもの制服姿ではない。そして、やはり奨学生部の女子はどこかおかしいのか、非常に暖かそうな格好をしている。
「悠陽。お前、それで来たのか?」
「そうっすよ? だってクリスマスっすから」
全身茶色い洋服にはフードが付いており、そのフードには角と真っ赤な鼻。まさか、トナカイのコスプレをして登場するとは。
「あと、これすっごくあったかいんすよ! これを着てればジャンバーもコートもいらないっす!」
「そうか。まさか、その格好を隠すこともせずに来れるとはな」
「なんで隠す必要があるんすか? 子供たちにめっちゃ手をふられったすよ?」
悠陽は俺に向かって胸を張る。いや、別に羨ましくないけど。と思っていたら、美樹は少し羨ましそうに悠陽の格好を眺めていた。
「あ、これは美樹さんの分っす」
悠陽はそう言うと背負っていたクリスマスツリーの形をしたリュックサックから赤を基調とした服を取り出した。
「さぁ、着替えるっすよ!」
「ここでですか!?」
いや、着替えること自体に疑問は感じないのか。
「ちょっと、待ってください。今は飾りつけに忙しいので。パーティーが始まる前には着替えますから」
「しょうがないっすねぇ。せっかく持ってきたんすから、絶対来てくださいっすよ?」
「分かっています」
分かっちゃうのか。
服装の件がひと段落着いたのか、美樹と悠陽は俺の部屋を飾り付け始めた。と言っても、そこまで豪華なものではなく、赤と緑の折り紙を輪っかにしてつなげただけの装飾。しかし、何もなくクリスマスにしては殺風景だった俺の部屋が、徐々にクリスマス色になって行った




