奨学生廃止?⑥
「それでは、次に奨学生本人の主張を聴きたいと思います。代表して志島君、よろしくお願いいたします」
突然話を振られた俺だが、この会議中どこかのタイミングで発言する気はあった。話す内容は既に決まっているし、今更焦る必要もないだろう。
体育館の入り口の方には腕を組んで壁にもたれかかっている理事長の姿があった。
「奨学生部二年の志島です。まずは、発言の機会を与えてくださりありがとうございます」
俺は自分のできる最大限に綺麗なお辞儀を心掛け、床に目を移す。数秒が経過したのち顔を上げると、体育館中の視線が俺に集まっているのが分かった。
「奨学生部の廃止についてだが、俺は勿論、廃止に反対させてもらう」
口調をいつものものに戻し、声を出すと生徒たちの反感が目に見えるようだった。態度に問題があるのだろうが、今更知ったことではない。
「今回、このような議論があったからこそ俺たちが何をしているのか、その内実を多くの生徒が知ったと思う。どう思った? 役立つ? ふざけるな? 意味がない? 各々が感想を持ったことだろう」
飄々としたとした俺の態度に、体育館にいる生徒、教師でさえも不信感を抱いているようだ。そうだ、その反感は俺に向かっていれば問題ない。
「だが、そもそも相談を俺たちが受ける必要があるのか? 奨学生だからと言ってその時間をお前ら一般生徒のために使ってやる義理があるのか?」
喉から流れ出てくる言葉は普通の生徒だけでなく美樹や悠陽にも違和感を伴って届いているようだ。
「そもそも、なぜ俺たちが奨学生なんて待遇を得ているのか。ここにいる全員が知っているだろ。俺たちが他の連中と比べて、何かしらの力に秀でているからだ。勉強、運動、女子力。ここにいる中で俺たちに勝てる奴がいるのか? 優れた人間が優遇される、当たり前のことじゃないか」
俺を非難する生徒たちのヤジが体育館の中に響く。うるさいだの黙れだの、低俗で内容のない言葉たちだ。不思議と気分が良い俺は性格が悪いのだろうか。
「それを僻んで奨学生を廃止するだ? 笑わせるな。奨学生になる努力をすればいいだけのことだろ」
体育館の端々から、生まれついた能力はどうしようもない、才能に努力は勝てない、だの色々と聞こえてくる。おい、それを俺に言うのか。
「生まれつきだの才能だのがないだから無理だ? ふざけるな。誰しもが得手不得手がある中で上手に生きてんだよ。悠陽は運動こそできるが、勉強は全くできないし。美樹は勉強こそできるが人間関係はヘタクソだし。それでも他人に認められて評価をされているんだ」
俺が好きなように言葉を並べていると、俺の背後から奨学生二人からの刺さるような視線。そんな二人に気を取られていると、生徒会の面々が座る席から一つの影が立ち上がった。
「なら、お前はどうなんだ」
健だ。健はどこから出したのか、ワイヤレスマイクを持っている。
「確かに、青山さんと赤坂さんは適性のある分野で努力をしたのだろう。なら、お前はどうなんだ。女子力を他人に認められて奨学生だ? 女子力だなんてふざけた内容で奨学生を決めるような制度なら廃止した方がいい。みんなもそう思うだろ!!」
健は体育館に座る生徒に向かって声を張り上げた。一部熱狂的な廃止論者たちが大きな声で、うぉおおお! とそれに呼応する。
俺はその健の言葉を待っていたのだ。そして、再度用意していたセリフを口にした。
「ちょっと待て。それなら、主張すべきは奨学生制度の廃止ではなくて、俺の排除じゃないのか?」
俺の言葉に一人の生徒が「そうだ!」と声を上げた。名前も顔も分からない生徒の声に反応し、ぽつりぽつりと「そうだ」の声が伝播していく。
奨学生部に対しては友好的な態度を示す人々も俺に対する反感は十分にあったようで体育館のボルテージが徐々に上がった。それを確認した健は最後の言葉を述べ始める。
「ならば、議題を変えよう。奨学生部の廃止ではなく、志島克人の一般生徒への格下げだな。議長そういうことだからよろしくな。理事長もそれでいいですよね?」
突然話を振られた理事長は、無言で頷いた。体育館中の生徒もその大半が異論無いようだ。数少ない俺の見知った顔が反論しようと試みているが、数の前にその声をつぶされていた。
俺は自分の仕事を終えたので、潔く自分の席へと戻る。
「志島君、大丈夫なんですか?」
「克人さん、やばくないっすか?」
心配する二人の声を無視して、もう一度気合を入れるためなのか拳を握った健を見る。向こうもこちらを意識していたようで、目が合った。疲れた表情を浮かべる健に心の中でエールを送り、俺は目を瞑った。
「さて、それじゃあ投票と行きましょうか」
健の声が途切れると、議長がその場で投票を執り行う。
俺を奨学生から陥落させようという選択肢の方で体育館を大きな拍手が包み込んだ。
「え、克人さん奨学生じゃなくなっちゃうんすか!?」
「らしいな」
隣から声をかけてきた悠陽に対して、俺はシンプルに答える。
美樹と悠陽には一定数のファンがいるからなぁ、俺には味方いないからなぁ。悲しくなるからこれ以上考えるのはもうやめよう。
隣にいる美樹も不安そうな顔をしている。いや、この顔は俺の身を案じたというよりも、お父様の過保護を矯正するの手伝ってくれるって言ってましたよね? と俺に伝えている。俺が奨学生でなくなったら手伝わなくなるとでも思っているのだろう。
俺が自分のこれからよりも隣にいる美樹の目に恐怖を覚えていると、盛り上がる体育館に一人の女性の声が響いた。
「さて、生徒の諸君! 激論、お疲れさま」
満足そうな表情を浮かべながらゆっくりと証言台に歩いていき、マイクを取った理事長は体育館にいるすべての視線を独占していた。
「生徒会と奨学生部の諸君、ご苦労様だった」
「「「「ん?」」」」」
生徒会長である日比さんと、美樹、悠陽、せっちゃんが驚愕の表情を浮かべている。
「この長きに渡った茶番もやっと終わらせることができる」
驚愕を浮かべていたのは、もはや先ほどの四人だけではない。体育館にいる俺、健、都築、狩野、理事長以外のすべての生徒、教師が同じようにぽかんと疑問符を浮かべていた。
「君たち生徒には悪いが、これも教育の一環でね。君たちがどの程度自分の頭で考え行動するのか、ひそかに試させてもらったよ。結果としては五十点と言ったところかな。上にいる者の話を鵜呑みにしてそのまま踊った者たちが多くいることが残念でならないよ」
「理事長先生、一体どういうことですか……?」
静寂に包まれる中ただ一つ響く理事長の声を、戸惑いつつも遮ったのは慌てたように駆け寄ってきた学園長であった。
「黙っていてすまないね。少し生徒に協力してもらって、権力者の言うことに従順なだけじゃだめだぞ? という教訓を生徒に提示しようと思ったんだが、どこかの奨学生部の輩が自分の役割を全うしすぎてしまったらしい。見事なヒールっぷりだったぞ、志島」
俺は理事長からの褒め言葉を聞き流しつつ、数週間前の出来事を思い出していた。
「きみが志島君か。節が色々と世話になっているようだ」
「ありがとうございます」
目の前にいる女性は、黒髪であるもののどこかせっちゃんに似た雰囲気を持った人物である。学園長不在の学園長室に呼び出された俺に向かって、理事長を名乗るこの女性は頭を下げてこんな願いを口にした。
「君には奨学生をやめてほしいんだ」
「それは、俺の女子力が足りなくなったということですか?」
「っと、すまない。何も今すぐにやめてくれという訳じゃない。ただ、この学園の生徒にぼこぼこにされて欲しくてね」
「いやです」
「待て待て、話は最後まで聞くものだよ」
「なら、はっきりと言ってくださいよ」
もったいぶる理事長は、すまなそうにも面白がっているようにも見える表情で俺に向き直った。
「これから、君たちのところに生徒会から奨学生部廃止の案が出てくる。そのままその議案を生徒総会まで私が誘導するから、君にはそこから奨学生部の廃止から君だけが奨学生をやめる方向に話を持って行って欲しいんだ」
「そんな無茶な。それをやって、俺に何のメリットがるんですか」
「勿論、きみがうまくやってのけた暁には、うちの学校の学食の食事券を上げようじゃないか」
「安くない!?」
理事長は本気で言っているようで、「だめか……」と肩を落とした。
「そもそも、なんでそんなことをしたいんですか」
「少し真面目な話になってしまうがいいか?」
「良いですよ。というか、最初から真面目に話してください」
「私はこの学園で教師をしていたんだ。今はもう理事長としての職に専念するために教壇には立っていないがね。緑川はその時の教え子だ」
「そうなんですか。話がそれてます」
「っと、失礼。そのころから気になっていたんだ。この学校の生徒たちはどこかの企業の社長の子女だったり親が政治家だったりと、なにかと権力者の卵が多くてね。だから、そんな生徒たちに問題提起をする機会をうかがっていた。自分で考えることの大切さを知るためのね」
「それが、俺とどういう関係があるんですか」
「生徒会の面々には、奨学生という制度自体を廃止させるような論調を学校にもうばら撒いてもらっている。既に多くの生徒がそれに賛同し、陰で盛り上がっているようだ」
「マジっすか、知りませんでした」
「そこから、志島くんには頑張ってもらって、奨学生という制度への攻撃を、君に向けたものに変える。もしもそれに生徒が乗れば、信念などなく感情に流されただけということになる。仮にそうなるようなことがあれば、生徒には自分が下した決定が、他人の人生をいかに左右するかを見せつける」
「なるほど」
「もちろん、君に向けられる敵意は最終的に私に向くようにしっかりと事後処理をするつもりだ。やってくれるか?」
理事長はにやりと楽し気な、そして強い意志を感じる表情をしていた。




