奨学生廃止?⑤
体育館に足を踏み入れると、正面の際学園長などが長い話をするあの壇上には司会進行役となるのだろう、三人の生徒が横長のテーブルにパイプ椅子をつけて座っていた。テーブルの上にはそれぞれ、議長、副議長、書記のプレートが掲げられている。
本来ならこういったことは生徒会の面々が担当するのが通例なのであろうが、今回ばかりは生徒会連中は奨学生廃止案の立案者なだけあって、壇上とは正反対の場所に位置どっていた。そして、壇上と彼ら生徒会を結んだ線について対称となるように、体育館の両側には一般生徒が各々パイプ椅子に腰を下ろしている。
彼らの表情は主に三つに大別できそうだ。
まずは、この全校集会を煩わしく感じ、面倒くさそうな表情。
そして、俺たちを心配するような、硬い表情。
更には、健たちにたきつけられ打倒奨学生に燃える表情。
割合にするならば、面倒くさそうな表情を浮かべている者たちが数%。残りをその他が二等分するといったような形だ。
奨学生について、あまり敵意をむき出す連中は少ないと思っていたのだが、俺の見立ては外れていたらしい。やはり、奨学生というある種特別な扱いを受けるものに対して、嫉妬や憎悪は一定数内在していたのだ。本来であれば、それらは少しずつ発散、もしくは解消されていくのだが、今回は健が先導したことにより一気に爆発したといったところか。
既に会場は俺たちの到着を待つだけだったようで、俺たちが体育館に入るとざわざわとした喧騒がすっと鳴りやんだ。
俺は美樹に先導されながら、健の隣に席を取る。日比先輩は俺を見るなりすぐに目をそらした。対する健と都築はどこか緊張したような目。狩野はやはり関心のないような無表情を貫いていた。
「これより、臨時の生徒総会を開催いたします。議題は皆さんご存じの通り奨学生の廃止についてです。まずは立案者である生徒会副会長、榊原くんよろしくお願いいたします」
議長が話し始めると同時にただでさえ静まっていた体育館の空気がぴんと張り詰める。いくら高校生といえど、この決議が人の生活を左右することくらい重々に理解しているといったところか。
議長からの指名を受けた健は椅子から音もなく立ち上がると、議長席を正面に見据えられる場所に設置された証言台へと向かう。マイクが入っていることを確認し、主張を述べ始めた。
「私たち生徒会は生徒会役員会議において奨学生を廃止することを決定し、理事長に進言をしました。それと、生徒の中には少し誤解をしている人たちがいるようなので補足しておきますが、私たちの提案は奨学生というシステムの廃止です。そのため、現在奨学生である三名についても退学をさせるものではありません。もっとも、成績不良による退学勧告はあり得ますが、それは皆さんも同じ条件のはずです。仮に成績不振者が現れたとしたら、学校側転校先を見つける等の保護はする予定だそうです」
健は一通り喋り終えると、一礼した後に自らの席へと戻った。
演説の内容を吟味すればするほど奨学生廃止に向けて一歩も二歩もすすんだことが分かった。完璧ともいえるだろう。奨学生を廃止したと仮定し、その後に俺たちがたどる道筋にも触れ、それについての対応策も学校は講じるということだ。
はっきり言って奨学生存続の道は、生徒たちの感情に訴えかけるしかないのである。君たちが廃止に賛成すれば、俺たち奨学生がどんなに悲惨な目に合うかと訴えかけるのだ。
同情もしくは、相手に罪悪感を植え付け、それだけ重い判断だと自覚させる。そうすれば革新への一票を防げるはずだ。俺たちに残されたのはこの方法しかない。
だが、この道も健によって途絶えさせられた。学校側の対策があるのであれば同情も誘いづらい。
勝ち誇ったような健の表情に不快感を覚えるが、今すぐできることは何もない。今は議事の進行に身を任せよう。
隣に座る美樹を見ると苦虫をかみつぶしたような表情をしている。美樹にもこの演説が効いているのが、理解できるのだろう。
その隣に座る悠陽は、内容こそ理解はできていないのだろうが心配そうな表情をしていた。
「それでは次に、本件について反対の方、奨学生の存続に賛成の方はいらっしゃいますか」
議長の声が静まりかえった体育館にこだまする。微妙な空気が体育館が包む中、静寂を壊したのは一人の女性であった。
自らの席で右手を上げ、議長に指名される。女生徒はそのまま先ほど健が話した証言台へと歩を進めた。
「二年二組の神崎楓です。私は奨学生の廃止に反対したいと思います」
一礼した後、声を発したのは俺が奨学生になって最初に相対した依頼者であった。神崎さんはどこか恥ずかしそうにしながらも、自分の声をマイクに届けようとして必死な様子である。
「私は奨学生の皆さんに助けていただきました。私はとある人を好きになって、でも私には思いを告げることができなくて。そこで、奨学生部に相談しに行ったんです」
神崎さんは所々で詰まりそうになりながらも、一生懸命に言葉を紡いでいた。そのひたむきな姿勢に体育館中が彼女の言葉に耳を傾ける。
「私に勇気がなかっただけなのに、それでも青山さんたちは親身になって協力してくださいました。そこで思いを伝える方法を考えてくださり、その時は知りませんでしたが色々と調べても下さったり。結局私はアドバイス通りに思いを伝えることができました。あの時、相談できる相手がいなければ私は今でも思いを胸の中に秘めていたと思います。だ、だから! 奨学生の存在は、私たちの生活から見ても非常に有益なものだと思います!」
健気に訴えかける少女を見て、悠陽の顔がぱっと明るくなる。美樹の表情は相変わらず暗いままだ。
生徒たちも真剣に耳を傾け、己の判断を鈍らせた生徒も数人いるようだ。だが、彼女が思いを告げてて成功したのは一番人気の男子生徒、内藤公助だ。俺たちが手伝わなければその隣にいたかもしれないという未練を持つ女子生徒も少なくはないだろう。票の動きは半々といったところか。
「他にはいらっしゃいますか?」
緊張のせいか呼吸を乱しながら自分の席に戻った神崎さんを見届けると、議長は再度生徒たちに問いかけた。
すると、今度は数秒も経つことなく手が上がる。それも、今度は一人の手ではない。ぱっと見ただけで二、三十本の手が見て取れる。ぞろぞろと立ち上がり、証言台に向かってきたのは、俺も見知った集団だった。
「あっ!」
悠陽も思わずといったように声を上げる。そんな悠陽に優しく微笑みかけた眼鏡少女は証言台まで行って一度頭を下げた。
「一年二組の斉木蘭です。私からは奨学生の方々の人となりについてお話させていただきたいと思います」
流石委員長というべきか、人前で話すことには比較的慣れているらしく見た目の印象とは裏腹にはきはきと話し始めた。
「そもそも、なぜ奨学生を廃止させなければならないのでしょうか。きっと多くの人は彼らに対して、ずるいと思っているのでしょう。自分たちの努力が認められていないのに、能力を認められる人がいる。これは、並大抵の人間には看過できるものではありません。もう時効だと思いますので言わせていただきますが、私も最初は悠陽ちゃんに嫉妬していたと思います」
斉木さんは一度、悠陽の方を見て一瞬申し訳なさそうに目を伏せるが、すぐに正面を向いて話を続けた。
「なんで、こんな子が奨学生なんだろうって。私が今までずっと努力し続けて、勉強し続けて、みんなとも頑張って仲良くして。それでも、私が行けたのはこの学級委員長という立場まで。でも、悠陽ちゃんは違った。勉強なんて全くできないし、授業中は寝てるし、私たちと話そうともしないし」
斉木さんの話はこの体育館に集まった生徒の大半の思いを代弁しているのだろう。ある者は頷き、あるものは妬ましそうな視線を俺たちに向けていた。
「でも、私は知らないだけでした。悠陽ちゃんがどれだけの努力をしているのか。私はスポーツのことは分かりませんでしたし、いくら結果を出しているとは聞いていても、どうせ恵まれた身体能力に起因するものだと思っていました。でも、そんな時に私は悠陽ちゃんの練習風景を見てしまったんです。一心不乱に全力でグラウンドを駆ける悠陽ちゃんを見ていたら、努力をしていないなんてそんなことはもう言えませんでした。そのことをクラスメイトに伝えて、悠陽ちゃんの練習をたまに見るようになって。その全力な姿勢を見ていたらもう私たちのクラスはみんな悠陽ちゃんの虜になっていました」
斉木さんはそこでにこっと笑うと、悠陽の方をもう一度見る。照れたような悠陽は身体をもじもじとくねらせていた。
「確かに、悠陽さんには恵まれた身体能力があるのかもしれません。でも、悠陽ちゃんはそれに見合うだけの努力を正しい方向に向かってし続けていたのだと思います。だからこそ、私は悠陽ちゃんがクラスメイトであることを誇りに思いますし、悠陽ちゃんが奨学生であるということを私たち生徒が誇りに思える日もいつか来るのではないでしょうか」
眼鏡がずり落ちるのではないだろうかという勢いで頭を下げ、斉木さんは自分の席に戻って行った。それに追随するようにクラスメイト達も自分の席に戻って行く。いや、お前ら何しに来たんだ。
斉木さんの演説は明らかに体育館の空気を変えていた。思いを代弁され、それをしっかりと論理的に否定された。少なくとも、悠陽を奨学生にしておくことについては概ね肯定的になったと言えよう。
悠陽は嬉しそうな気恥ずかしいそうな感情に戸惑いながらも、両手を握りしめることで何とか抑え込んでいるようだ。
形勢が傾きつつあることに、微妙な顔を浮かべているのは健や都築といった奨学生廃止を主張し始めた生徒たちだ。
議長が次の発言者を求めるが、こちらの味方はいないようでもう誰も手を挙げることはなかった。




