奨学生廃止?⑥
俺は理事長の誘いに乗り、今この場に立っている。結果としては理事長の危惧していた通り、感情に流された生徒たちは俺を奨学生から堕とした。奨学生を廃止するという信念を俺の演説を聞いて簡単に曲げた。理事長の筋書き通りに事が運ばれていったことになるだろう。
そしてここから、理事長の最終計画が進行を始めた。
「確かにこれは、私がすべて仕組んだ茶番だ。だが、生徒手帳を見てみろ。生徒総会で可決された議案は必ず執行されなければならない旨が書かれているだろう。だから、志島君は奨学生の権利を剥奪される。そもそも、女子力だなんて項目で奨学生にしているのが異例なんだ」
理事長は最後に俺に向かって強烈なパスをよこした。理事長から頼まれていた役割は最後にもう一つある。俺は一度大きな深呼吸を誰にも気づかれずに行うと、最後の演説へと向かった。
「理事長! ちょっと待ってくださいよ! 俺は理事長に協力しただけじゃないですか! それなのに、なんで俺が奨学生から堕とされるんですか! 理事長は知ってるでしょう! うちがどれだけ貧乏で、この学園の学費を払うのは難しいんですよ! もし、奨学生でなくなったら俺はもう転校するしかなくなる! せっかく、奨学生部のみんなとも仲良くなれたのに! こ、こんなところでこの学園での生活が終わるなんて!」
「志島、見苦しいぞ。恨むなら生徒を恨め。私はあくまでも規則にのっとっただけだからな」
「そんな理事長!」
体育館がざわざわしてきたのを確認し、俺は体育館を無言で出て行った。生徒会の規則がそうなっていることくらい俺自身は知っていいたので、さして驚きはない。
「くそ!」
陳腐になってしまったが、捨て台詞のように体育館の入り口で叫ぶと、さきほどまでざわついていた体育館がぴしゃりと静まり返った。
翌日。ことの顛末がどうなるか知っているので、俺はためらいなく学校に向かった。
校門まで歩いていくと、そこには見知った顔が三つあった。
「志島君、心配しましたよ」
「克人さん、今日学校来てくれてよかったっす」
「志島、よく来たな」
奨学生部の部員と顧問は俺を潤んだ瞳で見つめてきた。恨めしそうな視線が二つほど混ざっていた気がする。気にしたら負けか。
「それでは、行きましょうか」
美樹は俺を先導して、一つの掲示板へと向かった。あの時と同じだ。ありとあらゆる掲示板に、あの時とほぼ同じ旨が記載された紙が張り出されている。
「志島 克人 演技力優秀につき奨学生とす」
美樹たちと別れ教室に入ると、友人である真がニヤニヤとした表情をこちらに向けてきた。
「なんか、うん。いや、えーっと、おめでとう……?」
その他のクラスメイトもほぼ同様の反応である。
「ありがとう」
「ま、理由は何であれ良かったな。奨学生っつったらあの極上美人二人組の仲間入りだろ。なんというか、お前があそこに入るのか、画が汚れるな」
「余計なお世話だ」
いつだかもやったようなやり取りに辟易しながらなんとか授業を終え、放課後まで必死に耐えた。
そして、俺がいつも通り奨学生部に行くと、すでに俺を問い詰めようという気があふれ出ている三人の姿があった。
「さて、それでは説明していただきましょうか」
正座をしたままこちらを睨む美樹。俺はとりあえず靴を脱いで、畳の上に上がった。座布団を二つ浸かって寝っ転がっている悠陽から座布団を奪い取り正座すると、真面目モードになりたいらしいせっちゃんはちゃぶ台の上に置かれていたメガネをかけた。
「なにって、理事長が言ってただろ? ここの生徒に危機意識を持たせたかったって」
「それは分かりました。ですが、私たちが言いたいのは、なぜ私たちにまで秘密にしていたのかということです」
「美樹はともかく悠陽に言ったらどこからか漏れ出そうだし、理事長から緑川にも言うなよって釘を刺されてたし」
「なんで私までダメなんだ」
「なんか、緑川はまだ私の生徒みたいなものだから、とかなんとか言ってましたけど」
「私ももう立派な教師なんだがな、先生にとってはいつまでも生徒ということなのか」
「ちょっと、克人さん! あたしに言ったら漏れ出るってどういうことっすか!」
「いや、お前は嘘つくのとか苦手だろ」
「その通りっす。正しい判断だと思うっす」
意外にも諦めが早かった悠陽に対し、せっちゃんはまだまだ私も頑張らないとな、と落ち込んでいる様子だ。
「それで、なぜ私にも隠してたんですか」
「それはな……」
「それは……?」
「その方が面白そうだったからだ」
「……それが遺言ということでよろしいですか志島君」
こちらに飛び掛かってくる美樹をいなしていると、悠陽が混ぜてほしいっす! と俺と美樹を巻き込みながら飛びこんできた。
「意外と美樹さん強いっすね! というか、見事な関節技っす」
「おい悠陽! 感心してなくていいから俺を助けろ」
「美樹さん! どうやるのか教えてくださいっす!」
悠陽が教えを乞うと、美樹は得意げな顔でそれに応じている。どうやら、俺に対する怒りは収めてくれたようなので何よりだ。
「失礼するよ」
ドアをノックすることなく扉を開けたのは、今回の事件の発端である理事長。特に詫びる様子もなく両手に大きなビニール袋を二つ下げて、普通に入ってきた。
その姿を見たせっちゃんは背筋を伸ばし、美樹はこれでもかというほどに不信感を募らせた表情で侵入者の顔を見ている。悠陽はしばしの間、誰だっけこの人と首をひねっていたが、思い出したようでがるるると理事長を威嚇し始めた。
「そんな顔をするな、実際問題として志島君はここにいるではないか」
「それはそうですが……」
「今日は君たちに紹介したい人を連れてきたぞ。紹介といっても顔くらいは知ってるか」
そう言って理事長が招き入れたのは生徒会の面々だ。決まづそうな表情でおどおどと入ってきた生徒会長を先頭とし、他の生徒会の面々も後に続いていた。
生徒会長はなぜか、美樹、悠陽、せっちゃんがいる方へ。残りの生徒会役員は俺の方へと自然に位置取った。
「お、知っていた側と知らなかった側で戦争か?」
「あんたのせいで戦争が始まろうとしているんですがその点はいかがお考えですか」
楽しそうに顔を歪めた理事長に対し、健が冷静にツッコむ。冷めきった空気が流れる中、俺は健の肩に手を置いた。
「それで、俺の影にいてブチ切れて権力におぼれた健さん、何か弁明があれば早めに言っておいた方が身のためだぞ」
明らかに健を睨む美樹と悠陽。俺はせめてもの情けにと弁明の機会を設けた。
「え、マジで? いや、俺も理事長に言われてやっただけだから。確かに小学生の頃はこいつに嫉妬していたのかもしれないけど、流石にここまで振り切った女子力だったらもう文句のつけようがないだろ。演技だって、演技」
「本当ですか? それにしてはのりのりだったように見えましたが」
「ほんとっすか? 楽しそうでしたっすけど」
信用するつもりのなさそうな美樹と悠陽が目を細めて健を見る。妙な緊張感を解いたのはこれまでずっと健の腕に自らの腕を絡ませていた都築であった。
「ちょっとぉー。なんなんですかぁ、この空気ぃ、もっと楽しくいきましょうよぅー」
「分かりました。確かに榊原君は理事長の指示通り私たちを騙しただけですから、良しとしましょう。ですが、私は都築さん、あなたの喋り方が嫌いです」
「あ、あたしもそれずっと思ってたっす!」
「ひっどぉーい! ちょっと、健ぅ! 彼氏なんだから何とかいてよぉ!」
「うん。話がややこしくなりそうだから、ちょっと黙ってような」
全く傷ついていなそうな都築の頭を健が撫でてなだめている。
はーい、奨学生部はリア充立ち入り禁止でーす。出てってくださーい。
「ごめんなさい。君たちを騙す形になってしまって」
生徒会で一番の常識人なのだろう狩野が美樹と悠陽に謝罪をする。生徒会の過半数を取るための三人目として選ばれたのは、生徒会長である日比さんではなくこいつだったという訳だ。なぜ、外されたかは悠陽と同じ理由だろう。
「さて、今日は謝罪のために色々持ってきたんだ。遠慮なく堪能してくれ」
理事長はちゃぶ台の上に、明らかにコンビニで買ってきたのだとわかるお菓子と飲み物を広げた。
「理事長ならもっと豪華なものを……」
「緑川、貴様はずいぶんと偉くなったんだなぁ」
「いえ、何も言ってません」
俺はこの日から、女子力ではなく演技力での奨学生となった。俺が見せた体育館での最後の抵抗は、怖いくらい真に迫っていたらしい。冷静に考えれば奨学生から外されても転校に直結するわけはないのだが、あの場の雰囲気に生徒たちは流されてしまった、ということなのだろう。
後から聞いた話だが、俺が帰った後体育館では俺を奨学生に復帰させるための抗議が行われたらしい。結局、自らの下した決断が一人の人生を左右するということに気づいて怖気づいたたということか。まぁ、そのおかげで俺はまたふざけた理由で奨学生になったことに反対生きんが出なかったわけなのだが。
理事長の思惑通りに事が進んだわけだ。二リットルのペットボトルに入ったジュースをラッパ飲みする理事長を見ていると無性に腹が立ってくる。
どうにかこうにか、仕返しをしてやろうと考えたが、よくよく考えるとこの人はせっちゃんの恩師だ。しかも、メガネをかけている訳でもない。絶対に敵わない敵に立ち向かうほど、俺に勇気があるはずもなかった。
ちなみに、この日を境に俺をお母さんと呼ぶ生徒は、激減……することなくむしろ増加することとなった。俺の印象をすこしでも回復させようとした知り合いたちが、どんどんどんどん広めていったそうだ。ふざけるな。
だが、今回ばかりは悪気があって広めたわけではない。あくまでも俺の印象回復の過程で広まってしまっただけなのだ。
俺はやるせない思いを抱えながら、ジュースのラッパ飲みを敢行する。
奨学生部にこんなにも大勢の人が集まる機会があるとは。数少ない機会だろうし、俺はこの状況を楽しもうと思う。暴れている理事長とせっちゃんを止めながら。さっき飲んでたのジュースだよね……?
顔を赤らめた理事長を見ていると、もうどうでもよくなってきた。こんな風にすぐ思ってしまうから、美樹に適当に生きていると言われてしまうのだろう。
おい、こっち見てないでお前も止めろ。
俺の言葉が美樹と悠陽に届くことはなかった。




