家庭の情事①
「志島君、ちょっとついてきてもらっていいですか?」
「志島、悪いんだが少し頼まれてくれんか」
「克人さん、ちょっとお願いがあるっす!」
「とりあえず、一斉に喋るのはやめてくれ」
放課後、俺が部室に一歩踏み入れた途端、いつものメンバーたちが駆け寄ってきた。
とりあえず、一人ずつ話を聞くために俺はまず美樹とちゃぶ台を挟んで座った。他の二人は部屋の隅で体育ず割をして待機している。
「それで、俺はどこに連行されるんだ?」
「人聞きの悪い。お願いの形をとってるじゃないですか」
「形って言っちゃってるからね?」
「……とにかく、着いてきてもらっていいですか?」
「だから、なぜ」
「前に言いましたよね。お父様の過保護を矯正する手伝いをすると」
「そういえば、そんなことも言ったけか。それで、俺は実際のところ何をすればいい」
「恋人のふりをしてください」
「いやだ」
「流石にそこまで瞬時に拒否されると傷つくんですが」
「悪い悪い。でも、それをしたところで効果あるか? 俺の命が危険にさらされるだけのような気がしてならないんだけど」
「ある種のショック療法ですね。友達ができないようにしてたのにそれを超える彼氏という存在が現れればきっとお父様も諦めて、私に友人ができるのを認めてくださるはずです」
「……そんなにうまくいくか?」
一通りを聞き終えたところで、今度はせっちゃんが俺の前に座った。すると、悠陽がせっちゃんのいた場所で、美樹が悠陽のいた場所で体育座りをした。なぜわざわざローテーションするんだ。
「それで、俺は何をやらされるんですか」
「人聞きの悪い。お願いの形をとってるじゃないか」
「形って言っちゃってるからね……話聞いてただろ。完璧に同じ流れを通ってるぞ」
「とにかく、頼まれてくれないか?」
「無理やり話を進めようとしてないか」
「前に言ったことあるよな。私に見合い話が来ていると」
「確かにそんなことも言ってたな」
「私の恋人になってくれ」
「うん。そこまで美樹に寄せる人はないんじゃないですかね」
「あ、これはマジだ」
「マジか」
「ちょっと、私と結婚を前提に付き合ってくれ」
「美樹よりも重くない!?」
「そのくらいの相手がいるとなれば、相手も引き下がるだろ」
「……そんなにうまくいくか?」
今度は悠陽が俺の前に座った。ちゃっかりと美樹も場所を動き、せっちゃんも部屋の隅へと帰って行った。
「まさか、お前も俺に恋人になってくれなんて言わないよな」
「……なんでわかったんすか。もしかして克人さんってテレパシーとか使えるっすか」
「おい、なんでお前の恋人にならなきゃいけないんだ。美樹とせっちゃんは確かに理由があったけど、お前に関してはマジでないだろ」
「え、克人さんあたしの恋人になりたいんすか? うーん、七十点」
「高得点なのかどうか分かりかねる評価をどうもありがとう。お前が恋人になれって言ったんだろ」
「あたしが言ったのはお母さんの恋人になってくれってことっす」
「マジで重たいな! なんで悠奈さんの恋人にならなきゃいけないんだ」
「なんでか知らないっすけど、うちのお父さんがお母さんに会いに来るらしいんすよ。お父さんって言っても元っすから、お母さんと結婚しても大丈夫なんで、その辺は安心してくださいっす」
「安心できるか。というか、なんで元お父さんが来るって時にあ母さんの恋人役がいるんだよ」
「なんか、うちのお母さんとよりを戻したがってるらしいんっす。でも、お母さんはもう見限ってるみたいで。あたしも悠李もあたしらのことを捨てたお父さんのことなんてもう必要ないっすから。だから、簡単に断るために克人さんの協力が必要って訳っす!」
「それ、本当に俺必要か?」
「必要っす」
「まぁ、とりあえず分かった。それで、俺はいつ恋人役を務めればいいんだ?」
「「「明日」」」
俺は悠陽に聞いただけのつもりだったのだが、他の二人の声も重なって聞こえた。声を発した当の本人たちは、驚愕よりも単に焦っているような表情を浮かべている。
「うん、無理だな。とりあえずじゃんけんで俺が協力する人を決めてくれ」
俺としては面倒ごとが三分の一になるのだからラッキーに他ならないのだが、相談している側からすればたまったものではないだろう。
というか、急に明日の話をされても困る。もし俺に、友人と遊びに行く予定でもあったらどうする気だったのだろう。あ、休日に遊びに行く友達なんていなかったわ。
「ちょっと待ってください! もし負けたらどうするんですか? お父様はもう明日こちらに来てしまうんですよ!? 紹介したい人がいるって言ってしまいましたし!」
「ちょっと待て、今回の見合いは本気で押し通されてしまいそうなんだ。見合いをぶち壊すためにお前が来てくれないと困る」
「克人さん! 私たちのお父さんになってくれるって話は嘘だったんすか!?」
「おい悠陽。さりげなく過去を捏造するな」
好き勝手に制服をつかんで来る三人から身を離す。悠陽と美樹が襲い掛かってきそうな雰囲気を醸し出している中、せっちゃんが手を打って二人を制止した。
「こういうのはどうだ?」
三人で集まってごにょごにょと少し話した後、美樹と悠陽は「それは名案!」と顔を見合わせて頷いた。
「よし、場所の確保は私に任せろ。志島には後で私から携帯に連絡する」
せっちゃんが携帯を耳に当てながら部屋を出ていくと、準備があるので、とそれに続いて美樹と悠陽も部屋を出て行った。
どうやら俺の明日は相当ハードなものになるらしい。
せっちゃんから指定された場所は俺の家から電車を乗り継いで一時間ほどの場所にあった。自然に囲まれた料亭と言ったところか、めったに来る機会がないので緊張してしまう。
昨日、俺の携帯に来た連絡は時間と場所、そしてスーツを着て来いということだけ。スーツを着る機会なんて学生にはめったにあるものではなく、この服装も俺の緊張に拍車をかけているのだろう。
川に面した場所にあるその建物の前で、せっちゃんが俺のことを待ち構えていた。
「やっと来たか」
「やっとって、指定された時間にはまだなってないですよね。せっちゃんが焦りすぎなんですよ」
「こっちは人生がかかってるんだから、仕方ないだろう」
せっちゃんは珍しく拗ねたように言った。お見合いにいつもと同じスーツ姿というのはいかがなものかとも思ったが、この人はお見合いをぶち壊したいらしいので問題ないだろう。
「それで、今日の予定だがな。この料亭の三つの部屋にそれぞれ私、青山、赤坂のグループが待っている。お前にはその都度必要な時に必要な部屋へと入ってもらう。いいな?」
「つまり、俺は行ったり来たりさせられるということですか?」
「その通り。お前のことが必要になったらその携帯でお前のことを呼び出すから、上手い事言ってその部屋を出て必要な部屋へと入る。簡単だろ?」
「難しすぎませんか!? もしかして、昨日話してた名案ってこのことですか。だとしたら、愚案にもほどがありませんかね。だいたいどうやって抜け出せっていうんですか」
「そんなもの簡単だろ。腹が痛くなったとか、電話がかかってきたとか」
「いや、前者は仕方ないとしても後者で席を外すって常識的にどうなんですかね」
「大丈夫。ぶち壊せば良いんだから、常識も何もないだろう?」
「ぶち壊せばいいのはあんたのところだけだからね!?」
「うるさい。とにかく頑張ってくれ。まずは青山のところからだな」
せっちゃんはそう言って、一人で建物の中へと入っていった。
俺が今いるこの場所は料亭である。しかし、急な場所設定ということで料理が出てくる事はないらしい。それでも、場所を抑えられるだけせっちゃんは優秀というか、コネを持っているというか。
俺はネクタイが曲がっていないかもう一度確認してから建物へと足を踏み入れる。入った途端にお店の従業員さんらしき女性が、かわいそうな者を見る目で俺のことを見ていた。
どうやら、せっちゃんはこのことをお店側へと説明しているらしい。それもそうか、色々な部屋に出入りする奴なんて怪しいだけだ。




